ギヴンの映画「海へ」を見てきた。

私はあの作品に個人的な思い入れがあるため、少し語ろうかと思う。


私がギヴンと出会ったのは2019年。アニメになったとき。この物語と同じように死んではいないけれど大切な人の手を自分から離した後だ。アニメをみてバンドの話なものだからすごく共感した。それでもって妹に紹介されて続きの漫画も読んでみた。秋彦と雨月の話は心にグッときた。

 私はアニメから見た人だから、「冬のはなし」も音が入った状態が初だった。opの歌詞も知った上でストーリーをおった。映画1作目も2作目も色々あってスクリーンでは見れなかった。たぶんこの作品から距離を置いていた時期な気がする。

 1作目(秋彦たちの話)を去年見た。漫画で読んでたよりも音がついたことにより、より切なくなった。それで2作目(柊MIX)ここから先は原作も読んでなかった。なんなら距離を置いたままだった。たぶんこれは不思議な話なんだけど真冬みたいに前に進むことについて迷ってたのかもしれない。実際、私の日常が目まぐるしく変わっていた。

 2024年秋 最後の作品が公開された。私のSNSは何故か大盛り上がり(たぶんオススメのせい)。だからネタバレを拾う前に見ることにした。柊の話もみた(3作目 前編)。これの感想は別でかく。そしてその続きの「海へ」をみた。

 アニメギヴンの全部の曲が繋がった気がした。見てる最中は真冬と立夏の亀裂にモヤモヤした。ゆきが置いていったものばっかが真冬の全てになった。だから忘れない。でも真冬の隣にいて海へまた行こうって言えるのは間違いなく立夏だって思った。なんならアニメのopのEDも噛んでくる気がしたし、真冬はもう戻れない選択をして僕は行くを選んだ。


 そんな話を見ながら私はこの作品と出会えてよかったと思った。手を離した人が置いていったものは今でも私の周りにたくさんあるしなんなら違う人がまた持ってきた。持ってきた人と向き合うか私も悩まなくちゃなと思った。まだ私は悩む段階だけど少しヒントをもらえた。

あー。不足だ。不足。私の人生とのリンクが語れてない。感想で終わった。まあいいや。1つ言うなら作品に出てきたあの海は私にとって大切な場所だし海はいいよなって話。

 オリンピックみてます?こんにちは。バレーボールが昨日終わってしまいましたね。私はお風呂に入っている間に終わりました。次のオリンピック〜とか考えて、次のオリンピックの年には32歳になってる!と気がつきました。あまりもう長くは生きずに早く死にたいので後悔してることを書こうと思う。


①ハイキュー等の熱くなる漫画は1作品読んでおけ。28になると何かしらの理由で体力も心の元気もなくなる。本でもいいから、好きなジャンルなんでもいいから読んでおけ。


②オリンピック含めて、勝ち負けの予報関係なく試合を生でみれる力は持っておいた方がいい。なんなら若いうちに。なぜなら途中で逃げる癖がつくと後から後悔するし…気がつくと試合を最後までみずに逃げることを繰り返すようになっているから。私の母親はそれで60まで生きてすごく嫌だ。


③おまけでこれも書いておく。人生の相手は25までに見つけるといい。自分は見合った相手を見つけられなくて拗らせてるから。


④最後に、人生で1回でも希死念慮をもつとことあるごとに希死念慮を持つようになっちゃうから自分の心と身体は大切にした方がいい。現に私は大体最悪死ねばいいや死にたいという気持ちで常に生きてる。最近減ったけどね。

 こんにちは梅雨に入ってますね。

この時期になると「言の葉の庭ごっこがしたい」とよく思います。映画「言の葉の庭」は新海誠の作品です。古典の先生と高校の生徒の交流の話です。この映画に雨の日の新宿御苑が出てきます。私は映画みたいに雨の日の新宿御苑の東屋に行きたいわけです。

 さて、その相手を探すためには相手が新海誠のこの作品を知ってる必要があると思ってました。そしてかれこれ映画と出会って10年が経ちました。この映画を知っていて好きで、なおかつ私とこのごっこをやってくれる異性に会えたことはありません。でもね最近、「あ知らなくても私がこの作品について話して、面白いと思ってくれる感性を持ってればいいんだなあ」と思うようになりました。というよりさっきそれに気が付きました。ただこの考え方がすんなりきたわけじゃあないです。だって話すことで共有できる面白さも確かにあると思います。でも知っててくれた方が圧倒的に時間が短縮できるんですよ〜なら一緒にみるって?これを一緒に見たいと思える人を探すところからですね…


生きているうちに言の葉の庭ごっこをしたい。