遅くなりましたが、中東旅行についてふりかえりたいと思う。

期間は一ヶ月半ほど。当初はトルコ・シリア・レバノン・ヨルダン・エジプトへと抜ける鉄板ルートを予定していたが、いわゆる中東革命に陸路をふさがれ、結局トルコ(おもに東部クルド人自治区)・シリアを周遊する結果に。

中東を旅行するにあたって、最低限イスラム教の理解は不可避だと思い、勉強していっただけの甲斐があったと思う場面が多々。
旅行を終え、それら印象に残ったこと・感じたことについて独断と偏見で綴っていくので悪しからず。

まずトルコ。イスタンブールについて・・・ついた途端に発狂。言わずとしれた観光都市であることから、観光インフレが整いすぎ。というのも旧市街、歴史地区には路面電車(広島の路面電車と類似)が走り、日本円にして70円そこらで乗り放題。政府の観光に対する心遣いを感じる。

見所はおもに歴史地区だが、とにかくすごい。目の前に広がるのはまるでドラゴンクエストの世界。モスク、モスク、モスク。そこに近代的な建築も立ち並んでいるから夢見心地。BGMあるとすれば、完全にファミコン音だが・・・

イスタンブールはトルコのほかの年にに比べ、物価が高いため沈没はできなかったが、結局一週間ほど、買い物・美術館・博物館・食べ歩きに時間を注いだが。、まだまだ不十分。というのも都市の規模が大きすぎる。
それを踏まえかつて中東一帯を治めたオスマン帝国の偉大さを垣間見ることができた気だけがする。(笑)



トルコではほとんどの時間をいわゆるクルド人自治区、東部で過ごすこととなった。トルコ東部は、イラン、イラク、グルジア、アルメニア、アゼルバイジャン(イラン・イラク以外は北東部だが)国境に隣接するため、トルコであってトルコでない感覚にしばしば襲われる。
どちらかといえば、例えるなら泥臭く、そして宗教色の強いシリアのようなイメージ。うーん、たとえが微妙(笑)

トルコ東部は、孤高の民族クルド人が多く存在しているが、彼らがなんとも魅力的だった。優しいといえばイスラム教徒の大半がそうだが、それともまた違う何かがあった。
というのも、バックパックを背負い道を尋ねれば、目的地までしかもボーイのごとくバックを代わりに背負ってくれ、連れて行ってくれる。もちろんお金を取らないのだが、誠意としてお金を払おうとするとアッラーがみてるから・・・そういい残して去っていく。
料金のわからぬままバスに乗る、そして降りる際にいくらか乗客に尋ねればお前の分は俺が払うから心配ない、といってくれる。
こちらとしてはわけがわからないが、彼らにとって旅行者とは旅行にきてくれてありがとう、そんな意味を含んだ敬意の表れが上記のような行動を生んだのかもしれない。あくまで推測なので、実際のところ彼らがそんなことまで考えているとは思わないが・・・その優しさは無限大であった。

また、彼らクルド人は誇り高い民族として語られる。彼らにトルコ人か?と尋ねればきまって、いやクルド人だ。と圧倒される。
同時に、差別され続けている民族であることを忘れてはならない。
かつて日本政府がアイヌ民族に同等の政策をとったようにトルコ政府はクルド人から言語を奪い、文字を奪い、音楽を奪い、領土を奪い、生活を奪った。民族浄化である。
とりわけ領土を奪ったことで、彼らはトルコ中央部から東へ東へと追いやられ、やがてトルコ東部に彼らの町が建立されたというのがトルコ東部のからくりである。
またトルコ東部ではしばしば、警察とクルド民族の衝突が起こっているが、これらのほとんどが報道されていない。これは日本政府、東電の情報統制とよく似ている。そのため外務省のHP(政治的理念が絡んでいるためあまり参考にならないがw)でもトルコ東部は危険地域に該当している。
東部の町を歩けばわかるのだが、いたるところで検問が行われ、民主主義国家にいながら常に監視されているさも独裁国家ではないのかというような錯覚に陥る。
あくまでトルコ人でもクルド人でもないので、彼らの事情を知ることはできても、理解することはできないというのが本音であるが、トルコがアラブ諸国の目指すべき政治形態とはほど遠いものと感じた。
いつの日か、イスラエルのパレスチナ問題のように、いつ爆発するかわからないほどの問題をトルコ国家は抱えている、そのような印象を受けた。

またここでアフガニスタン難民と話す機会があった。彼は家族とともにこの地へ逃げてきたようだ。聞くところによると、タリバンの独裁ぶりは人間業とは思えないほどだった。とにかく男尊女卑社会で女性が公の場で肌(肌が少しでも見えたら)を露出すれば、即座に首がとぶ。夕方以降、女性が外出すれば、即座に首がとぶ。そのような具合・・・
彼には片腕がなかったが、これもタリバンにやられたようでゾッとする思いに駆られた。彼は『人間としての権利に性別など関係ない』と訴えていたが、その通りだという以外に言葉はみつからなかった。
中東にいるんだ、ここで改めて実感する。


