夜 歩く 犬 | マンタムのブログ

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この世にタダ一つしかないカタチを作ろうとしているのですが出来てしまえば異形なものになってしまうようです。 人の顔と名前が覚えられないという奇病に冒されています。一度会ったくらいでは覚えられないので名札推奨なのでございます。

         「 夜 歩く 犬 」

 





その犬は 夜を食べる

 

とても

 

長い時間をかけ

 

踞ったままである

 

私の廻りを徘徊して夜を食べ尽くしたので

 

それでようやく

 

朝が来たのだが

 

唯一

 

手の中に

 

残されていたものは

 

大切な人間の残骸であった。





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もともとこの研究の依頼は先代である彼の父親が中国の貴人から依頼されたものだ。

 

それは不死の方法を開発する事

 

彼の家が16世紀初頭から延々と受け継がれて来た錬金術師の家系であって一部ではあるが豚の肉体を不死状態にしたという先人達の成果によるものである。

 

約束の期間は100年 そのために必要とされる資金の提供を受け彼の父親が始めた研究だった。

 

 

 

 
 + 研究を始めた先代にあたる彼の父親の研究に関しての風聞を元にした記事 + + 

 

 

 

20世紀にもなって未だに鍊金術師と名乗り先祖から受け継いだ怪しげな薬を作り動物と機械を組み合わせるような奇妙なオートマタを作っていた男の元に中国の貴人から不死薬の依頼を受けた事からこの物語は始まる。

与えられた期間は100年。

費用はその期間を研究に費やすのに充分な額を約束された。

それは彼の家が先祖代々鍊金術という名の下に継がれて来た家系であり元々血統等を大切にする中国人の依頼者に好ましく思われたからだろう

勿論その時代になお鍊金術の看板を掲げ研究を続けているもの等少なくともプラハ近郊では数える程でありしかも殆どが好奇心から来るような資料的な研究であったから中国人が彼を選んだのは他に取るべき選択肢もなかったからだとも言えるのだが。



本来的な鍊金術の手法では未だ不死に至る行程は発見されていなかったために彼はそれまでの生命のエリクシールを抽出する等と言う古典的な方法から離れ 先ずは死をより理解する為により死に近しい状態に自分を置いてそれにより生であることとどの一点から死に至るのかを理解する事で研究の糸口をみつけることに した。


 なにしろ100年と言う時間である。

自分の代でまず死を理解出来れば後の事は子孫達がやり遂げるだろう。

幸いと言うべきかどうかは微妙だが命を作り出す事を考えれば奪っていくことは比較的簡単だ。


しかもそういうことになら使えそうなものは先祖から受け継いで来た研究に残されていた。

それは飲む事で体内を構成する生命に関わる成分を分解し結果涙腺から液状化した生命という成分が抽出出来るという薬だったが偶然の産物のような代物でもあり実際の生命との起因も解明できなかった為に当時誰にも語られる事無く研究室の奥の保管庫に仕舞われたものである。

 
探してみると当時の記録とそれに付随する奇妙な首飾りのようなものが出て来た。


当時の資料によるとその生命成分を蒸着させたものと記してあった。

 
彼はその後の研究を継ぐ事になる息子に見守られながらその後23年と3ヶ月を彼が死している状態と信じて疑わなかった少なからぬ苦痛を伴う半死半生のような状態で過ごし彼自身の口述と息子による膨大な記録とその奇妙な首飾りに沢山の涙のような生命成分と残しこの世を去った。


その後研究は息子に引き継がれたが満足な結果を出す前に仕事を依頼して来た中国人の国は体制を変えて消失しその貴人も行方がわからなくなったことで研究は中座したままである

 

その後この話しが一部の知識人の間で知られる事になり「緩慢なる死」と名付けられ彼の涙を固着させたかのように見える奇妙な首飾りは珍品としてオークションで値を吊上げたという。

 

 

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その息子である彼が選んだ研究は生を物質的に分析理解することであった。

 

彼は被験者となった自身の妻と娘に危篤状態になる寸前迄の毒物を服用させそこから治療を行いその死の淵から生還していく状態を綿密に観察する事で生というものの物理的な側面を見いだそうとしたのだ。

 

生が物質として捉えられればその複製は可能なものになると彼は考えたのだ。

 

この実験は非常な熱意と慎重さをもって幾度も繰り返されたが望んだ結果は出せず彼の娘が繰り返された臨死体験によって自身に特殊な能力が身に付き神に近づいたと過信させる過度な思い込みを生む結果になっていた。

 

彼の娘は当時9才だったが実験を始めた5歳の頃から臨死体験によるものなのか他者の死を予見出来るようになりそれが王室関係者の死を予言したこと等によって一部の人間の耳目を集めるようになってしまったのだ。

 

この事は彼女とその母親である妻を増長させ徐々に研究への障害にさえなり始めていた。

 

ある時 より制御し易く扱い易い毒物とその手法を求めて中国西方に彼が旅をしている間に妻と娘は顧客でもある男爵家の依頼を受けある人物の死を予見するために臨死体験をするべく研究室にあった毒物を接種しそのまま昏睡してしまっていたのだ。

 

彼が帰り着き昏睡状態に陥っていた妻と娘を発見した時には既に手遅れであり危篤状態に陥っていた。

 

彼は混乱し悲しんだがなす術は無く2人の死は目前だった。

 

だが その現実は受け入れがたいものであり彼はどうしてもこの眼前の現実を認める事が出来なかった。

 

彼は本来試すべきではない方法だがそれによってこの認めがたい現実から回避しようと考えた。

 

その方法こそが結果としてだが豚の一部を不死にした術であり彼の家が未だ錬金術師として成立させ得ているものでもあった。

 

それは生物の時間を止めるという方法であり死なないというだけの不死術である。

 

そもそも成功例も少なくその結果はみな芳しいものと言えるようなものではなかったので長く封印されてきたものなのだ。

 

それでも それがどういう結果をもたらそうとも彼はどうしても二人とそれに依る自分を失いたくなかったのだ。

 

それから 言葉にもできないとても長い時間を娘と妻と彼は世界から隔絶され暮らす事になった。

 

生命として停まった時間の中でそのまま 横たわったまま 小さく呼吸する事しか出来なくなった妻と娘とその閉鎖された時間と空間のなかでいつ終わるとも知れない果てのない夜を過ごすのだ。

 

だが

 

そうやって 終わりの無い夜のなかに暮らしていたあるとき 「夜 歩く 犬」 が現れた。

 

それは 彼を包む夜を食い そこから夜が少しずつ消えていったのだ。

 

この犬が何者なのか彼は知らなかったこの犬が何者なのか彼は知らなかったがそれは本質において実験者の心の中にある未来への渇望でありそれが生み出した安全装置のようなものでもあった。

この不死術は時間を停止した状態を維持するだけど言うならそれはまだ未完成であり完成というにはその結果に向けて再度時間を進める必要があったからだ。

だがそれは見るべきではない結果を見る事にもつながることを彼はうすぼんやりと理解しはじめていたが

でも決して嫌なものではない。

そうやってゆっくり夜が明けて行く事は少なくとも恐怖ではなかったのだ。

やがて全ての夜を食いつくし 「夜 歩く 犬」 は闇と共に消えてしまい彼は未知の朝に取り残されてしまったがその手の中には娘のものか妻のかそれさえも判別のつかない不死状態になった頬だけが残されていた。


彼はそれを眺めてただただ涙を流すだけだった。

だが それは少なくともその時点において堪え難い苦痛ではなくなっていたのだ。