毎年、シーズンチケットを買っているブロードウェイミュージカルのアメリカ巡業シリーズには、年に6回くらいの公演が含まれている。シーズン(年度)は8月とか9月に始めるのだけど、年内には一度くらいで、翌年の三月、四月辺りからは毎月一回くらいの割合で、公演がある。
 
そして、先日、久々に公演があり、劇場に足を運んだ。
 
演目は「The Notebook」というもので、私は聞いたこともなく、事前に概要なども調べたりもせずに観劇に行った。シーズンチケットとして「強制的」に買っていなければ、ほぼ、観に行こうとは思わなかっただろう題目だ。
 

 
プログラムには、原作の小説があるとのことで、ネットで検索してみると映画にもなっていたらしい。日本でも、公開されたそうで「きみに読む物語」という邦題だそうだ。
 
さて、舞台の幕が開いて、物語の最初の設定は、老人ホームで認知症になってしまっている老婆に、夫と思われる男性(老婆には夫だと認識できていない)が、物語を読んであげるよと言うシーンから始まり、シーンは若いころの二人の出会いに移った。ここまで見れば、この「物語」で読まれているのは、二人の軌跡で、多分、最終的には、老婆が奇跡的に夫の事を思い出すというあらすじなのだろうと想像される。
 
私は、こういった「お涙ちょうだい」的な物語に弱く、今回のミュージカルでも、ほぼ最初のシーンから、泣いていた。ハンカチを持ち歩かないアメリカ文化に感化されている私は、ハンカチもティッシュ類も持ち歩くことはまずなく「あぁ、困った。こういう物語と知っていたら、幕が上がる前にお手洗いで、ペーパータオルを貰ってきておいたのに、、」と後悔していた(そして、もちろん、中休みには、お手洗いでペーパータオルを数枚くすねた)
 
話の内容は可もなく不可もなく、ミュージカルとしての出来も可もなく不可もなく、演者さんのパフォーマンスも可もなく不可もなく、というのが今回の感想だった。ただ、プログラムの出演者紹介では、主役(?)の老婆は三歳の頃から活動をしていた人で、その夫役は、結構有名なテレビドラマにも出演したことがあるそうで、それなりに名前の売れた人たちだったらしく、帰りに劇場の裏側にある、スタッフ出入口の近くを通ると「出待ち」している人が結構いた。

 

対面でのバイオリンレッスンを再開して約一か月。現在の最大の課題は、弓を真っすぐにして、滑らかに使う事。レッスンの最初は、音階から始めるのだけど、その時から弓の向きに厳しい修正が入る。今までのレッスンでは、こういった基礎練習の時には弓を真っすぐにするような動作の復習をしたことも多いけれど、曲になり、音程やボウイング等、気にしなければならないことが増えてきて、弓の向きまで気が配れなくなると、弓の向きの事は頭の中から、すっかりと抜けてしまっても、指摘が入ることは少なかった。しかし、今回の先生は、曲の途中にも、少しでも弓が曲がると、直ぐに指摘が入る。

 

お陰で、レッスンを開始して一か月ほどしか経っていないのに、随分改善されてきて、音色も随分改善された。第一回目のレッスンの後、家で練習をしていると、何も言わなかったにも関わらず「なんだか音が綺麗になってない?」と旦那に言われた。元々の音が良くなったことで、音のカスレにも気が付きやすくなった(というか、いままでは、全体的にかすれていたので「こんなものだ」と気にしていなかった)そして、私の音がかすれる時の原因は、弓の曲がり、弓のスピードが落ちている、弓が浮いていることが多い。

 

今回のレッスンで見てもらったのは、鈴木教本にあるバッハのメヌエット。練習では、弓を真っすぐにを意識して行ったのだけど、それでも「はい、弓をこっちに向けて!」という指摘が入った。そして、音がかすれると「弓が止まってる、もっと勢いつけて!」となった。まだ、すべてを完璧に出来るわけではないけれど、レッスンで数回見てもらったので、それなりの形になったと、合格となった。

 

レッスンでも、練習でも音が良くなったという自覚はあるのだけど、一度、客観的に聞いてみたいと動画に撮ってみた。

 

 

弾いている時は、ちゃんと弓が真っすぐになっているかと思ったけれど、動画を見直すと、少々押し気味になっている。それでも、前よりはずっと真っすぐ。音色は、練習中に聞いて思っていたほど良い感じはしないけれど、それでも、バイオリンっぽい音が、所々に出ていると思う。

 

前回のレッスンでは、次にやる曲を選ぶのに、バイオリンの有名曲集を持って行ったのだけど、その中からチャイコフスキーの白鳥の湖をすることになった。少し、練習を始めたけれど、この曲はしっとりと優雅な曲だから、ちょっとでも音がかすれるとよくわかる。曲集から、この曲を選んだのは先生なのだけど、その辺りの事をしっかするのに良い曲だと判断したのではないかと思っている。

