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芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

芸能人の追いかけを、やったりして、芸能人のことをちょっとだけ知っています、ちょっとだけ熱烈なファンです。あまり、深刻な話はありません。

第十三回
ゴジラ松井くんは日課にしているランニングをしているときにゲームセンターの前で人がきが出来ているから立ち止まったのに過ぎない。しかし、ゴジラ松井くんの身長は他の人たちよりも大きい。当然、頭ふたつ分ぐらい抜き出ている。ゲームセンターの中の様子もなんとなく見える。最初、ゴジラ松井くんはその中で人質立てこもり事件でも起こったのかと思って見ていたがどうも違うようである。ちらりと見える中にハロハロ学園の同級生に似た女の姿が見えるような気がする、でも、まさか、そんなこともあるまいと思いながらも、中の様子に興味があってその場を立ち去れないでいた。群衆の中にまぎれてゲームセンターの中での事件を遠巻きにして見ていた。
 紺野さんが長ドスを抜いた時点で死人が出る運命だった。人斬り紺野さんを止められる人間などこの世の中にはいない。紺野さんは血を求める殺人鬼だったからである。紺野さんの持っている刀も悪魔の魂を宿しているのだった。しかし、紺野さんの持っているのは白鞘を払った日本刀である。しかしヤクザは軍用拳銃を持っている。その軍用拳銃を使えば相手の頭を吹っ飛ばすことが出来る。いくら紺野さんが人斬りの権化そのものだとしてもヤクザの持っている軍用拳銃には太刀打ち出来ないはずである。
「へへへへ、お前がいくら剣の達人だとしても飛んでくる弾をよけることは出来ないだろう」
ヤクザが毒づいているのにもかかわらず紺野さんは死に神がとりついているようにへらへらと笑っている。仲間たちも紺野さんを気味悪がって遠巻きに見ている。
女王様同士の目があった。藤本と飯田かおりである。
「おやめ」
藤本の叱責する声が聞こえた。
「姉さん」
ボディガードが藤本のほうを訳がわからないという表情をして見た。
「相打ちになるよ」
「姉さん、こっちは拳銃を持っているんですぜ。あの妖怪は長ドスだけだ」
「馬鹿いうんじゃないよ」
藤本がしなる腕でヤクザの横つらをはたいた。びしゃりと音だけでも痛そうな音があたりに響いた。
「剣道三倍段という言葉を知っているかい」
藤本が暴力団の女親分らしい威厳を見せて両腕を組みながら語った。
「空手の有段者が剣道の有段者と戦うとき、相手は剣を持っているので三倍の段位を持っていなければ太刀打ち出来ないという言葉なのさ。ふっ、つまり剣道初段の相手を空手家が戦うとき、三段の実力がなければならないということなのさ。あたいはこれを一世を風靡したスポ根漫画、空手バカ一代で知ったのさ。(漫画の読み過ぎ)そして拳銃千倍段という言葉がある。これは剣を持った剣士が拳銃を持った相手と戦うときは千倍の段位がなければいけないということなのだよ。そしてお前が拳銃一段ということをあたいは知っているんだよ。ふっ、そして人斬り紺野さんの剣は剣道千段なのさ。これがどういうことかわかるかい。お前が拳銃の引き金を引くと同時に紺野さんの長ドスはお前の首を切り落としているんだよ。そして人斬り紺野さんの心臓にも弾丸がぶち込まれる。ふっ」
「しかし」
「あねご、しかし、なんですかい」
「もし、剣道千一段の人間がいたらどうなると思う。ふっ」
藤本はゲームセンターの外のやじうまの方を指さした。そして、じっと見つめた。その方向には誰であろうゴジラ松井くんが立っていたのである。ゴシラ松井くんは騒動の当事者が自分の方を指さしたので何がなんだかわからなかったが、どうやら自分のことを言っているらしいので自分で自分の胸のあたりを指さした。そして中にいる連中を見回すとどうやらハロハロ学園の不良たちだということがわかった。
「でも、どうして、あの不良たちがあの中にいるのだ」
ゴジラ松井くんが疑問を感じているとゴジラ松井くんの立っている横からにょきにょきと土筆が生えて来たみたいで、松井くんの肩のあたりまで頭が伸びてくると声をかけて来た。
「ゴジラ松井くん」
「きみは」
「中で大変なことになっているの」
「石川くん」
