シリアの首都ダマスカス、すごい街でした。
街の規模はとにかく大きく、旧市街には揃わないものはないもないと地元民が豪語する、巨大なスーク(市場)があり、人々の活気、雰囲気にはただただ圧倒される。
今回、シリアのハイライトは間違いなくここであった。
いくつか、そこでのことを書いていく。(佐々木風)

1、シリアのダマスカス大学へ行った時のこと。
ここで法律を学び、現在博士課程のシリア人、名をカリッド(26歳)と出会い、談笑。
なぜ英語が話せるのか、と疑問に思っていたが、どうやら奥さんがアメリカ人のようだ。
お互い拙い英語力で、くだらない話からエジプトに始まった政変についてなど語り合う。
シリアにこの政変が波及する可能性はないのか、と尋ねると興味深い話を聞けたので、以下記す。
「まずその可能性はない。今のシリア政府はかなり頭がきれている。秘密警察も多い。政治の話、デモを計画すれば、警察は計画者、関係者を芋づる式に暴き、逮捕する。それが今の現状である。それに情報統制もされている。」
という旨を語る。
では、続けてシリアが変わる必要があるのか?という質問を投げかける。
彼「もちろん変わらなければならない。どう考えても、いまのシリアはおかしい。それがいつになるかわからないが、俺は信じている。」
と語る。
個人的には、リアルタイムな情勢を現地人からその場で聞けたこと、そしてやはりシリアにデモが波及してないとはいえ、市民の不安はかなりあると確認できたので、おもしろかった。
結局かなり仲良くなり、彼と一度わかれ、その日の夜、再会し、彼の家にいけたことはかなりいい思い出となる。

2、旧市街をふらふら歩いてみる。
これがまた楽しいのだが、路地に入り、感慨にふけっていると一人の老人に声をかけられ、談笑。
そうしていると、伝統的な昔ながらのダマスカス旧市街の家屋に入ったことはあるか、と聞かれ、答える間もなく、家にこいと言われる。
老人はアメリカで、長年医者をやっていたためかなり流暢な英語で語る。
オールドダマスカスの家は、広い中庭を取り囲むような形でいくつかの部屋がある。
日本でいう伝統家屋、平屋みたいなもの、それがここダマスカスにあると想像してほしい。
家具はなぜかオスマン帝国の影響もみられるため、豪華である。
あまり愛想がいいわけでもない老人ではあったが、そのホスピタリティに感謝しつつ、別れを告げる。

すいません、ここから簡略化

3、中東戦争で廃墟になった街を訪れる。
イスラエル、シリア、ヨルダン、レバノンをわけるゴラン高原にて、中東最前線、銃声、おそらく訓練を聞ながら、廃墟をみつめる。複雑な気持ちになった。

4、イラク人と談笑
バスでバグダッド出身のイラク人と話す。和気あいあいと話をしていたが、最後にお金をせびられる。もちろん払ってはいないが、中東にいること、ニュースでみた出来事はリアルタイムで起こっていることを再確認。


すいません、続きはまた明日。
おやすみ。



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ダマスカス、世界最古の都市ともうたわれ、その歴史は4000年前に遡る。

街の雰囲気(旧市街)はなぜかタイムスリップしたような心地になる、そんな不思議なこの街に沈没状態に陥って五日あまり、明日アレッポへ旅立つ。

悲しいが、また戻ってくると心に誓う。

また後日ここでのことは書きたいと思う。

いい街だった、また戻ってくる。



シュクラン。
なんか気持ち悪い文体だけど、so tiredだから勘弁して(^^)笑





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朝、五時に起床。

目的地は、砂漠からみる日の出である。
日本でも何年ぶりですかと思わせるほどの早起きではあるが、シェアしていたキムとまーしと助け合い無事起床。

そして朝日をみるため山登りへ。

宿から真っ暗で寒い砂漠(少し砂は粗い)を歩き、観測スポットへ。

到着してから待つこと10分ほど、美しい朝日が出撃。
色はおよそオレンジ、イッツミラクル。
広がる砂漠の地に見渡すは数千年前のキャラバン隊が繁栄させた遺跡群、素晴らしい。
ががが、しかし、あいにくの曇りで数十分で太陽は消滅。笑

いいものは見れたのだが、すこし落胆。
そして宿へ戻り、再び就寝。

そして10時に起床。
遺跡群観光へ。
とにかく人が少ないので、壮大な地に広がる砂漠に取り残されたような、あるいはタイムスリップしたような心地になった。

三時間ほどまわり、次に博物館へ。

旅行をはじめて、とにかく色々な地で選択肢を広げるため、あるいは判断材料にするため多くのいいものをみるという目的で、その地の博物館、美術館へは足を運んでいる。

ここ、パルミラ博物館ではとりわけイスラム陶器が素晴らしいと感じだ。

色の配色が自分にはない発想で見事なまで調和されている。

アラベスク、イスラム建築からもわかるようにこの地域では、というよりムスリムでは色の文化、感性がずば抜けていると実感。

それが万人好みなのかわからないが、いいものであるということは、この目で確認した。

これを日本に持ち込み、日本人好みにアレンジすればおもしろいのでは。



博物館を見学し、地元民と話す機会があった。
ここで興味深い話をすることができた。

中東ではご存知の通り、イスラエルを除くほとんどの国が反米国家である。

彼らの立場に立つことはできないが、客観的にみて彼らの立場は十分理解できる。

アメリカがどれほど彼らの生活に影響をあたえているのかもわかる。

だから彼ら多くのアラブ人はアメリカが嫌いだし、親米のイスラエルがもっと嫌いなのである。

街を歩いてアメリカの話になれば必ずアメリカは悪い、と彼らは口を揃えて語る。

しかし、いまここで話している老人だけは異なる意見を語る。

「アメリカにしたって、イスラエルにしたって、アラブにしたって、おまえが住んでいる日本だって同じ地球の一部で、同じ人間なんだ。
いまの関係は良くないけど、やがていい関係になって、わかり合える日がくる、おれはそう信じてる。
だからアメリカ人が悪いとも嫌いとも、ユダヤ人が悪いとも嫌いとも思わない」
そんなことを語ってくれた。

すごく説得力があったし、その人間性に感銘をうけた。

そしてここが中東なんだと改めて感じさせられた。
けして中東が危険、テロリストだと思い込んでいた自分自身が少し情けなくも思えた。
彼の言葉をかりれば、ここ中東の人々も人間であることに変わりはない。

そんなことを考えた出会いだった。


そしてよる飯へ。ヘドウィンの伝統料理であるラクダ肉を食す。

うまい!感想としては、牛のすじに似ている味だったのでそう驚くべき味でもなかった。

食事も半ば、終わりかける頃、どこかで見たことのある日本人をレストランで発見。

よくみると二年生、ラオスのバンビエンという街で出会った、まっさくんと判明。笑

イッツミラクル、彼この近辺にきていることは知っていたが、まさか、ばったり、しかもこんな小さな街の小さな食堂で再会するとは、とお互い終始混乱、興奮気味。笑

そのまま二時間ほどチャイを飲みながら、お互いの近況報告。

小学生のような感想だが、とても楽しかった!

こんな再会あるのかよ、という感じだがこれだから旅行はやめられないとお互い合意。笑


そんな余韻を残しつつ、お別れ。

なんとも楽しい一日だった。




シュクラン。




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