私が最初にファンになった俳優さんは松平健さん、というより、暴れん坊将軍役を演じている松平健さん。ファンなった時は、幼稚園生か小学校低学年で、渋い趣味は幼少期から健在だったのがよくわかる。ドラマの前か後に映った、お城の前にで白馬乗った将軍様のポーズを見ては「素敵😻」となっていたのだけど、その後、背景お城は江戸城ではなく、姫路城だと知った。

そんな頃から、ずっと姫路城を訪れてみたいと思っていたのだけど、中々機会がなかった。十年チョット前に西日本旅行をした時に、姫路城にも立ち寄ろうかと思ったのだけど、その時は大修理中でお城の外観が見れないとのことだったので、諦めたのだった。

私が、長いこと「姫路城がみたい」と騒いでいたせいなのか、今回の日本旅行の最初の観光地訪問先には姫路となった。

姫路の駅を出ると真正面に大通り、その先には姫路城が見える。大通りをブラブラと歩き、お城を目指す。朝、少々早目だったせいか(といっても、午前九時過ぎ)余り、観光客らしき人がいないのが驚きだった(でも、お城の敷地に入る手前まで来ると、観光バスで来た様な団体さんが少々いた)

お城の入場口も遠くなく、天守閣を目指す。天守閣の階段はツルツルの板で、その上とても急。滑り落ちるのではと、ヒヤヒヤしながらも、注意深く進む。城内の展示物を眺めながら、最上階まで進んだ。最上階には、神社があり、外国人観光客が、きちんとしたマナーでお参りしているのを横目に、私はお賽銭をいれ、チョット手を合わせる程度のお参りにした。私は、敬虔な(?)無神論者なので、お祈りには抵抗がある。

帰りも、急で滑る階段を降りるのだけど、最上階から数階下まで吹き抜けの様になっていて、高所恐怖症の私には、中々の苦行だった(笑)


恐ろしい階段を降り終えて、場外に出た所で、念願のお城の写真を撮っていなかった事に気がついた。


将軍様の背景と違う構図なのが、チョット残念。

お城を出て、駅に向かって歩いていると、遠足に来ているような様子の小学生二人に声をかけらてた。学校のプロジェクトで観光客にインタビューしているらしい。

小学生「千年杉って知っていますか?」
私「知らないよ」
小「千年杉というのはお菓子なのですが、名前を聞いて、食べたいと思いますか?」
私「思わないよ〜木を食べるなんて、リスか何かになっちゃうじゃん」

リスは木を食べる訳ではないだろうが。

小学生いわく、千年杉はバームクーヘンにコーティングをしたお菓子らしい。

私「その説明聞いたら、美味しそうだよ(私はバームクーヘンは好きじゃないけど)でも、名前が悪い。変えた方がいいってお店の人に伝えといて。それに、こうやって宣伝するのなら、ちゃんと、コミッション貰ってる?」
小(滅相もないという口調で)「貰ってません」
私「コミッションって何か知ってる?」
小「知りません」
私、やっぱりと思いながら、コミッションが何かを教える「ちゃんと労働には対価を貰わないと駄目だよ」

きっと、小学生たちは地元の特産品を観光客に広めようというプロジェクトをしていたのだと思うけど、変なおばさんに、タダ働きは駄目だと説教をされるはめになった。先生が意図した教育的目的(リサーチとか、人に何かを説明するとか)は達成されなかったのではないだろうか。

特産品(千年杉という名のお菓子)について、調べたのだろう。ちょっとしたプロモーションマテリアルを貰った。


丁度お昼頃だったので、姫路で昼食を取る事にしたけど、旦那には、お目当ての明石焼き屋があったらしく、何が食べたいかと聞かれることもなくお店に連行された。私は粉モンは余り好きではないのだけど、旦那は随分楽しみしていた様なので、文句を言わずに付き合う事にした。


左はイカ焼きと呼ばれるもので、イカを挟んだエンチラダの様な物。お味の方は、それなり。まあ、粉モンが好きな人は、美味しいと思うのだろうけど。
旦那のご両親は大阪に、息子夫婦は東京にいる。今回の日本旅行では東京、大阪両方に滞在するので、それぞれと会う約束をしていた。

まずは、東京で息子夫婦と孫達に面会(?)上の孫は今、5歳位で、私も前に会った事があったのだけど、その時は2歳位で、向こうからしてみたら、私とは初対面。とても人見知りの子だとの事で、前回はお母さんに抱かれて、ずっとぐずっていた。今回もくずるまでは、いかなくても話したりすることはないと思っていた。案の定、当初は、じいじ(旦那は、会社の出張の際等に私のよりも多く孫に合っているので、孫も爺ちゃんだと認識している)の影に隠れて私の方を伺っていた。

