カオスな四月の公演が終わり、アマオケでは、5月末の公演に向けてリハーサルを重ねている。5月公演での演奏曲は、ベートーベンの交響曲田園と、その他の小曲を4曲ほど。それだけの曲の練習時間は基本的に数か月。四月の公演の前から、ちょろちょろとリハーサルでやってはいたのだけど、何となく通して「まあ、四月の公演が終わってから本格的にやりましょう」という感じだった。しかし、4月の公演が終わると、5月の本番までは、数回のリハーサルしかない。我々のアマチュアオーケストラでは、どの公演の前にも、弦楽器オンリーのリハーサルがあるのだけど、先日も五月公演に向けた弦楽器だけのリハーサルがあった。

 

全体リハーサルでは、私たちの第二バイオリンは、不味いところがあっても見過ごされたり、「弦楽器リハーサルでやりましょう」という感じで進むので、弦楽器リハーサルでは、第二バイオリンにも少々注目されてしまう。先日の弦楽器リハーサルでも、そういう所がチラチラとあった。その日の、第二バイオリンの出席者は6人。しかし、私は5月の公演は、家族旅行とぶつかっているので、出演しないので、リハーサルには出席しているけど、家での練習は全くしないで行っている。他の人も、どれくらい自主練習をしているのかは不明だけど、パートリーダーさん以外の方は、そんなに練習をしているっぽくない。

 

そんな状況で、幾つかの箇所で「ちょっと、第二バイオリンだけ、そのセクションをやってみましょう」となった。しかし、先生が何処の小節から始めて欲しいのかが明確でなかったこともあり、しっかり弾いていたのはパートリーダーさんのみといシチュエーションになってしまった。先生は「今は(パートリーダー)さんしか弾いていなかったから、今度はみんなで」という事になったのだけど、元々弾けないところをやっているだから「もう一度」とか言われても、皆が直ぐに弾けるわけではない。他にも、数か所「第二バイオリンだけ」という所があったのだけど、結局その場では満足に弾けるレベルにはならずに「皆さん、ここは家で練習してください」と言う結末になった。

 

でも、こんなに沢山の曲を、短い期間で弾くとなると、家での練習をするとなっても、そういう所が沢山ありすぎて、何処からどう手を付けたらよいのかさえ分からない。本当に、一年の演奏曲の数を減らして、しっかりと練習とリハーサルをして公演に臨んだ方が良いような気がしているのだけど、、、。まあ、私の場合は、オーケストラの演奏についていくという事自体の練習だと思ってリハーサルにいっているところもあるのだけど(笑)

アメリカのそれなりに安全な住宅街では「Free」(無料)という張り紙がされた、使い古された物が、家の前の歩道に置かれていることがよくある。置かれている物はだいたい大きな家具などで「使い古して、いらないけれど、処分するのも面倒」というもので、誰かに持って行ってもらおうという魂胆だ。
 
少し前になるけれど、犬の散歩をしていると、ある一軒の家の前に、古いソファーが置かれていて「Free」と張り紙がされていた。そのころ、ちょうど、犬たちが外で使っているベッドを軒並み破いて壊していたころで、新しい物を購入するのは辞めようと思っていた。ソファーの取り外し可能のクッションなら、生地も厚くて丈夫で、少々引っ掻いたり、嚙みついたくらいでは破れないだろうし、もし、ボロボロにしても、ごみ箱から拾ってきたものだと思えば、悔しくもない。幸い、その家は、家からそんなに離れていなかったので、犬を一度家に連れて行き、今度は一人で、クッションを取りに行った。そのソファーは二人か三人掛けだったのだけど、取り外しができるクッションは二つだけだったので、二つのかさばるクッションを持ち、家に戻った。
 
 
拾った時には考えていなかったのだけど、ソファーのクッションは、思っていた以上の厚さがあり、その上に乗ろうとすると不安定なこともあるので、しょっぱなから喜んで飛び乗るワンコはいないのだけど、家に数日とか数泊とかする子は、このクッションの上にちょこんと乗るようになった。
 
