西武ライオンズタイムマシーン(第240回):1979年 立花義家 | はっきりいってライオンズびいきでした。~西武ライオンズの記憶~

はっきりいってライオンズびいきでした。~西武ライオンズの記憶~

1979年~2008年までの西武ライオンズを中心にプレイバック!
古き良き、そして青き「ライオンズブルー」の懐かしの選手や、思い出の名場面などを私が所有している当時の野球カードや記事などを紹介しながら振り返っていきます!

(1979年西武ファンブックより)
走攻守三拍子そろったホープ。
将来のミスター・ライオンズの呼び声も高い。
グラウンドでの生き生きしたプレーぶりは見ている人にさわやかな印象を与える。
レオ軍団の新しいスターとして、「立花」コールが西武球場にこだまするかもしれない。

 

【1979年の立花義家】

西武在籍:1年目(21歳)、クラウンライターから残留、背番号34
成績:123試合、100安打、打率.246、6本塁打、36打点、3盗塁

 

(イースタンリーグ成績)
打撃成績:1試合 1安打、0本塁打、0打点、0盗塁、打率.500

 

1976年のドラフトでクラウンライターから1位指名を受け入団。
1年目は、一軍での出場を果たすことはできなかかったが、2年目の1978年に根本新監督がレギュラーに抜擢。
根気よく使い続け124試合に出場し規定打席にも到達した。

 

西武へ変わった1979年は、主力選手の一人として123試合に出場。

打率こそ伸びずにリーグ第37位だったが、100安打を打ち前年(115安打)に続き2年連続での100安打以上を記録した。

また、前年497打席に立ちながらも0本に終わった本塁打も、4月14日対日本ハム前期1回戦(西武球場)で、1回裏に高橋直樹から右越ソロを放ち、悲願のプロ入り初本塁打を記録した。
 

【1979年名場面】

1979年4月14日(土) ●西武1-7日本ハム○

立花、プロ入り公式戦初ホーマーをライオンズ球場第1号で飾る
1回裏、立花は日本ハム・高橋直投手から右翼席へ「西武球場第1号」を豪快に打ち込んだ。
立花にとってはプロ入り公式戦初ホーマーでもあり、まさに記念づくめの一打だった。
試合終了後、記念すべきボールをファンから受け取った同選手は「一生の思い出としてしまっておきます」と喜びをこらえきれない表情だった。

 

【1979年当時の記事写真とコメント】

 

 

期待度、成長度ともナンバーワンの若手

ミートのうまさは先天的なものを持っている。
監督は2番を予定しているが、近い将来クリーンアップを打つ打者になることはまちがいない。
フロリダでは「昨年のケガでダメだった分も取りかえす」と練習の虫になっていた。
中距離ヒッターとして3番、4番につなぎ、足を生かして本塁へ突っこむ、立花への期待はこれだ。