2019年にマニラから日本へ完全帰国してから、
フィリピン不動産のサポートやデベロッパーの案内を日本で行い、
さらに日本にいながらフィリピンの方々と交流する日々が続いています。
この5年を振り返ると、
本当に大きな変化の中を生きてきたと感じます。
それでも私は相変わらず、
何かの型に無理にはまることなく、
自分を持って生きていると実感しています。
マニラで鍛えられた「生きる力」
何があっても、
目の前のことをポジティブに一つずつこなしていける。
それは間違いなく、
マニラで鍛えられた「生きる力」だと思います。
今振り返ると、
本当に良い時代にマニラに住んでいた。
そう心から感じています。
日本に戻って見えた、新しい視点
日本に帰ってきたからこそ、
改めて日本を外側から見る視点を持てました。
そして日本とフィリピンを比べることで、
自分が生きているチャンスや、
まだ使いきれていない力が
さらに増えていく感覚があります。
情報社会で広がる「無知」という格差
今の時代、
情報社会で「知らないこと」は
確実に格差を生んでいきます。
だから私は、
英語から情報を取り、
基準を一つに決めず、
誰かに依存しない生き方を選んできました。
最初は英語が堪能ではなかったのですが今はAIに助けられています。
自分でどうしていきたいか?何をしたいか?
シンプルにこれです。
他人任せではなく自分で知りたいことは自分で調べる。
自分で行動する!
そしてこれからも、
きっとそうしていくのだと思います。
私の心の底にある感謝と行動の原点は
もし、生まれた国が違っていたら
もし私がフィリピンに生まれていたら。
もし日本に生まれていなかったら。
生まれた国が違えば、
人生はまったく別の形になっていた可能性があります。
25歳の頃の私は、
そんなことを強く意識しながら、
「何かフィリピンの人たちの役に立ちたい」
という想いを一つの理由として、移住を選びました。
善意だったのか、押し付けだったのか
ただ、今振り返ると
自分自身に問いかけることがあります。
それは本当に相手のためだったのか。
それとも、ただの押し付けだったのではないか。
自分は早いタイミングで日本で出世をし評価をもらってました
だから自信に満ち溢れていたのかとおもいます。
私は将来に向けて話をし、
準備や選択肢を大切にしてきました。
その私なりの意味や信念を伝え続けてきました。
一方でフィリピンの人たちは、
「今」を生きている。
その日、その時を最大に生きて楽しく過ごす。
価値観も、時間軸も違う。
だから会話は噛み合わず、
うまく溶け込めず、
疎外感を強く感じた時期がありました。
信念が揺らいだ時間
10年のうち、
実に5年ほどは、
自分の信念が揺らぎ続けていました。
「私は何をしているのだろう」
「これは本当に意味があるのだろう」
そう思ったことは、
一度や二度ではありません。ほぼ毎日!
時間が経って、わかること
それでも今になって、
当時関わっていた人たちから
メッセージが届くことがあります。
近況だったり、
何気ない一言だったり。
そのたびに、
私は感謝の気持ちでいっぱいになります。
あの時間は、
すぐに答えが出るものではなかったけれど、
決して無駄ではなかったのだと
静かに実感しています。
私の原点にあるもの
そんな生き方の中で、
変わらず私の原点にあるものがあります。
それは「人に喜ばれること」。
人のために何かをすること。
環境が変わっても、
国が変わっても、
立場が変わっても、
この想いだけは
ずっと私の中にあり続けています。
そしてこれからも、
その想いを軸に、
型にはまらず、
自分らしく生きていきたいと思っています。
読んでいただきありがとうございました。












