「盛久」についてちょいと書いたばかりなので、その勢い(は少なめ)で、プレイバック満次郎シリーズ?にひとつ記事を加えてみようと思います。
と言っても、ヘレン・ケラーちっくな

つまり能「盛久」が「刀尋段段壊」でクライマックスを迎えてしまうので、後半に男前な男舞があっても印象に残ってないのです。
なんか「崖の上のポニョ」みたいだなぁ…。
しかも、朝倉俊樹師の舞台の印象が強烈だったので、それがまり子の「盛久」スタンダードになってしまったような…、ことはないけど、せっかく御三家(まり子が勝手に命名)の同じ演目を観たので、その印象の違いなぞ、辰巳満次郎様に重点を置きつつ、ご紹介してみようかと…。
御三家と言うと、人によってイメージが異なると思うので、敢えて元祖?徳川御三家に擬えてみます。
(イイんか?こんなこと書いて…、しかし強行する♀)
まり子のイメージでは、
水戸家…朝倉俊樹師
尾張家…金井雄資師
紀州家…辰巳満次郎様

となります。
まり子の独断と偏見

しかし平盛久って、捕縛の危険を冒してまで続けた清水寺参りの真意はついに明かさな
かったと言うし、特別の武勲もないと言うし、信仰に篤い、としか伝えられてなくて、
イマイチその人物像が掴めません。
その中でサスガ御三家、三人三様、個性が浮かび上がる舞台であったと思いました。
水戸家風?の朝倉俊樹師は武士としての孤高を保ったオトコ、武士道とは死ぬことと見つけたり(時代が違うけど)な、ちょっと景清ライクな印象。
尾張家風?の金井雄資師は篤いが上に熱い

その二人に比べると紀州家風?の辰巳満次郎様


処刑されるまさにその間際に太刀が段々に折れるという、観音経に書いてあるそのままの
奇跡が自分の身に起きた時、その感動を放出するよりもむしろ、胸よりもさらに深く腹の
奥に納めて、畏まって受けた辰巳満次郎様

千手観音も「鎌倉まで行って助けてあげてヨカッタ~♪」と思し召したことでありましょう。
あああ、後半を憶えていないわが身がうらめしや…。
ちょっと薄い内容のプレイバックでございました。
m(_ _)m
