その4では両翼の側防穹窖を取り上げるとともに、北端の地下にも匣室が設置された可能性について考察していきます。

 

まずは堡塁の定義を明治期の史料から抜粋します。

 

「堡塁とは近戦自衛の設備を備え陣地の支点又は複郭たる任務を有する防御営造物である。堡塁の形状は通常平扁なる多角形にして之に平行せる壕を設け、壕内は外岸側防穹窖又は「カポニエール」と称する特別の側防設備に依りて側防す。咽喉部も亦側防の設備を為す。而して壕内の側防には小口径速射砲若しくは機関砲を備ふるものとする。」

 

定義の通り龍司山堡塁においても多角形体で外壕を配し、凸角部には側防設備と思しき遺構が確認できます。

 

側防穹窖(きゅうこう)とは、「堡塁の周圍にある壕内を火砲機関銃等によって射撃することができるように設備した地下の築造物」のことで、側防匣室(こうしつ)とも呼ばれていました。

さらに史料では、壕の外岸に設ける側防設備を「外岸側防穹窖(匣室)」、内岸に設けるのは「カポニエール」と定義しています。

 

壕の前方で敵方に面する斜面が外岸、内側斜面が内岸です。

 

平面図で示すとこんな感じ。

 

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長崎県西海市の佐世保要塞石原岳堡塁には側防穹窖が完存しています。上記の図面だと戌タイプの形状ですが、図面通りの位置に匣室が残っていますので、これはカポニエールではなく外岸側防匣室(穹窖)と言うことになります。

 

石原岳堡塁の左翼側に設置された外岸側防匣室です。壕内の両側を射撃できるタイプは外岸複匣室と呼ばれていました。

 

右翼側の一方向だけをカバーするタイプは外岸単匣室です。

 

参考記事

 

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さて、龍司山堡塁の側防設備と思しき遺構は内岸に残っていますので「カポニエール」と言うことになるのですが、設置された場所は壕内ではないんですよね。壕内の側防ではなく斜面を駆け上がってきた敵兵を掃射する感じで造られていますが、これは佐世保要塞前岳堡塁と同じスタイルです。

と言うわけで本記事では外岸でもカポニエールでもなく、単に「側防穹窖」として記載することにしました。

 

ちなみに前岳堡塁の匣室はこちら。2つの銃眼が並んでいます。

 

参考記事

 

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前置きが長くなりましたが、龍司山堡塁の側防穹窖を見て行きます。

 

軍道を上がって行くと、堡塁左翼(西側)の凸角部に側防穹窖があります。

 

こちらが側防穹窖です。

 

側防穹窖の匣室内は破壊されているので形状が分かりませんが、銃眼と思しきアーチ状の横長開口部が確認できます。

西側の斜面を駆け上がって来る敵を掃射する銃眼は3か所です。対して南側の軍道に向かっては1か所の銃眼が確認できますが、土砂崩れで見えないだけで複数の銃眼が設けられていた可能性があります。

 

軍道に面した銃眼です。右側は土砂を被っているので銃眼の有無は不明です。

 

穹窿はコンクリートではなくレンガ積みです。

 

内部は埋もれていますが、銃眼下部は外側に向けて緩やかに下っています。

 

銃眼には垂直銃眼と水平銃眼がありましたが、形状的にこれは水平銃眼でしょうね。史料で見る水平銃眼の構造は、「水平銃眼は垂直銃眼に比すれば射界廣濶なり而て之を設くるには垂直の射界を得る為め銃眼頂の内方を高起し底面を外方に傾斜せしめ...」と書かれています。ちなみに先ほど紹介した石原岳堡塁と前岳堡塁は垂直銃眼です。

 

銃眼の前方を見ています。軍道を上がって来た敵兵を機関砲でなぎ倒す感じです。

 

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続いて西側。3つの銃眼が並んでいます。

 

1個目の銃眼です。内部は埋もれていますが前面の開口部はよく見えます。

 

3個目の銃眼はわずかに顔を覗かせる程度です。

 

西側の銃眼前面は斜面となっています。

 

匣室手前に平坦の交通路。斜面を上がって顔を出すと撃たれる感じですね。

 

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側防穹窖の天井は破壊・土砂流入・激藪で形状が分かりませんが、おそらくコンクリートで覆われた地下室だったのではないかと推測しています。

 

側防穹窖の後方に入口と思われる地下への石段があります。

 

石段の先は崩落しているのでよく分かりません。

 

こんな感じだったと推測しておきます。

 

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次は堡塁右翼(東側)の凸角部に残る側防穹窖を見てみます。

 

高く積まれたレンガ壁の南側側面に銃眼が残っています。

 

向かって左側は埋もれていますが、銃眼は2つ設置されています。

 

銃眼上部のレンガ壁と思しき瓦礫が散乱しています。

 

銃眼①を見ていますが、よく確認すると左翼側防穹窖の銃眼穹窿部とレンガの積み方が異なっています。

 

こちらは左翼側の写真です。

 

比べてみると穹窿部の長手積み4枚分は同じですが、左翼側は揃っているのに対し右翼側は交互に積まれています。なぜ異なる積み方をしたのでしょうか?

