気づいたら二月になっていた。
昨夜から今朝にかけて都内近郊では久々の雪。
昼前も降り続いていてどうなることかと。
懸念の投票は期日前に終えているので、今日も(故、有馬朗人先生を見倣って)歩数のために軽いスパイクを装着したムートンで歩いてきた。
雪が珍しい朝霞台の街中では日曜とあってかお父さんと小さなお子さんが遊ぶ姿が見られた。
ここは堺谷雅人さん井川遥さん主演の『平場の月』のロケ地にもなった通称「飛行機公園」(南割公園)
十年ほど前まで住んでいた朝霞駅の方のマンション時代にはベランダからの雪景色に驚いたものだ。
今は周りが戸建てに囲まれた戸建てなのでこの程度。折角のラナンキュラスの鉢が動物みたいになっている。
そして、もう立春となった先日、遅ればせながらやっと芦ヶ久保の大氷柱も見に行けた。
初めて行った尾ノ内やライトアップを見た三十槌と比べると時間帯もあるだろうが、全く寒くない。
昨年の秩父夜祭も前ほど寒さが厳しくなかった。こちらは今日雪だが、全体的に暖冬の傾向にあるのかも。
兎に角、都内近郊は乾燥しすぎていたので少しはマシになったかもしれない。
足元はウッドチップで楽々。
頂上では時間帯によって秩父和紅茶か甘酒(ノンアル)が無料で配布される。
放水して出来上がったとはいえ、荘厳だった。
秩父は山火事があったり、三十槌の方は土砂災害で通行止めになることもあるので、大氷柱今月はまだ見られるが、行く方は要注意。
今年も二月立春の最初の大安にお雛様出せた。
実家には母親の戦禍を逃れた段飾りや、五人囃子など全員のいるガラスケースの私のお雛様などあったが実家終いの時に引き取ってもらった。
なので、我が家にはこのお代理様とお雛様のみ。
「見にもどる雛の売場の雛の顔 岡田史乃」
この句が生まれたのは母が孫である私の長女瑠菜が生まれてから、日本橋三越にお雛様を買いに行き、公衆電話から家に「あなたの家は狭いから段飾りじゃない方がいいんでしょ?」と確認の電話があった時のもの。その上のは後から私が次女に購入。
そして、その長女の家にも二人目に女の子が産まれたが、母からのお雛様が惜しいのと、長女が本格的な和雛の顔が怖いとのことで改めて購入。その娘も春には年中さんになる。オルゴールが流れたり電気がついたり、名入れできたりと機能満載。
ここまで日付を逆流させながら書いてきたが、
昨年は茨木和生先生が他界、続くように1月27日には私のもう一人の師である岩淵喜代子先生が他界された。岩淵師は怪我や病気もご自身で強く念じて治す力のある方で、同じ市内に住まわれているので朝霞市最年長まで長生きして欲しかった。
私の俳句の師でもある、母、岡田史乃(元篠主宰)を亡くした時は、私が一人っ子というのもあって葬儀や新聞社などへの連絡、不動産や会社、結社の継承などやることが多くて落ち込む暇がなかった。火葬場で高校の元同級生二人と抱き合った時のみ号泣。
岩淵師の場合、私はもう「ににん」会員ではないので、娘さんから一番に連絡を受けながらも今のににん新井大介代表に細々連絡して役目を終えた。
すると、異様な喪失感から一人でいると何もやる気が起きない。出かけたり人に会えばある程度いつも通りにできるのだが。
そういうこともあってどんな日も歩きに行くようにしている。
これは、岩淵師の家の近くで、私が句会を持つ南朝霞公民館からの一景。
よく一人ウォーキングする黒目川は以前よく岩淵師とも歩いたところ。母と三人で吟行をしたことも。
師は最早来ずとも川に春立てり 辻村麻乃
これはその黒目川近辺で開催されていたイベント。
この辺りをたくさん書こうと思っていたが、訃報に接して間が空いてしまった。
そして連絡が二月に入ってからだったので.知らずに(この時点では逆に良かったのかもしれないが)お祝いに駆けつけた「爽樹」の創刊15周年記念祝賀会。
ここには沢山親しい方が在籍されているので、とても嬉しく楽しい時間だった。
先生がご存命ならこの会でもご一緒していたに違いない。
気持ちを切り替えて(茨木先生や母と句会をやっているだろうな)、篠216号入稿準備をしつつ、火曜日からの毎年恒例の父、岡田隆彦の岡山黒住教本部墓参と篠関西支部ワンの会11日朝10時の視察へ。荷物が多いので雪がとけていますように。
句会のお知らせ
2月21日(土)13時六本木句会(新宿三丁目)ルックハイツ1007号室
2月25日(水)13時はのん句会 ふじみ野市産業文化センター
南朝霞公民館の篠の子句会は3月のみ十日となります。
篠会員の皆さんへ
篠216号の締切は2月15日必着です。
どうしても間に合わない場合は巻末のGmailに先に句稿をお願いします。





