シリアは割愛。暇なら前の日記読んでください。



最後に、情報に操作され、中東=危険と決め付けていた自分自身が危険だったというか、愚かだったことを身を持って感じた。確かに、TVではしばしばテロを含む犯罪、紛争が取り上げられる。しかし、それだけが中東ではなく、取り上げられていない多くの魅力があることを忘れてはならない。
これは日々の生活、すべてにあてはまることではないだろうか。大切なのは、自己判断。


ちなみに最終日にカメラすられました。(笑)
お久しぶりです。

まず始めに、今回の大地震で多くの方々の命が絶たれたことにお悔やみ申し上げるとともに、ご冥福お祈りいたします。

ならびに、多くの被災された方々の一早い幸福を心からお祈りいたします。

連日のように、トルコのニュース、インターネットを通じて、状況を確認してます。

どういった状況か把握するのは、困難ではありますが、その被害の大きさは計り知れないものとだけは確認しました。

第三国にいて、何もできない自分に歯がゆさを感じることもありますが、多くの現地人の方々の日本を思いやる気持ちに励まされています。

そして不謹慎ではありますが、日本人であること誇りに思いながら、旅を続けさせていただいてます。

旅行者である前に、日本人として、彼らの暖かい優しさを書きたいと思います。

町を歩けば、必ず声をかけられる。日本人といえば、拙い英語で、あるいは理解のできないトルコ語で、Im sorryと言ってくれる。

同時に胸に手をあて、祈りのようなことをしてくれる。

チャイを飲むため、チャイハネにはいれば、日本は大変だろう、お金はいらないよ。と言ってくれる。

移動するためミニバスにのれば、お金を払ってくれる現地人もいる。
お前は日本で、復興のためにそのお金を使え、と言った具合に。

直接的に被災してない自分。気持ちは本当に複雑だが、その優しさに涙目。

日本人であることを本当に誇りに思う。

世界が日本に対して、本気で全力で背中をおしてくれている。

日本の和が、世界の和になってる。

世界の皆さん、ありがとう。
日本の皆さん、無責任ではありますが、みんなで一つの輪をつくり、少しずつではありますが、復興へむけて頑張りましょう。


ならびに、被災地へ支援をしてくださっている東電のみなさま、自衛隊のみなさま、その他関係者のみなさま、ほんとうにありがとうございます。

彼らにもらった優しさは、日本にかえって還元しようと思います。






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ただいまトルコ東部、アブラハム生誕の地シャンウルファにいる。

ここの街は人口47万人と割と大きい。
シリア国境に近いということから、トルコというより、アラブの雰囲気が至る所で感じられる。
この街の人々のターバン、スカーフの色はさまざま。非常におもしろいことにターバンの色で出身民族がわかる。
赤と白のチェック柄のアラブ人。
黒のイラク人、もしくはパレスチナ人。
ここまでは見たことある色だが、この街には紫色のターバン、スカーフを身につけたクルド人が存在している。
クルド人といえば、けされた民族、今なお差別され続けている民族である。
彼らを扱った映画もあるほど、情勢に占める関連性も高い。
誇り高き孤高の民族である彼らは、とにかくかっこいい。
民族浄化に反対し、常に独立を求め、独自の文化、音楽、言語を展開している。
世界史の中で、マジョリティがマイノリティを非難するのは、ある意味自明だが、彼らはその鉄則に反し、戦い続けているのである。

ん?主観的な文になりすぎたので、ここで話を戻す。笑

というわけで、この街にはあらゆる民族がけして浄化ではないが、混在している。
非常におもしろい。

旧市街にはバザールもある。東部はおもしろいと多くの旅人に聞いていたが、ここまで楽しいとは思わなかった。
そしてなにより、飯がうまい。
アラブ色強めなのに、飯はがっつりトルコ料理。
ケバブ、ケバブ、ケバブ。
うまい、うまい、うまい。
といった具合である。

そして本日はハランという街へ移動ではないが、観光に。
その道中での出来事、アラブ人、ムスリム信者と会話した内容が頭にのこる。
ムスリム信者か、と聞かれ、無宗教だと答えるのは厄介になると妥協策をとり、仏教徒だと答える。
すると、彼の顔は笑顔から怒りへ。
同時に、ムスリム信者以外は嫌いだと、豪語、そして威嚇。
政教分離の進んでいるトルコで、この考え方はクレイジーだろ、と思ったが、言い分もわかる。
彼らにとっての神はアッラーのみであるからである。
単なる旅行者である自分自身、興味本位でモスクへいくこともある。それが失礼に値するのか、いまさらながらそうおもってしまう。
そこで大切になってくるのが、彼らを知ること、つまり文化、歴史を知ることである。同時に、自分自身について知ること、つまり自国の文化、歴史を知ることである。知るだけではなく、彼らにわかるように説明できないと意味がない。
とりわけ後者は忘れがちだが、ビジネスをするうえでも、旅行をする上でも、そこが異国であればあるほどそれらを意識しなければならない。
中東は危険だ、イスラム教徒は危険だ、それでおさめるのは、それこそ危険だ、私はそう思う。
エジプト革命に連動し、中東情勢は変化し続けている。
近い将来、中東諸国が重要なビジネスパートナーとなる可能性は高い。
その可能性をみこして、私自身、もっと彼らを知らなくてはならない、ただただ、そう感じる。



明日はマルディンに移動予定。


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