そして、数日前、また(預かっている)犬の散歩をしていると、今度は、違う家の前に「Free」と張り紙のされた物が置かれていて、その中の一つが、少々使われているけれど「ボロボロ」状態からは程遠い犬用ベッドだった。60キロも体重があるような大型犬が寝られるような特大の大きさのもので、これは家のワンコが気に入りそうだと、持って帰ることにした。一度家に犬を置いてから、また取りに行っても良かったのだけど、そうするのが少々億劫になってしまった。
 
そこで、片手で大型犬のリードを持ち、もう一方の手で特大の犬用ベッドを持ち、歩き出した。しかし、このベッドは、思ったより重たかった。その上、一緒に散歩していた犬は、この大きなベッドが動いているのが怖かったらしく、私から離れようとしたり、立ち止まってしまう。そんな犬を叱咤激励しながら5分ほど格闘しながら家に着いた。他の犬が使っていたものだし、蚤などがいると嫌なので、虫退治スプレーをかけ、お庭の一角に置いた。
 
家のワンコは、前に拾ったソファーのクッションの上は安定感が悪かったからか、あまり好きではないのだけど、今回拾ったベッドは大のお気に入りになった。
 

 
一日の半分くらいはこのベッドの上で、ごろごろして、私が近くに行っても「ここから離れたくない」とのごとく、寝たまま尻尾の先をパタパタするくらいしかしない。でも、そんなに気に入ってくれたのだったら、大変な思いをして持って帰ってきた甲斐があった。

 

ファイナンシャルアドバイザ主催のセミナーがあるいと言うので、足を運んできた。少々前に、私自身がアドバイザーを探している時に、こういったセミナーに行った時には(付いてこなくても良いのに)嫌々ながら付いてきた旦那とは、道中で喧嘩になったこともあった。しかし、今回は、リタイアを一年後に控えて、リタイア後の資産運用に思う所があったのか(私が知っている限りでは、なんの具体的な計画も立てていない)結構、乗り気っぽく、旦那も行くと言ったので、一緒に行った。

 

さて、セミナーでは、リタイア生活者にお勧めの金融商品だとか、心構えのような内容の話を聞くのが普通なのだけど(だいたい、どのセミナーも同じ内容)今回のセミナーでは、基本的に、主催者がどのようなサービスを提供しているかの説明だけだった。

 

私自身は、多角化している自分の投資に合わせて、数人のファイナンシャルアドバイザーを使っていて、それぞれに文句はありながらも、まあ良しとしているので、セミナーで進められる無料の個人面談へのお誘いは断るつもりでいた。でも、説明を聞いた感じでは、今回の会社は結構、大手のようで、多角的なプランニングをしてくれるという。私の持っている投資物件、商品を統括的に見てくれるのであれば、話を聞いてみるのも良いかもと、個人面談を申し込むことにした。

 

しかし、旦那は面談はしなくてよいという。今回のセミナーに、それなりに前向きに行こうとしていた旦那は、リタイア後の生計について、全くプランの無いので、個人面談を申し込んで、情報収集や、少々のアドバイスをもらうのだろうと、私は思っていたので、少々驚いて、本当に個人面談をしなくてよいのか確認した。二人の名義で持っている投資の管理は、私が全てしているので、自分一人で面談に行っても分からないことが出てくるから、一人で行くのは気がひけるのかもと「面談を申し込むのなら、一緒についていってもよいよ」と言ったのだけど、頑なに「面談はしない」の一点張り。

 

私も、別に、本人の無計画で、本人が困るのなら、無関係という、いつもの立場で、強くするめることはしなかった。すると、彼がよく言う「任せた。適当にやっておいて」と言うではないか。

 

我が家は、基本的にお財布は別々。私は、自分の老後(今のリタイア)生活の金銭的な将来についてはきちんとプラン、実行してきた。しかし、全く無計画の旦那には、繰り返し「あなたの老後の面倒は見ないから、自分できちんとしなさい」と言っている。その上、彼は、自分が少しでも面倒だという事については、直ぐ「任せた」と、私に丸投げする。そういった態度に出くわすたびに、私は気分を害されるので、今回も、随分不機嫌に「そういうことは、人にさせることではない。自分で責任をもて」と言い返した。

