西武ライオンズタイムマシーン(第331回):1980年 蓬莱昭彦 | はっきりいってライオンズびいきでした。~西武ライオンズの記憶~

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1979年~2008年までの西武ライオンズを中心にプレイバック!
古き良き、そして青き「ライオンズブルー」の懐かしの選手や、思い出の名場面などを私が所有している当時の野球カードや記事などを紹介しながら振り返っていきます!

(1980年西武ファンブックより)

キャンプで首脳陣、それに野球評論家からも、その素質を高く評価された。
俊足で守備範囲が広いこともさることながら、ミートのうまいバッティングは実戦向き。
1、2番を打たせると面白いタイプの選手だ。

 

【1980年の蓬莱昭彦】
西武在籍:1年目(23歳)、※新人=西南学院大からドラフト4位入団、背番号43
打撃成績:109試合、25安打、打率.207、2本塁打、9打点、2盗塁

 

(イースタンリーグ成績)
打撃成績:4試合 9打数3安打、打率.333、1本塁打、1打点、0盗塁

西南学院大学時代は、九州六大学リーグで首位打者を獲得するなど活躍。
1979年ドラフト会議で西武から4位指名を受け西武に入団。

プロ入り1年目の1980年は、開幕から一軍入り。
早速、4月5日対日本ハムとの開幕戦の7回裏に左翼手で途中出場し、プロ入り初出場を果たした。
4月8日対南海前期1回戦(西武球場)で、8番・左翼手でプロ入り初の先発出場。2回裏に佐々木宏一郎から犠飛を放ちプロ入り初打点を記録。
4月12日対近鉄前期2回戦(西武球場)で、2回裏に村田辰美から先制適時打を放ちプロ初安打を記録。
5月11日対近鉄戦で途中出場ながらも3打数3安打を放つと、翌5月12日対近鉄前期8回戦(日生球場)では、先発で起用され3回表に柳田豊から同点2ランを放ちプロ初本塁打を記録した。

その後は、打撃面では特に目立った活躍はできなかったが、外野守備では99回のあった守備機会でわずか1失策と堅守を見せた。
外野の守備で首脳陣からの信頼を得て、シーズン終了まで一軍に定着し続け新人ながら109試合に出場した。

西武の入団発表前日、上京した父がホテルで急死しており、その悲しみを乗り越えての1年目の活躍だった。

 

【1980年当時の記事写真とコメント】

俊足好打はリードオフマンにぴったり
早くも一軍での活躍が期待されている
「足を生かしてゆきたい。福本さん(阪急)みたいになりたい」