チャーミー石川はいつの間にか矢口まみりの入っていた倉庫から抜け出していてゴジラ松井くんの横に立っていて今度はやじうまになってゲームセンターの中をのぞいている。
「ハロハロ学園の不良たちと****組の女親分とけんかをしているのよ」
「なんだ、そんなことか」
「でも、中にはまみりもいるのよ」
「矢口まみりが」
ゴジラ松井くんは下唇をかんだ。
「石川、大変なことになってきたわ。石川、どこにいるなり。石川」
ぬいぐるみのつまっている倉庫の中でまみりはあたりを見回した。
「石川、どこに行ったなり、こんな騒動を起こしておいて」
藤本と飯田かおりの間にはサンドバッグにくくいつけられた飯田人形がとうもろこし畑のかかしのように無表情で両方の顔を見ている。
「そもそも、この人形をここにくくりつけた女たちがいた」
藤本はそう言うと急に体勢を変えてくるりと後ろ向きになると倉庫のドアをばっと開けた。そして女とは思えない怪力を見せると矢口まみりの金髪を鷲掴みにすると倉庫から引きずり出した。
「こいつがやったのさ。ふっ」
まみりは対峙している飯田かおりと藤本みきのあいだに投げ出された。まみりはわけのわからない女として両方の顔を見つめた。
「松井くん、大変、まみりが不良とヤクザの両方からのされちゃう」
石川はゴジラ松井くんの太い片腕にしがみついた。松井くんは無言でその様子を見ている。そこへまた辻が進み出てきた。
「矢口、いい格好だな」
そしてまた矢口の金髪を怪力でつかんだ。
「今日は女王様がふたりいるよ。えへへへへ。まず、礼儀として藤本みき様の足をなめるんだよ」
怪力の辻はまみりの頭を押さえつけると藤本のハイヒールに押しつけた。
「ひど~~~い」
石川りかがその様子を見て悲鳴を上げる。そしてゴジラ松井くんの片腕にむしゃぶりつてた。
「助けてあげて、助けてあげて、まみりを助けてあげられるのはゴジラ松井くんしかいないわ」
しかし何を考えているのだろう。ゴジラ松井くんは。藤本がさっき、まみりを助けることが出来るのはゴジラ松井くん、ただひとりだと言ったではないか。
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第十二回
「石川、こんなところに隠れてどうするというなり。ぬいぐるみがたくさんつめこまれていてちくちくするなり。早くここを出たいなり」
「まみり、ちょっとぐらい我慢しなさいよ。あいつらの本性が現れるはずよ。その本性というのは、あの不良軍団がまみりをいじめたがってうずうずとしているということなんだけどね」
ぬいぐるみのつめこまれた倉庫の中でまみりと石川りかはじっとしていた。そして石川りかの目は倉庫の中の暗がりの中できらきらと輝いている。藤本はサンドバッグにしばりつけられた飯田の人形に相変わらず蹴りを入れている。藤本のハイヒールのつま先が飯田人形の腹部にめり込むたびに飯田人形はキュキュと腹話術の人形のような声を上げる。
「おもしろいことが始まるわ」
暗闇の中で石川りかが悪魔のようににやりとほほえんだ。まみりは倉庫のドアの空気抜きのところから漏れ差し込んでくる光が石川の横顔を照らしたのでその表情がはっきりと見えた。石川の日本人にしては薄い髪の毛が繭玉の表面についている絹のようにきらきらと輝く。ゲームセンターの二階から螺旋状の鉄の階段をこつこつと連続して叩く音が聞こえてぞろぞろとハロハロ学園の不良たちが飯田かおりを先頭にして降りてくる。そしてぎょろりとした飯田かおりの目がその光景をとらえた。不良たちはただちに戦闘態勢に入ると、藤本とそのボディガードであろうやくざをとりかこんだ。
「オヤピンの人形になにするんだ」
加護が甲高い声で叫んだ。するとヤクザがつばを下に吐いた。やくざのつばが薄いピンク色に塗った床の上にぺちゃりとついた。
「ここにいらっしゃる方を誰だと心得てるんだ。女狐たちが。おい、こりゃ」
倉庫の中でまみりはその様子をじっと見ていた。
「始まったわよ。始まったわよ」
石川りかはとろんとした目をして口のはしにはよだれまでたらしている。
「石川、しっかりしてよ」
矢口まみりは石川りかのそでをひっぱった。しかし、りかはまだこれから始まろうとしている修羅場に心奪われて口を半ばあけている。
「お前はおかしいなり」
矢口まみりは心の中でつぶやいた。ハロハロ学園の中で唯一の友達がこんな女だなんて嘆かわしいとまみりは思った。
「ここにいるのはな、*****組のおかみさんだぞ。それを承知でこんな無礼なまねをしようとしているのか。おい、こりゃ」