 

そして「あなたの収入から、なんでも全て私に渡すというなら、私が全部面倒を見る。そうするか?」と聞くと、やはり黙り込んでしまった。

 

同居を始めた時、二人の生活費の負担を話し合った時、私が全てを管理して、「お小遣い」制にするという選択肢も上がったのだけど、私が「無駄」だと思うことに「浪費」をする旦那は、それが出来なくなるのが嫌だと、お財布制で行こうと決めたのだった。多分、そんなことが頭をよぎったのだろう。

 

それにしても「自分がリタイアするのは、まだ一年先。それから考えればよい」などと言いい、無計画に仕事を辞めて、生活水準を保てるだけdの収入がなかったらどうするのだろう。

 

今のピアノの先生とレッスンを始めた時、ちょうど、取り組もうと思っていたのが、モシュコフスキーの20の小練習曲と言う曲集だった。私は聞いたことの無いエチュード集だったのだけど、ブロ友さんが弾いていたのを聞いて、ちょっとチャレンジングだけど、難しすぎもしなさそうだと思った。また、ネットで調べてみると、この練習曲はロマン派の曲を弾くのに必要なテクニックの習得を目指したエチュード集で、それまでやっていたチェルニーのエチュード集(古典派)とは、違った風貌なのもよいと思った。このエチュード集に取り組もうと思っていると、先生に伝えると、レベル的にも悪くないし、ロマン派に必要な柔らかい手を作るにも向いているというので、一番から順番に練習メニューに取り入れたのだった。

 

先生のポリシーで、早い指定テンポで弾くのは目標にする必要はなく、自分が弾けるテンポで、手や指先を柔らかく使うことに気を配り、練習を進めてきた。初めの数曲は、始めはとっつきにくい動きがあると思っても、少々弾き込むと、手になじんでくる感覚があった。そして、たどり着いたのが、7番で、このト長調の曲は、途中で凄い勢いで転調をするので、臨時記号がバタバタ出てくる。そして、メロディーもハーモニーも同じパターンを転調するのではなく、似たようなメロディー、ハーモニーだけど、少しづつ違うものが、転調した先々で出てくる。

 

まあ、ここのところ、コンスタントにピアノの練習に避ける時間がなかったのもあるのだけど、一度の練習で、集中して部分練習して「どうにかなりそうだ」と思っても、次の練習になると、前の練習をしていないような状態に戻っている感じがして、手に馴染んできているという感覚が全くない。そして、部分練習を色々なところで行い、全体を通そうとすると、微妙に変わっていくメロディーやハーモニーの変化についていけない。

 

臨時記号多発の、コロコロと転調、似たようなフレーズが、ちょっとづつ変わるというところは、全2ページの練習曲の(真ん中の)一ページ弱位で、練習するのにも疲れて来てしまった。しかし、ここで諦める勇気もなく、変化しているフレーズが一目瞭然に鳴るように、楽譜に色鉛筆で色々な書き込みをした。書き込み作業には結構時間が掛かり(どうやったら、一目で見やすい指示になるかを考えるところから始めないといけなかった)全ての書き込み作業を終えたのが、レッスンの数時間前だった。

 

レッスンで、私の悩みを先生に説明すると、この曲集には「お洒落な装飾音(つまり、不規則な動きをする)が沢山あるから弾きづらい」規則的な(次が予想できるような)動きが多い古典派のような曲から、不規則な動きが入ってくるロマン派に移行しようとすると、私のような問題は多々起こるそうで、不規則な要素が少し少ない練習曲集をやるのは、どうかと勧められた。確かに、今の曲は「なんじゃ、この動きは」というのの連続で「まだまだ、先がある」と息切れするところもあるけれど、そういう箇所が少ない物から始めて、だんだんに慣れていくというのも手なのかもしれない。

 

