西武ライオンズタイムマシーン(第385回):1980年 山川猛 | はっきりいってライオンズびいきでした。~西武ライオンズの記憶~

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(1980年西武ファンブックより)

大声を出してナインを激励するファイトマン。
強肩が売りもの。
あと変化球を打つバッティングを身につければ、一軍での試合にも出番の声が掛かってくるだろう。

 

【1980年の山川猛】
西武在籍:2年目(25歳)、背番号37
打撃成績:6試合、4打数0安打、打率.000、0本塁打、0打点、0盗塁

 

(イースタンリーグ成績)
打撃成績:60試合、162打数46安打、打率.284、11本塁打、32打点、1盗塁

プロ2年目の1980年は、経験を積む為、イースタンリーグの試合では積極的に起用され、正捕手として53試合にマスクをかぶった。
イースタンリーグでは、6月5日対巨人戦で11回裏にサヨナラ安打を放っている。

7月に一軍昇格し、7月29日対阪急後期3回戦(西武球場)で、9回表に捕手の守備につきプロ入り初出場を果たした。
8月9日対日本ハム後期3回戦(後楽園球場)で、8番・捕手としてプロ入り初の先発マスクをかぶった。
しかし、3回までに4失点するなどリード面で投手陣を引っ張ることができず、打席でも2打席連続三振を喫し途中交代した。
一軍デビュー後は、打撃では4打席で3三振。守備では盗塁を3回企画されいずれも成功を許した。
8月13日の試合を最後に二軍へ降格し、結局一軍では6試合の出場に終わり、自慢の打撃と強肩をアピールすることはできなかった。

それでも、イースタンリーグでは、11本塁打を放ち本塁打王に輝くなど、二軍成績とはいえ打撃面で大きな向上が見えたプロ2年目だった。

 

【1980年当時の記事写真とコメント】

先輩に追いつき追いこせをモットーに大ハッスル

スローイングのよさは大学時代から定評がある。
1年間プロの飯を食ったことでスピードにも慣れた。
あとは自信を持ってピッチャーをリードすることと確実に打てる打者になることだ。

 

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