山本弘氏自殺騒ぎの夜 | 日本語あれこれ研究室

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 今年の8月20日、SF作家の山本弘氏が自殺未遂事件を起こした。おれがそのさ中に、どういうことを考えていたのかを書いておきたいと思う。

 

 おれはツイッターを始めた当初から山本氏をフォローしていて、考え方に共感していたし、著書もかなり読んでいる。

 8月19日の深夜、いつものようにツイッターを読んでいた(一桁しかフォローしていないので、毎日すべてのツイートに目を通すことが可能)。そうしたら、深夜1時過ぎに目に入ってきたのが山本氏のこんなツイート。

 

人生の最後に美しい物語を見せてくれた。ありがとう。♯サヘル

 

 「人生の最後」という文言が引っかかった直後に、さらにこんな文章が。

 

たぶん、この文を読んでいる人間の多くは気づかないだろう。でもこれは一年以上前から考えていたことなのだ。もちろん妻や娘には内緒である。医者にも友人にも。

 

 ああ、これは自殺予告だ、とすぐに思った。山本氏が一昨年に脳梗塞を発症してリハビリ中であることを知っていたからだ。でも、どうすればいいのかは分からずにいたところに、町山智浩氏のリプライが来た。

 

ちょっと待ってください。どうしたんですか。

 

 素早くて的確なリプライ。

 この後、何百人という人たちから、どうした、ファンです、思いとどまってくれ、もっと作品が読みたい、などの声が連なっていくことになるのだが、おれは町山氏のリプに注目しながらただただ推移を見守っていた。

 

もうすぐ『テネット』公開ですよ。予告編観ると今までにない時間SFみたいですよ。とりあえずそれ観てから考えませんか。

 

 泣けてくる。何というオタク心をくすぐる言葉。そして次のツイート。

 

山本さんが昔観たSF映画で、その後、観直したいけど、タイトルが分からない映画や、DVDにもならなくて観直せない映画はありませんか? どんな映画でも絶対に探し出しますから言ってください。

 

 町山氏なら本当に探し出すことだろうという迫力があるし、こんなに素晴らしい励ましがあるだろうか。

 

日本全国の山本弘先生のファンの方々、今すぐ、先生の作品の感想や思い出を先生にどんどんツイートしてください。先生が読んでいるうちに朝が来るように。

 

 このツイートはもう午前3時ごろ。おれは結局何もリプライをしなかった。安易に「死なないでください」的なことを書くのがいいのか判断がつかなかったし、町山さんに任せるしかないという心境だったから。

 頭の中ではずっとアリスの「帰らざる日々」が鳴り続けていたけれど、山本氏は死んだりしないとどこかで信じてもいた。

 

 それは、島田荘司の「糸ノコとジグザグ」という短編小説を思い出していたからだ。昔読んだのだが、確かこんな話。

 ラジオの深夜放送に自殺をほのめかすハガキが届く。自殺の時刻と場所を示すらしいパズルのような謎の文章が添えられている。DJはこれを本物と判断し、リスナーに協力を求める。リスナーたちから謎の文の解釈が届き始め、場所が特定されていき、最後は大勢のリスナーがその場所に集まって彼の自殺を止めることに成功するというおとぎ話。

 

 結局、山本氏の自殺は未遂に終わった。誰かが担当編集者に連絡を取るなどの努力をし、山本氏の自宅に警察が駆けつける騒ぎになったらしい。山本氏はノコギリで手首を切ったが命には別状なかったようだ(糸ノコだったのかどうか気になる)。

 

 つまり、おれは一晩中ただ傍観しているだけで何も行動は起こせなかった。そしてツイッターに釘付けになっていたせいで仕事ができなかった。

 いろいろな本で読んだことだが、本当に死のうとしている人間は誰にも止められないし、迷いがある人間は死ねない。だからおれの出る幕はないと思ってしまっていた。

 しかし町山氏の言葉の数々は、それでも諦めてはいけないということを教えてくれたのだった(青臭い感想だが本当だ)。

 

 自分は何もできなかったが、山本氏が死ななかったことは幸いだったと本当に安堵する。山本氏には今後、『アイの物語』『詩羽のいる街』『プロジェクトぴあの』等々の作品でおれを泣かせた責任を取ってもらいたいと思う(ちょっと意味不明だが)。