次のレッスンまでには、新しく勧められたエチュード集をちらりと見るのと、モシュコフスキー7番で、私が行った書き込みの効果があるのかを試してみるという運びになった。新しく勧められたエチュード集を購入してみてみたのだけど、さらさらと弾けないものが多そうで、やる価値はありそうに思える。それなら、そちらのエチュード集にシフトするのが良いかなと思うのだけど、今のまま7番を終える(と言うより、途中で放り投げる感がある)のも中途半端で嫌なので、7番の練習を続けてみた。

 

そこで分かったのが、先生の「自分で弾けるテンポで」と言う言葉に甘えて、最近は、何の曲を弾いても、意図してテンポアップをしようとはしてこなかった(指が慣れて、少々テンポアップするくらい)そのせいで、楽譜を先に、先に読むという動作の仕方をすっかり忘れていたようだ。今までは、ゆっくり、兎に角、音を間違えないようにと、今弾いている音符の上に目線が停滞していたので、次の音に行く時に手遅れになり、かえってミスタッチをおかしていたように思う。楽譜の書き込みで、次の指の動きが瞬時に分かるようになったもあるけれど、目線を先に先にと動かすことで、指が次の音に動かしやすくなった。だからと言って、ミスタッチをしないわけではないけれど、酷い停滞や、総崩れを起こすことなく、どうにか最初から最後までたどり着けるようになった。

 

 

 

どの業界でも、お客さんを獲得するための宣伝というか広報活動にはパターンがあると思うけれど、アメリカの金融関係、それも老後の資産運用にアドバイスをするファイナンシャルプランナーとういうのは、ターゲットの地域にDMを送り、ディナーに招待、そのディナー前に一時間ほど、老後の資金運営とか、資産調達とかの基礎知識についてセミナーを行い「これは、概要なので、個々のプランニングをするには、アポイントメントを取ってください」という運びになる。

 

いわゆる「定年」の年齢に突入して久しい家の旦那の元には、ここ5~6年位の間に、年に数回は、こういったセミナー及びディナーへの招待DMが届いている。「この住所にお住いの方」という宛書ではなく、きちんと旦那の名指しで来るし、旦那より一回り年齢が若くて、まだ「退職する年齢」と考えられていない私には全く届かない。どこかに、旦那の名前、住所、そして誕生日または年齢の個人情報は、巷にしっかり出回っているようで、そういった人を集めた名簿に基いて、招待状は発送されているようだ。。

 

今までは、そういった招待状が届いても、旦那は全く無視していた。でも、私は、持っている色々な金融商品を総括的に見てくれるファイナンシャルアドバイザーを探していたので、旦那に届いた招待状をくすね(招待状では、基本、ご夫婦二人でいらしてくださいとある)スケジュールが合う限り出席するようにしていた。招待状には「二人で」とあるので、旦那を連れて行っていたのだけど、本人は嫌々ついて来ていただけだった。

 

そして、私は、まあ満足できるファイナンシャルプランナーを見つけたので、家に届く招待状は無視していたし、もちろん旦那も無視していた。しかし、あと一年程で仕事を辞めてリタイア生活に入ると決めた旦那がしっかりとお金のプランを立てていないことが判明したのが数か月まえ(ちゃんとお金のプランを立ててリタイアすると決めたのかと思っていたのだけれど、早々とリタイア生活を楽しんでいる私をみて、うらやましくなり、自分も年齢的にはよさそうだというだけの無計画さで、リタイアすることを決めたらしい)これは、きちんと老後生活の収入源を考えさせた方が良いだろうと、次に招待状が来た時は、参加させなければと思っていた。

 

何処で、どういうタイミングでセミナー及びディナーに招待するというのを決めているのか知らないけれど、招待状が届かない時は、全く届かなのだけど、数週間前にようやく、待ちに待った招待状が一つ届いた。そして、旦那に「こんなものが来たけど、行きますか?」と聞くと、今までは、嫌々私のお供をしていただけで、行きたくないと言っていた人が、少々、前向きに「その日だったら予定が取れるよ」と言って来た。やはり、自分のリタイアメント時期が近づき、ちゃんとしなければと考える様になったのだろうか。