西武ライオンズタイムマシーン(第329回):1980年 田鎖博美 | はっきりいってライオンズびいきでした。~西武ライオンズの記憶~

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1979年~2008年までの西武ライオンズを中心にプレイバック!
古き良き、そして青き「ライオンズブルー」の懐かしの選手や、思い出の名場面などを私が所有している当時の野球カードや記事などを紹介しながら振り返っていきます!

(1980年西武ファンブックより)

優れた左腕投手として、ライオンズ内だけでなく、早くも球界全体から注目を浴びている。
貴重な左腕だけに、1日も早く登板してもらいたい投手。
速球で三振をとれる力があるので、いまから楽しみだ。

 

【1980年の田鎖博美】
西武在籍:1年目(19歳)、※新人=盛岡工高からドラフト2位入団、背番号18
成績:一軍出場無し

 

(イースタンリーグ成績)
投手成績:29試合 3勝 7敗 0セーブ、投球イニング73回1/3、自責点59、防御率7.24
打撃成績:29試合 13打数2安打、打率.154、0本塁打、0打点、0盗塁

1979年、盛岡工業高・三年時の夏の大会は、岩手県大会で準決勝までに進出したが、甲子園には届かなかった。
高校卒業後は、社会人野球のプリンスホテル入りとも言われていたが、1979年ドラフト会議で西武から2位指名を受けて入団した。
身長180cmを超える大型左腕投手でもあり、入団時には背番号18を与えられるなど期待された。

1980年は、高卒新人選手ということもあり一軍での登板機会は無かったが、イースタンリーグの試合では、29試合に登板し3勝をあげた。
しかし、73回1/3イニングで被安打79、自責点59、防御率7.24と内容は良くなかった。

特に6月22日対大洋戦で1イニング5与四球のワーストタイ記録を出すなど制球難が目立ち、投球イニング数を上回る与四死球(87個)を記録。

課題ばかりが残った一年目だった。

 

【1980年当時の記事写真とコメント】

大きく足を上げ捕手のミットをみる

 

腕の使い方がうまいと評判である

 

ダイナミックなフォームは威圧感がある