お盆です。
そしてもうすぐ終戦記念日です。
この時期は、いつもと違う感覚になります。
原爆の日は、金沢にいました。
広島の平和式典の様子は、ホテルの部屋で観ました。
テレビから流れる広島県知事のスピーチに
釘付けになりました。
その深く鋭い洞察力と魂のこもった内容。
放たれた知性と澄み切った揺るがぬ決意。
唸りました。
みなさんは聞かれましたか?
YouTubeでもたくさん動画がアップされ
絶賛されてました。
このサーロー節子さんが被爆されたときの
不思議な声を引用されています。
サーローさんは1932年広島県生まれ。被爆者。
平和運動家として反核平和運動に取り組んでおられ、2007年から関わっておられる核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)が
2017年12月にノーベル平和賞を受賞した際、
授賞式でスピーチされました。
被爆者として初めて演説された方です。
サーローさんは爆心地から1.8キロの距離で被爆。
倒壊した建物の中で意識を取り戻すと瓦礫に挟まれて動けなくなっていました。
静寂の中同級生の「お母さん」「神様、助けて」という声が聞こえ
「このまま死ぬのだろうか」と考えた時。
誰かがサーローさんの左肩を掴み
「諦めるな。動いていけ。光が見えるだろう。這っていくんだ。」
声の主の顔は見えない。誰だったのでしょうか。
言われたように僅かな光の射す方を目指して
外に這い出ると、そこは地獄絵図だったと。
サーロー節子さんは
核抑止についてこのように言われています。
核兵器のボタンを押せば
広島でこの目で見たことが再び現実になります。
何百人、何千人、十数万人の死者や瀕死の状態に在る人たちを想像した上で
核抑止論を論じることは、道徳的に人間として私にはできません。
そしてまた、道徳的に、人道的に
議論の通じない人々に対しても
私は核抑止論の欠点を指摘しています。
それは核兵器を使用する最終的な意思決定者が常時、
100%、論理的に物事を考え
決断できるのかという問題です。
答えはNOです。
人間には感情がある。
意思決定をする人たちが
絶えず論理的に物事を考える人たちであるとは
言えません。
だから核抑止論というものは非常に頼りなく
危険なものだと思います。
北米で、被爆した体験を話す中で、
身の危険を感じたこともありました。
それでも、ただ正直に自分の体験と思いを、
周囲の人に遠慮せず、
勇気を持って対話してきました。
真実を、繰り返し、命の限り語りぬく。
核抑止という幻想を打ち破る手段は
それしかないのです。
私たちが命を賭して伝えてきたのは
あなた達の将来のためです。
私の未来はもうすぐ終わります。
だからこそ、あなた自身、あなたの子供
孫、大切な人たちが存続できるような社会を
「つくらなくてはならないのだ」
という使命感、責任感をアクションに移してください。
核で抑止できるか。
できないと思います。
作るのも、使うのも、人間だからです。
そして人間にはエゴが在るからです。
人間はエゴ的成長がなされないと、
破壊的な思考に寄っていく
もともと備わる暗さがあります。
ヒトラーの優生思想とか
いやマジかよ?と
今は多くの方が思われると思いますが。
狂気に満ちた世界だと
それが普通になるということが恐怖。
人間は、対等なんじゃ。
生命に優劣つけたいその心はなんだ?
と考えたらすぐにわかると思います。
それはエゴの暴走。
つまりは恐れがすぎた臆病さの極みによるもの。
我々にできる平和行動の一歩は、
エゴの支配から目覚めること。それには
自分を敬い、意識的に、大事に大切にすること。
核を持つべきという国会議員がいるのを知り
被爆者の前で、それを言えるのかと思いました。
核が一番安上がりとか言った議員がいるようですが、寝ぼけてるのだろうか。
日本を褒められて嬉しいのは、
自分が褒められてる、認められたと認識するからで。
逆に日本が貶されてると思うと
猛然と反発心が起こるのも、自分のことと認識するからです。
日本が軍国主義になり神札を利用し
国民の信教の自由や表現の自由を制限、禁止して。
日本が国際社会から無視され、仲間外れにされ、
戦争に向かうしかなかったから。
日本は国際的にいいことしようとしてるのに
わかってもらえない外国に思い知らせたい!
というエゴが勝ったのでは。と思っています。
多くの国民を死なせることになる戦争は
エゴだけでなく
本来の愛で生きるとできないはずです。
エゴだけで生きると
大義名分に生きたりします。生命より大義名分。
頭で生きるからです。感じない。不感症。
国の指導者は、エゴを超え、
国民の命を預かっている責任を果たしてほしい。
そういう意味でも
広島県知事のスピーチ、サーロー節子さんのお話など、
これ以上ないタイミングであったと思います。
14日は父の祥月命日でもあり、
お盆の時はいつも14日にお墓参りです。
元気にしていることの報告や感謝を伝えてきます。
ありがとうございます。