しかし、5分もすると私にも何故か懐いてきた。私は、そんなに子供好きの方ではないのだけど、何故か子供に懐かれてしまう。両親(息子夫婦)も、とても驚いていた。お陰で、孫の相手をするのは、もっぱら私の役目になってしまった。それは、良いのだけど、私のスマホに入っているゲームアプリが気にいった様で、遊び始めた。ゲームの趣旨(パズルを説いていく)は理解出来ないのだけど、飽きることなく遊んでいる。

どうやってパズルをクリアーするのかは分かっていないのだけど、何かの拍子に30分のフリーゲームタイムが当たってしまったらしい。延々と遊び続け、私が苦労して(ゲーム内の特典を買う為に)貯めた1万点を見境なく使ってしまい、30分終わった時には300点程になってしまっていた。

本人は点数で何かを買うという意識はなかったのだと思うけど、ゲームのスクリーンは出来るだけ点数を使わせる様に設定されており、私も注意しないと、意図しない買物をしてしまう。孫が適当画面を触り、点を使っているのは知っていたけど、ゲームを取り上げるのも大人気ないと(課金されるのだったらやめさせていたけど、たかが、ゲームの点数)勝手にやらせていたのだけど、流石に、少々落ち込んでしまった。

前回孫と会った時は、義息子は仕事で留守だったので、私は義息子には初対面。アメリカ生まれ、育ちの義息子だけど、ノリは何故か日本人。私とは二言三言言葉を交わした程度だった(旦那によると、口から先に生まれて来た様な位、うるさいくらいしゃべる子供だったそうだけど、私にしたら、義息子の方が人見知りだと感じた)そして、大阪では、旦那の両親等に初対面した。もう高齢で、耳もよく聞こえないし、なにを言っているのかよく分からないので、私は静かに微笑んでいる事に徹した。

対面後、ブロ友さんが、よく行かれているサイゼリヤを発見。私は入ったことがないと言うと、儀姉が、気を使って寄っていく事にしてくれた。食事は他で済ませていたので、デザートのみ注文。


私が注文したのは右上のチョコレート系アイスだったのだけど、とても美味しかった。義姉は甘すぎると言っていたけど、砂糖の塊の様なアメリカのデザートに慣れている我々は「これは、甘さ控えめだよ〜」等と言っていた。

今回の日本旅行のメインイベントは大阪万博へ行く事。日本国内では、入場するのにも、パビリオンに入館するにも行列を作っているという情報が駆け巡っているようだけど、列に並ぶなどという事とは、ほぼ無縁なアメリカ生活を長年して来た我々は、入場券を買うのも、行くパビリオンを決めるのも、出発一週間前にでもすれば良いだろうとたかを括っていた。旅行の出発日も近づいた先月中旬にパビリオンについて調べ始めた私は、パビリオンの入館に予約が必要な事を初めて知り、急いでチケット購入とパビリオン予約抽選への申し込みを行った。


そして、七日前予約の抽選発表がそろそろ来るかなと思っていたところに、万博からのメイルが届いた。どこのパビリオンに予約が取れたのかと、ワクワクとメイルを読んでみると「万博入場日まであと四日です」という、ただのリマインダーだった。抽選当選にお知らせメイルは届かない事もあるから、ウェブでチェックするのが重要と聞いていたので、ウェブサイトにログインしてみると、両日とも落選とメッセージがあった。


次は三日前予約だとは思っていたのだけど、気がついたら予約可能開始の三日前の午前0時をすぎていた。時差ぼけで朝四時半に目が覚めて、予約状況を調べたのだけでど、お目当てのパビリオンは、すでに満員だった。万博には二日連続で行く予定にしているので、二日目の三日前の午前0時を考えていたのだけど、時差ぼけで眠くて午前0時迄起きていられなかった。しかし、この日の朝は午前3時半に目覚めてしまったので、ウェブサイトでログインを試みたのだけど、3500人以上ならんでいるので一時間待ちだった。根気よく45分程待つとウェブサイトにログイン出来たのだけど、もう、パビリオンはどこも満員だった。


という事で、万博パビリオン予約はなしで万博会場に出向くことになってしまった。

一週間の日本旅行へ行くのは最寄り空港から成田までの直行便を使う事になっていた。空港近くに車を預け、その駐車場からはシャトルバスに乗らないといけないので、比較的余裕をもって家を出る予定にしていた。しかし、出発前に航空会社から「本日の便は30分遅れて出発します」とメイルが届いた。私は出発前に済ませなければいけない用事があり、その用事から帰宅したら直ぐ、空港へ向かわないといけない予定だったので、30分遅れはグッドニュースだった。

