満月の夜の香り | 満願寺窯 北川八郎

満願寺窯 北川八郎

九州、熊本は阿蘇山の麓、小国町、満願寺窯からお送りするブログです。
北川八郎の日々の想いや情報を発信してまいります。

<2003年月刊致知10月号より48回にわたり連載された「三農七陶」から抜粋します>



・・・前略


神秘的な景色に接すると、人は神聖な気持ちになる。そこに この地球を動かす大いなる何か、神を感じるようになるのだろう。じっと 遠い景色のかなたに浮かぶ阿蘇山を見ていると、阿蘇に続くススキの波に うっすらと紅いオーラを感じる時がある。


こんな9月の満月の夜は 腹を空かしたまま 自宅近くの満願寺温泉の森まで下ってゆくのがいい。十三夜から十五夜にかけての森は広葉樹の葉が 月の光にキラキラと輝き、森の影のはっきりとした 不思議な静けさを伴う世界が広がる。そにかく静かなのだ。その静けさの中 月光に浮かぶ道をさまようと 至る所で「うんっ?」と鼻を泳がせたくなるような香りに出合う。満月の夜だけに森が興奮するのか、あの稲が実をはらむ時に似た 何とも甘く 芳純な透んだ緑の光のような香りがする。ここ数年 満月の夜だけに香る匂いだ。不思議な安らぎと解放感、そして心地よさ。しばらく嗅ぐと 血が満月の香りに呼応し 両手を天につき上げてしまう。「ウォー」「ウォー」と腹の底から声が湧いてくる。


狼になったみたい。誰が見ていようとこの解放感には逆らえない。顔を上げて満月に向って叫ぶ。腹の底から「ウォー ウォー」興奮が収まると そんな自分が恥ずかしい。


満月の夜だけに木々が騒ぎ 葉や樹枝から樹の休息を醸し出し始めるのだろうか。満月の夜は狼だけでなく タヌキも叫ぶと村人から聞いたことがある。きっとこの満月の夜の森の匂いが 森に住むフクロウもタヌキも虫も解放するのだろう。


現代の村人たちは皆 部屋に引きこもりテレビに癒されている。

この村で満月に騒ぐのは私だけかもしれないが、いや きっと・・・太古の人々も月光の下で騒いだにちがいない。月の白い光で 昼間とは全く違う景色に変わってしまったこの森。青い光のせいで 白黒のような影と形のくっきりとした木々のたたずまい。


・・・・つづく



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