よつばと! (1) よつばと! (1)
あずま きよひこ

メディアワークス 2003-08-27
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萌えるかっつーと萌えない。

笑えるかっつーと笑えない。

でもそういうことを狙ってるんじゃなくて、なんだか落ち着く。

《動き》のない漫画って、こんなにいいものなのか。

あずまきよひこの『よつばと!』は、面白いというよりは嬉しい気分にさせてくれる漫画だ。


『よつばと!』のあらすじは・・・えーと。あらすじなんかあるか?これ。

特に物語があるわけでもなく、“よつば”という女の子(6歳だっけ?)とその周りのひとびとの日常を描いている。

ストーリーだとかそういう観点で描いているわけじゃないのだろうなぁ。

じゃあキャラクター漫画なのかというと違う。

日常を描いている、としか言いようがない。


あずまきよひこの前作である『あずまんが大王』の時から、見方によっては無機質とも言えるような絵柄で、4コマゆえかアクション漫画的な《動き》が感じられない作風だった。

それは決して悪いことではなくて、どこにでもいるような女子高生たちの日常を描く4コマという意味では、リアリティがあるというか、しっくり馴染んでいた(そもそも4コマ漫画という土壌には、アクション的な作品というのはあまり見受けられない)。

現実世界で友達と会話して、掛け合いしている時には《動き》なんてないのは当たり前で、そこが『あずまんが』のよかったところなのかもしれない。

むしろそういう《動き》のなさゆえに“ともちゃん”とかが突飛にアクションするのが際立って面白かったりした。


その《動き》のなさが、4コマでない漫画の中で通用するものなのかな、というのが初めて『よつばと!』を見かけた時に僕が持っていた先入観だった。

実際、ぱらぱらとページをめくってみると、ふつうの漫画の魅力となるような、《ソリッド》感や、逆に《ほのぼの》感は感じ取れなかった。

で、しばらく読まないでいたのだが、4巻あたりが出た時に「結構評価されてるっぽいな」と思って腰を入れて読んでみたら・・・今まで読んでいなかったことを後悔したものだ。


《動き》のなさは、4コマの時とは違うように効果的だった。

コマ割りはまったく色気がなく、無愛想だとすら思えて(『ジョジョ』みたいな作品とは対極だ)、相変わらずキャラクターたちはアクションしない。

でも、なぜかそれが心地よく感じる。

背景が、日常の風景が心に染みるのだ。

《動》かないキャラクターたちはもともと《動》かない風景に溶け込んでいるかのようで、押しつけがましくないキャラクターが日常というストーリーらしくないストーリーにはまり込んで、それがつまり、《日常の風景》だ。

小さな“よつば”が、暴れまわる。

でもそれは日常という、安心と安定感がある雰囲気の中でこそのもの。

まるでそれは、“よつば”の周りの大人たち(大人じゃないのも多いけど・・・)の温かさが漫画の描き方にも溢れてきているかのようだ。


決して風景が美しいとか叙情的だとか言いたいのではない。

僕たちが過ごしている日常、過ごしたはずのあの頃が、等身大にそこにあるということだ。


 昨年末、マンガ業界でちょっとした事件が起こりました。マンガにまつわるあらゆる情報を取り扱うニュースサイト「コミックナタリー」が誕生したのです。

 「コミックナタリー」はマンガ産業において如何なる意義を持つか?尾綿なりに考察していきます。

コミックナタリーとは

 音楽情報サイトとして定評のある「ナタリー」(月間ページビュー270万)を運営する株式会社ナターシャが、ナタリーのマンガ版として始めたWEBサイト。昨年末のサービス開始以来、毎日4、5回ほどのハイペースで記事が更新されている。新刊情報や作家の身辺情報などを扱うニュースを基本とし、好きな作家をリストに入れて、情報を常にチェックできる「ウォッチリスト」なるサービスも行っている。

 いやはや便利なサイトができたもんですな。このサイトは如何なインパクトをもたらすか?一消費者として、そしてマンガ文化を愛するものとして、二つの見地からコミックナタリーの可能性を考えます。

消費者として―ありそうでなかった「羅針盤」

 一消費者として、コミックナタリーのようなメディアは待ち望んでいたものです。なぜならマンガ業界を俯瞰できる横断的なメディアが今までどこにもなかったのですから。膨大な作品の中から、自分の好きなマンガを見つけるための羅針盤のようなツールとして、コミックナタリーは今後重宝されると思います。

 ちなみに音楽の方のナタリーと言えばしばしば「キモい」と評されるほど情報の詳しさに定評があります。コミックナタリーでもマニアックな情報に期待したいですね。

産業に与える影響―マンガ業界改編か!?