余裕を持って、空港カウンターで出発手続きを済ませようとすると、機内に持ち込む手荷物の重さを計らないといけないと言われ(何十回と飛行機に乗っているけど、今まで言われた事はなかった)荷物をぎゅうぎゅう詰めにする性質の旦那の手荷物を重量計に乗せると、なんと五キロオーバー。預けるスーツケースはカウンター奥のベルトコンベアーで持って行かれてしまっていたし、どうしようと戸惑っていると、隣の重量計に私の手荷物を乗せろといわれる。不幸中の幸いで、私の手荷物は丁度、制限重量より5キロ軽かった。これなら、荷物の詰め替えをすれば良いだろうと、二つの手荷物を開けると「二つ合わせて丁度二つ分の制限重量内なので、荷物の詰め替えはしなくて結構です」と言われた。カウンター前で荷物の詰め替えを行う事なく登場手続きが完了して、助かった。

アメリカの空港から出国する際は出国審査はないので、荷物検査のみ受けターミナル内に入ることが出来ると、旦那は当然の様に空港ラウンジへ行くと言う。すると、ラウンジに入るのには長い列、結局30分弱掛かってやっとラウンジに入れた。飛行機が遅れていなければラウンジに入っても、直ぐに出なければいけないところだった。列に並ぶほどだから、ラウンジは二人隣同士で座れる席を見つけるのに苦労したけれど、窓際の席が空いているのを発見した。

ちょっと飲み食いしながら窓の外を眺め、空港職員さん達が忙しそうに働いているのをみていると、飛行機に乗せるだか、下ろした荷物を積んだ車が通っていく。すると、ポトリと持込可能の大きさ位のスーツケースを落とした。しかし、運転手さんはそれに気付かず行ってしまった。


「誰かに知らせた方が良いだろう、でも誰に?」と思っていると、空港ビルから、車が出て来て、無事荷物を回収していった。

予定より少々遅れたけれど、無事に飛行機は離陸、約10時間のフライトの後、成田空港に到着した。

飛行機の前方の席だった事もあり、余りタイムロスもなく下車(?)入国審査へと進んだ。今回は、二人とも日本のパスポートを所持していたので、列に並ぶ事なく、パスポートをスキャン。すると、私のキオスクは中々反応しない。パスポートに不備があり、係官にバックヤードに連れて行かれるのではと心配したけれど、私のキオスクは、たまたま反応に少々時間が掛かっただけだった様で、ゲートが開いた。

家の旦那は出張で飛行機を使いまくるので、マイレージのポイントが貯まりに貯まっている。そういう人への優遇処置の一つが、優先的に荷物を出して貰える事。アメリカの飛行機会社だと「優先」とタグは付いているのに荷物が延々と出てこない事もあるけれど、さすが日本の航空会社ではそんな事もなく、直ぐに荷物を回収する事が出来た。税関手続きは前もってネットで済ませておいたので、待つ事なく通過。成田空港で電車に乗り込んだのは着陸後一時間もしないうちだった。そして、その後の電車の接続も凄ぶる良く、私の実家まで、今まででも所要時間最短記録ではないかと思われる時間で、最終目的地(私の両親宅)に到着出来た。成田到着を知らせてあった両親も「随分早く着いたねぇ」と驚いていた。といっても、我々は千葉から東京に入り、今度は東京都の西の端まで電車に揺られないといけなく、その東京横断を初めて体験した旦那は「遠い、時間が掛かる」とぼやき続けていた。

 

二カ月前ほどにY先生とピアノのレッスンを始めた時に、課題の一つとして選んだのがモシュコフスキーの20の小練習曲集で、最初に取り組むのは一番と決まった。

 

第一番は二ページの練習曲の楽譜が全て(右手も左手も)16分音符をずっと弾き続ける。Y先生のアドバイスは、練習曲もちゃんと芸術的に弾くこと、手はしなやかに、最低限の力と指の動きで弾くこと。こういった練習曲を弾く時、大抵の先生はメロディーラインは目立つように、その他は控えめにとアドバイスすると思うけれど、Y先生はそういう強弱というかメリハリは、手の使い方が習得出来れば、自然に出てくるそうだ。

 

第一番の指定テンポは四分音符120とあるのだけど、我々の目的は指を早く動かすのではなく、しなやかに動かすことなので、現在のテンポ(だいたい50位)より早くしなくても良いとのこと。しかし、私は曲、特にこういった細かい音がコロコロとある曲は、走り気味になってしまう。普通はメトロノームでテンポを整るのだけど、その前に受けたレッスンでは「走りそうと冷や冷やさせられるけど、走ってはいない」とのことだった。右手と左手をしっかり合わせる様にしたら、このくらいの走りなら防げるそうだ。

 

この曲には、少々強弱がつけられているのだけど、Y先生は、ピアノの時はボリュームを落としてと言うけれど、フォルテの時にボリュームを上げるようにとはあまり言わない。ボリュームを上げる様にとアドバイスすると、ピアノをガンガンと叩いてしまう人が多くて、叩く位なら、少々小さめの音の方が良いというチョイスらしい。そして、フォルテに弾くというのは「大きなボリューム」の音ではなく「響きのある音」を目指したほうが綺麗な音を出せるそうだ。

 

そんなアドバイスを受けた後も、少々練習を続けたところで、現在状況チェックの為の動画撮りをしてみた。