我々のアマオケの定期演奏会は、三月、五月、十一月、十二月と年に四回のはずなのに、なぜか、今年は四月にもリサイタルをやるという事になった(指揮者の先生が独断と偏見で決めているのか、コンマスさんやその他のメインの団員さんと協議をしているのかは不明)
 
今年の三月の公演は三月の初旬で、それまでは、三月の公演の演奏曲の練習をしていて、その後、四月の公演曲の練習に入ったのは、四月の初旬で、練習期間はたったの1か月ほど。週に一度のペースでリハーサルがあるので、四月の公演の為のリハーサルはほんの4~5回だった。このコンサートは「All Vivaldi」とのことで、弦楽器だけが出演して、色々なコンチェルトをするという。
 
ソロバイオリンとのコンチェルト
二挺のバイオリンとのコンチェルト
三挺のバイオリンとのコンチェルト
四艇のバイオリンとのコンチェルト
マンドリンとのコンチェルト
ギターとのコンチェルト
 
と、何と6曲。ビバルディのコンチェルトは、短めとはいえ、どの曲も全ての楽章を演奏した。
 
そして、楽譜の題名は英語で上記の様に(先生が呼んでいるように)書かれている訳ではなく、リハーサルの最初の1~2回は、皆で「二挺のバイオリンのコンチェルトってどれ?」とガサガサやる始末に。そして、三挺のバイオリンと、四挺のバイオリンのコンチェルトでは、ソロが三人、四人というだけでなく、オーケストラのバイオリンパートも三つ、四つとあり、普段は第一と第二しかない、我々のオケメンバーを三パート四パートに分けなくてはいけないのに、それぞれのパート分けが出来ていなくて「私はどれを弾けばよいの?」と言う状態だった。やっとパート分けが決まったのだけど(でも、その知らせはメイルで皆に届き、メンバーの三分の一くらいはメイルをちゃんとチェックしないので、?状態が続いていた)パート分けは、指揮者の先生が適当に人数合わせで分け、リハーサルや本番で、どいう席順で座るかの指定は全くなかったので「私の席は何処?」という問題も出てきた。
 
そんな、皆の混乱をよそに、指揮の先生は、リハーサルでも、当日の公演前の舞台練習でも、指示をしっかり出すことはなく「皆、適当に」なんて言う。そんなこと言われても、こちらとしては困ってしまった。
 
元々、第一と第二バイオリンを合わせせても15人もいない、我々のオーケストラでは、四艇のバイオリンのコンチェルトでは、ソロパートを弾く人を除いた、オケパートを弾くのは、各セクションで、たったの三人。その上、私の様に、楽譜にある全部の音をちゃんと弾けない人も多いので、ひどいときなど、オケパートを一人分しか弾いていないなんてことにもなっていた。その上、それぞれのパートリーダーも決まらないので、ボウイングの指定だってない。オーケストラ慣れしている人は、ソロの人とか、コンマスさんのボウイングを見て、楽譜に書き込んでいたみたいだけど、私の様に、そんなことをする余裕のない人が大半だった。
 
そして、酷かったのは三挺のバイオリンのコンチェルト。パート分けメイルをきちんと読まず「適当に」パートに収まった人が数人いて、私が属した第三パートのオケパートには、私を含めて二人しかいなかった。私の「相棒」は元々、第二バイオリンのパートリーダーさんだった方で、ちゃんと弾けるのだけど、私は「全部は弾けないから、四音に一音しか出せないから」と断りを入れておいた通りで、ソロパートが一人、オケパートが、ほぼ一人となっていた。その上、楽譜では何処がソロで、何処がオケパートなのかもよくわからず、それこそ「適当に」「何となく」弾く羽目になった。
 
その上、皆で合わせた練習回数も少なく(ちゃんとパート分け、席配置が決まってから1度とか2度のみ)本番では、バイオリンパートだけでなく、他のパートとずれてしまったりした。三挺のバイオリンのオケパートで、私の相棒になった元第二バイオリンパートリーダーさんは、四挺のバイオリンでソロパートを一つ受け持ったのだけど、本番当日のとある楽章で、出始めからソロパートとチェロバートが合わず、しかし、先生は指揮を止めることはなく(まあ、舞台だから止められないのだろう)その曲は、一度合わなくなってしまうと、途中から合わせるのは、ほぼ無理な曲だったので、元リーダーさんは、演奏を辞めて、その楽章丸々、バイオリンを抱えて、ただ立っているという状態になってしまった。
 
この元パートリーダさんは、指揮の先生の方針が、元々あまり気に入らなくて、オーケストラを辞めていたのだけど、第一バイオリンを弾けるメンバーがいないから、戻ってきてくれと懇願されて、今年から、再参加するようになったのだけど、今回の公演で「こんなにカオスなオケなんて信じられない」と、四月の公演後のリハーサルには、またもや不参加になってしまった。
 