 「マンガ業界には横断的なメディアがない」とは先ほど述べた通りです。これは、マンガ業界にプレスリリースなどの習慣がなく、各出版社が各々の刊行物を宣伝するという形でしかマンガ情報が流通されなかったためです。

 作品を掲載しているマンガ雑誌は、同時に単行本の宣伝媒体としての役割を負っています。出版社はマンガ雑誌を販売する際、雑誌単体での売上だけでなく、単行本の売上も含めて採算をとることで、あのような低価格を実現しているのです。よって、コミックナタリーのようなマンガ情報を専門に扱うメディアが今後成長した場合、マンガ雑誌の在り方は大きく変わる可能性があると考えられます。

 1つの方向性として、マンガ雑誌の統廃合が考えられるでしょう。これまでマンガ雑誌が担ってきた宣伝媒体としての役割を、ナタリーのような情報専業のメディアに譲ることができれば、出版社からすれば雑誌タイトル過多の現状を維持する意味はなくなります。そうなれば当然、売れない雑誌は休刊にするという動きが加速します。

 そうすると、今までそこに連載していたマンガ作品は「書き下ろし」としていきなり単行本で出版される、といった販売形式に移行するんじゃないでしょうか。そのうちゲームの新作や音楽の新譜のように、マンガも書き下ろし単行本での流通が当たり前になるかもしれません。

 マンガ雑誌そのものは、既に文化として定着しているため無くならないとは思います。しかしその形は現状のままではないでしょう。単行本の売上はなかなか好調のようですし、業界としても、今こそ新たな成長モデルを考える時期なのは間違いありません。

まとめ

 なんにせよ、コミックナタリーの今後の動向はマンガファンなら目が離せないですね。期待ageといったところでしょうか。

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『犬マユ』いきます。

石塚先生僕と結婚してください。


『犬マユ』はいくつかのマンガの可能性を示唆していると思う。

ゲーム紹介マンガながら、全然関係ないことも書かれていたり、その自由さには清々しくすらある。

しかしその内容はある意味で重厚で、1コマの中に複数のストーリーが進行する手法は、他のマンガには見られないものだ。


『犬マユゲでいこう』(1994年より月刊Vジャンプで連載)はいわゆる日記マンガというジャンル。

連載している月刊Vジャンプはゲーム雑誌であり、その1コンテンツである『犬マユ』もゲーム紹介を目的として描かれているのだが、むしろ石塚裕子本人や編集者たち、さらにイヌやうちうじんやお手伝いロボやクマのヌイグルミや動くメモリカードといったキャラクターたちの日常に笑いを誘われる。

しかし一応毎回(そうでもないか・・・)ゲームを本筋においており、「ゲームがあれば楽しい毎日が送れるんじゃないか?」と思ってしまうほどにゲームの魅力を引き出している。

僕はゲーム『ウィザードリィ』の回を読んで同ゲームを始めたくらいだ。

ここでゲームの話をするのもおかしな話だけど、『ウィザードリィ』はコンピュータゲーム黎明期の作品で、今のグラフィック華美なゲームに慣れた我々には、正直無味乾燥に感じられる。

しかし顔グラフィックすらないことを逆手に取って、自分の思うままに妄想を広げてキャラクターたちを犬にしたり魚にしたりトルシエ監督にしたり・・・好き勝手『ウィザードリィ』を楽しむ石塚裕子を見ていると、「面白そうだなぁ、俺もこういうプレイしよう!」とか思ってしまう。


また、マンガの構成手法も独特で読ませる。

すべてのコマの中でキャラクターたちが所狭しと動いている。

かといって『ワンピース』のように、無駄に海賊団全員がコメントして吹き出しでコマが埋まっているようなものとは違う。

『犬マユ』ではそれぞれのキャラクターたちが同時進行的に動き、それを俯瞰で見下ろすことでワイワイとした雰囲気がにじみ出てくるのである。

しかもその流れが不愉快でないのがよい。


他ジャンルの魅力を引き出しながらマンガそのものもドタバタと賑やか。

『犬マユ』は素晴らしい!だから結婚してください石塚2裕子先生!