 

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側防穹窖は左翼同様埋没していますが、穹窖の内側を見ることができます。

 

銃眼の内側が開口しています。なお銃眼の前方は斜面になっています。

 

銃眼①をヨリで見ていますが、気になるのは矢印部分です。

 

穹窖の内壁が残っており、レンガの表面に漆喰(白色)が塗られてられています。また掩蓋は無筋コンクリートだったことが瓦礫から窺い知ることができます。

 

側防穹窖の内部はほとんど埋もれています。

 

穹窖内部の西側にレンガ壁に挟まれた石段が残っています。

 

上から見るとこんな感じ。

 

石段の部分は埋もれていますが明らかに地下に向かって下っています。おそらくこの石段が穹窖への入口で、L字型に造られていたのではないでしょうか?

 

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両翼の側防穹窖が終わりましたので、次は北端の地下に匣室が設置された可能性について考察していきます。

 

見取図“I”の場所を北側の斜堤から見ています。

 

この場所は堡塁の外壕北端ですが、注目するのは矢印の部分です。外壕の内岸にあたる位置にレンガ壁(A)が残っています。

 

積まれたレンガの上に御影石も乗っています。

 

さらに外壕の外岸付近にもレンガ壁(B)が確認できます。

 

レンガは横積みではなく縦積みのように見えます。

 

圍壁の上から見ると、レンガ壁(A)(B)の配置は以下のようになっています。

 

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さてこのレンガ壁ですが、外壕の内岸に接して構築された地下匣室...つまりカポニエールだったのではないかと推測しています。冒頭に載せた図だと「乙」や「丙」のように両側の壕内を射撃できる複カポニエールだったのではないでしょうか?

 

カポニエールも外岸側防穹窖と同じく壕内に侵入した敵を銃眼から掃射することが目的でしたが、壕内に残る縦積みのレンガ壁(B)は銃眼上部の穹窿部だったのではないかと考えています。

ただ、右翼と左翼の側防穹窖の銃眼穹窿部は長手積みでしたがこちらは小口積みですので少々疑問は残りますが...。

 

こんな感じだったのではないかと推測しておきます。

 

以上、4回に亘ってお送りした龍司山堡塁の記事書き直しを終わります。

 

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[参考資料]

「現代本邦築城史」第二部 第三巻 下関要塞築城史(国立国会図書館デジタルコレクション所蔵)

「日本築城史-近代の沿岸築城と要塞」(浄法寺朝美著、原書房)

「明治期国土防衛史」(原剛著、錦正社)

「日本の大砲」(竹内昭, 佐山二郎 共著、出版協同社)

「国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス」

「竜司山堡塁砲座改築等の件」(Ref No.C02030462300 アジア歴史史料センター)

「砲兵第1工兵方面より 新司山保塁備砲変更の件」(Ref No.C03023050600 アジア歴史史料センター)

「工兵第3方面より 就司山堡塁建築の件」(Ref No.C03023080800 アジア歴史史料センター)

「第12師団 下関要塞検閲報告の件」(Ref No.C03022890500 アジア歴史史料センター)

「元防禦営造物補助建物管轄換の件」(Ref No.C01002118400 アジア歴史史料センター)

「9月10日 築城部本部 竜司山兵舎建築の件」(Ref No.C10071286200 アジア歴史史料センター)

「下関要塞司令官の検閲報告の件」(Ref No.C02030339700 アジア歴史史料センター)

「7月15日 築城部本部 下ノ関要塞龍司山兵舎等建築竣工図書進達」(Ref No.C10071521700 アジア歴史史料センター)

「海岸射撃具据付工事及火砲撤去工事完了の件」(Ref No.C01007469500 アジア歴史史料センター)

「紀淡海峡及下関防禦計画中改正の件」(Ref No.C03023051400 アジア歴史史料センター)

「築城学綱要 : 初級幹部必携問答」(国立国会図書館デジタルコレクション所蔵)

「臨時築城教程 第1部」(国立国会図書館デジタルコレクション所蔵)

「砲兵学教程 要塞之部及附図」(国立国会図書館デジタルコレクション所蔵)

「築城新論」(国立国会図書館デジタルコレクション所蔵)

「築城新論附図」(国立国会図書館デジタルコレクション所蔵)

「最新音引字典 : 普通語及兵語」(国立国会図書館デジタルコレクション所蔵)

「国民軍事学 : 護国要論」(国立国会図書館デジタルコレクション所蔵)

「要塞砲兵教程 改訂版 」(国立国会図書館デジタルコレクション所蔵)

「大日本兵語辞典」(国立国会図書館デジタルコレクション所蔵)

「既往十年間陸軍大学校初審再審試験問題答案集 築城及交通地形学之部(中川冶三郎)」(国立国会図書館デジタルコレクション所蔵)