オリンピックみてます?こんにちは。バレーボールが昨日終わってしまいましたね。私はお風呂に入っている間に終わりました。次のオリンピック〜とか考えて、次のオリンピックの年には32歳になってる!と気がつきました。あまりもう長くは生きずに早く死にたいので後悔してることを書こうと思う。


①ハイキュー等の熱くなる漫画は1作品読んでおけ。28になると何かしらの理由で体力も心の元気もなくなる。本でもいいから、好きなジャンルなんでもいいから読んでおけ。


②オリンピック含めて、勝ち負けの予報関係なく試合を生でみれる力は持っておいた方がいい。なんなら若いうちに。なぜなら途中で逃げる癖がつくと後から後悔するし…気がつくと試合を最後までみずに逃げることを繰り返すようになっているから。私の母親はそれで60まで生きてすごく嫌だ。


③おまけでこれも書いておく。人生の相手は25までに見つけるといい。自分は見合った相手を見つけられなくて拗らせてるから。


④最後に、人生で1回でも希死念慮をもつとことあるごとに希死念慮を持つようになっちゃうから自分の心と身体は大切にした方がいい。現に私は大体最悪死ねばいいや死にたいという気持ちで常に生きてる。最近減ったけどね。

 こんにちは梅雨に入ってますね。

この時期になると「言の葉の庭ごっこがしたい」とよく思います。映画「言の葉の庭」は新海誠の作品です。古典の先生と高校の生徒の交流の話です。この映画に雨の日の新宿御苑が出てきます。私は映画みたいに雨の日の新宿御苑の東屋に行きたいわけです。

 さて、その相手を探すためには相手が新海誠のこの作品を知ってる必要があると思ってました。そしてかれこれ映画と出会って10年が経ちました。この映画を知っていて好きで、なおかつ私とこのごっこをやってくれる異性に会えたことはありません。でもね最近、「あ知らなくても私がこの作品について話して、面白いと思ってくれる感性を持ってればいいんだなあ」と思うようになりました。というよりさっきそれに気が付きました。ただこの考え方がすんなりきたわけじゃあないです。だって話すことで共有できる面白さも確かにあると思います。でも知っててくれた方が圧倒的に時間が短縮できるんですよ〜なら一緒にみるって?これを一緒に見たいと思える人を探すところからですね…


生きているうちに言の葉の庭ごっこをしたい。

 こんにちは。私の人生の話第2話をしようと思う。前回自分はいじめられてきたという話をした。でも思い返したら私は被害者であると同時に加害者でもあった。私にも嫌いな人はいたし、時に嫌がらせに加担することもあった。そう考えると自分だけが何かをされてきたと考えるのはおかいしなとおもう。そして、自分が加害者側の人間であるということが昔は嫌だったがまあだからこそ色々な人とも関わってきたんだなと思う。

ただし、今でも「人の気持ちを考える癖をつけよう」と言われると、「私が接してきた人たち私の気持ちを考えてこなかったと思うけど私も考えないとだめ?」と言う気持ちになる。でも私がここで人の気持ちを考えずに行動したらそれこそ、私に危害を加えてきた人たちと同じになってしまうのかもなあと少し感じた。


追記:

いまも繋がってる友達が片手じゃ数えられるか数えられないかの人数。SNSでの繋がりも数えるならそれなりにいる。同窓会に行こうと思えばいけるし職場があって気にかけてもらえる。家族とも繋がれている。もう28になる。いい加減前を向いて今あるものを大切にかつ新しい出会いのために進もうと思う。