11月の末に、学校主催の遠足がありました。
行ったのは近郊のZAMORA(サモラ)と
VALLADORID(バジャドリッド)というところ。
やはり私のイメージにあるスペインらしい、
荒涼とした風景と、城砦に囲まれた、
素敵なところでした。
この遠足の帰り道、バスの中で、通路を挟んで
座っていた同居人のベラの話が聞こえてきた。
ベラの隣は男の子で、二人は英語で話してた。
それがどうも私のことみたい。
友人に「ねえねえ、彼女が話しているのって
私のことだと思わない?」と言って
ふたりでずっと聞き耳立てていました。
はいもいいえもはっきり言えず、何を考えているのか
まったくわからない。
ストレンジャーだ・・・・なんて感じでしたかね~。
ショックではなかったといったら、もちろん嘘に
なるけど、どちらかというと「やっぱり」という
思いで聞きました。
でもとにかくそう思われていることは解った。
私もベラも夕飯は頼んでいなくて(昼が多すぎて
おなかがすかない)、それぞれ部屋で
ヨーグルト食べたりしていましたが、その日は
ベラが部屋にいるのを確認して、たずねてみた。
英語とスペイン語の辞書4冊持って。
「なあに~?」と明るくベラは迎えてくれた。
「あのさ、今日遠足で、悪いけどあなたの話が
聞こえてきたんだけど、あれって私のこと
だよね?ベラの言っているとおりだと思う。
でも私はスペイン語・英語もできないし、
日本人は排他的で、知人もできなくて、
いったい何をどうしたら良いのかまったく
わからないの。
何かいい方法はないかな?」
みたいなことを、言ってみた。
ベラは「うーん、別にあなたのことじゃないけど。
クラスの日本人見てると、ちょっと私たちとは
違うなって思うことはある。
でもあなたのスペイン語は決しておかしくないし、
ルディも彼女は本当によくできるって言ってるよ。
もしよかったら、私たちのところに遊びにくる?」
なんてことを言ってくれました。
別に仲間になりたいということではなかったけど、
とにかく自分の思いを伝えられたと言うことで
満足でした。
翌日学校に行くと、皆さんやたらと話しかけてくる。
どうやらベラが私の話したことを伝えたらしい。
特にルディはすごくて、もう一時たりとも
私と友人だけにしない、ってくらい
話しかけてくれたり、からかったりして・・・・
ありがたい反面、みんな年下なのに、
私って一体、いい年して何をやってるだろう・・・
という気持ちにもなりました。
情けない感たっぷり。
でもこれがきっかけとなり、ルディたちの
フィエスタにもしばしば誘われるようになり、
スペインの長い夜を、友人とふたり、あるいは
ひとりきりで部屋で過ごすということは
なくなったのでした。
良い方法ではなかったかもしれないけど、
悪口言われてる~と泣き寝入りしないで
良かった。皆さん本当にありがとう!!
これはVALLADORIDかな。
西暦1988年は、昭和63年です。
どんな年だったか覚えているかな?
昭和天皇が危篤状態だった頃ですよ。
この街でも日本人かどうかを現地の人に
聞かれて、どうやら亡くなったらしいなんて
言われて、家に帰ってからニュースで
確かめたら、嘘だと言うことがわかった。
ドイツ人たちからは、天皇ってどういうもの
なのか?なんて聞かれ、うまく説明できず
恥ずかしかった。
日本のことを何も知らないってことがね。
もうさほど長くないとは思うけど、そうすると
元号が変わる。私はその元号の変わるのを
日本でこの目で見たいかも・・・と言うと
皆さん驚いていたけど、その理由を
聞いていないのはちょっと残念。
ま、とにかく11月はこんな感じで過ぎて
行ったのでした。
まだまだ、つづく・・・