そして、私の方は、いつもの様に、旦那に公演を動画と写真撮りしてもらっていたのだけど、その、動画や写真を、きちんと保存する前に、間違て、すべて消してしまい、残ったものは、プログラムの写真一つとなってしまった。
 

 
 

旦那と二人で旅行に行こうと、とある旅行のツアーに申し込んだ。

 

ツアーの申し込み時に、旅行会社の人から、ツアーの参加者向けに宝くじのような懸賞を行っていると聞いた。でも、ツアーに参加、ツアー代金を支払うだけでは、懸賞の対象にならず、懸賞のエントリー料金を払わないといけないという。私は、こういい、くじの類に当たったことは殆どない人なので、エントリー料金は、どうせ捨てることになり、無駄だと思っている人なので、懸賞にエントリーするのは辞退した。しかし「こうい物は、買わないと当たらないんだよ」と、いつも言っている旦那は、料金を支払い、エントリーするという。エントリー料金はそんなに高くはなかったので、私は、勝手にしなさいと言っていた。

 

そして、エントリーから少々時間が過ぎたころ、旅行会社から私の所に電話があり「○○さん(家の旦那)が53億ドルの懸賞に当たりました」と言うではないか。そして、懸賞を受け取るためには、受付期間(とある日の正午)までに手続きをしないといけないという。

 

それにしても、随分な金額の賞金を当てたものだと思いながら、この懸賞金を、そのまま彼に渡したら、手元にあるお金は直ぐに使う人だから、色々と無駄使いをするだろう。私が管理して、老後の生活費とか、将来の旅行の費用に充てる様にしたほうが良いのではと思った。でも、もらえる53億ドルのうち、半分は税金に持っていかれる(アメリカでは、こういった懸賞金は収入とみなされ、所得税の対象になる)としても、手元に25億は残る。家の旦那も、流石に、そんな大金を直ぐに使い切ることは出来ないだろうとも考えていた。そして、このニュースを彼に伝えたら「やっぱり、くじは買わないと当たらないんだよ」と、自慢げに言うに違いない、と思っていた。

 

信じられないくらいの大金が当たったというのに、私は、何ともドライで落ち着いている。

 

そして、懸賞金受け取り手続き日の午前10時からあった、ツアーの参加者を集めたツアーの説明会。説明会の始まりで、その日の参加者の点呼の時に、家の旦那の名前が呼ばれ、会社の人から「懸賞金が当たっているので、手続きをしてきてください」と言われた旦那は、意気揚々と手続きをしに行った。

 

というところで、私の目が覚めた。

 

私から、この夢の顛末を聞いた旦那は「正夢だ。やっぱり、くじは買わないと当たらないんだよ。早速、宝くじを買いに行こう」と言っていた(笑)

 

少々前に、オンラインレッスンだけでは、やはり限りがあると、対面でのバイオリンレッスンを私のレッスンルーチンに加えることにした。

 

最初のレッスンでは、私のレベルを把握してもらい、これからのレッスンの方向性を決められるようにと、現在取り組んでいる教材や、前に取り組んだことのある教材などを結構な数の教本を持って行った。しかし、ここ一年程のオンラインレッスンでは、スケール練習は篠崎教本のハイポジションの練習と兼ねてやっていて、典型的な音階練習はしていないので、音階練習の教材を持っていくのを、すっかり失念してしまった。

 

前の対面レッスンでの先生とは、ビギナー用とアドバンス用の音階練習のシリーズ教材(ビギナー用は2オクターブまで、アドバンスは3オクターブ)を使ったことがあり、この度始めた対面レッスンの二回目には、その二つの教本を持っていくつもりで、家に戻り、教材を探したけれど、2冊の教材を見つけることが出来なかった。捨てたり、売ったりした覚えはないので、手元にあるはずなのだけど、もしかしたら、誰かが来た時に、その教材を引っ張り出し、間違って持って帰られてしまったのだろうと思っていた。

 

しかし、先日のレッスンで、第一回目のレッスンから見直し始めた鈴木教材にあるバッハのメヌエットは、それなりの形になったので、他の曲に進みましょうという話になった。私は鈴木教本に載っている曲はあまり好きではないので(鈴木教本は4巻くらいから面白くなるらしいけど、私は3巻までしかやっていない)他にレッスンに持っていける曲、曲集はないかと、バイオリンの楽譜を集めて置いてある本棚を漁っていると、先日見つからなかった、スケール教本が2冊とも出てきた。

 

 

その本棚は、前回、これらのスケール教材を探してた時に、数回探したところと一緒で、何故、前回探していた時には見つからなかったのかが、全く分からない。

 

これらのやっと見つけた教本を、レッスンに持っていくと、上級者向けの三オクターブの物を使って行くことになった。といっても、イ長調とかと長調とか、馴染みのある調の場合、私の音程はそこまで崩れないので、簡単な音階を使い、弓を真っすぐに、そしてしっかりと曳くのが目下の目的になる。