「へん、やくざが怖くて、ハロハロ学園で番をはれると思っているのかよ」
飯田かおりがふてぶてしく捨てぜりふを吐いた。
「うちにはな、ボクサーがいるんだぞ。辻、やってお見せ」
飯田かおりに言われて辻が前に出て来た。辻はにやにやと笑っている。
「ふふふ、伝説のパンチを見せてやる」
そう言うと辻はボディガードのそばまで行くと膝を曲げて身を縮めて右の拳を天に向けて突き伸ばした。
「天に向かって打つパンチ~~~~」
そのパンチのいきおいはすごかったが、ヤクザの顎に命中することはなかった。ヤクザの顎の前、数センチを離して空気を切る音を立てて上空に飛んで行ったことに驚いた。しかし、ヤクザは甘く見ていた女子高生が象をも殺す殺人パンチを持っていることに警戒心を抱いた。
「てめぇら」
ヤクザは背広の内ポケットから短刀を取り出すと鞘を払って、きらりと刃を見せた。
「てめぇ。女子高生相手にドスを使うのかよ」
保田がヤクザに負けないぐらい下品な言葉でなじった。
するとこの集団から離れたゲームセンターの隅でまるでスペードの十三のカードのようにしゃがんでいた暗い影が死に神のようにくつくつと笑った。それは本当に死に神のようであった。そして幽鬼のようにその影はふらりと立ち上がった。
「へへへへへへへへ」
それは気味悪く笑った。
不良軍団たちも味方でありながら背筋が凍り付くような恐怖を感じた。それは氷のような長刀を右斜め下に構えた。矢口はその切っ先から血がしたたり落ちているような幻覚を感じた。
「とうとう紺野さんを怒らせたな」
保田が目を丸くしてつぶやいた。
「まみり、紺野さんが刀を抜いたわ」
「石川の馬鹿、殺人事件が起こっちゃうじゃないの」
そう言いながらまみりはゲームセンターの外の道に人だかりがしているのを感じた。支配人が警察に通報したのかも知れない。そしてまみりはゲームセンターの建物を遠巻きにしているやじうまの中に懐かしい人の姿を見たような気がした。しかし、それはまみりの潜在願望であり、勘違いかもしれなかった。
紺野さんはふらふらとヤクザの方に向かって行く。過去の歴史のいろいろな殺人鬼が幽霊になってその背後に立っているようであった。
「殺し屋紺野さん、またの名を人斬り紺野さん、もうすでに七人の人間を斬り殺している。この前の出入りでは三人のヤクザの腕を切り落としている」
保田がぶつぶつと言った。
「また、紺野さんの長ドスは人の血を求めている」
保田は物狂おしくつぶやいた。
「何をわけのわからねぇことを言っているんだよ」
ヤクザが短刀を突いて来た。そのとき、奇跡が起こったのだ。短刀のさきが切り落とされて宙に飛んだ。
「紺野さんはわざとはずしたのよ。そう、最初は短刀のさき、そしてつぎは担当の握りを切り落とし、次には腕を切り落とすの」
ヤクザの顎はがだがたと震えた。紺野さんは血走った目をしてヤクザを見ている。まるで蛇が巣の中の卵を見つけたように。
「てめぇーがいくら、剣の達人だって、これには歯が立たないだろう」
ヤクザの目の中には恐怖が漂っていた。そう言ってヤクザは内ポケットから何かを取り出した。
それは二十二口径のピストルだった。黒光りした鉄の固まりがにぶく光った。
ゲームセンターの外にいるやじうまの中でざわざわと声があがった。
「もう、まったく、警察は来ねぇのかよ」
「石川、お前は馬鹿なり、大変なことになったなり、聞いているなりか。石川」
「まみり、これからよ。これから」
「石川」
まみりが外をちらりと見ると確かにそこにはあの懐かしい人の姿があった。
群衆の中に一人だけ抜き出た頭があった。ゴジラ松井くんがじっとゲームセンターの中の様子を伺っていたのである。
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第十一回
月夜の怪獣
「だから、教育の目的が何かということになれば、生きる力を養うことにあります。生きる力とは狭義の解釈ではありません。生活上、経済的な道具というものをさらに越えています。それは自分の人生を肯定的にとらえて困難を乗り越えていく力を養うことでもあります」
公民の授業を受け持っている五十半ばになる頭の上の方がすだれのようになっている役場の受付に座っているような室町が黒板にチョークで生きる力と書くと教室の中にいた辻は大きなあくびをした。公民の教師、室町は鍬と呼ばれている。それは日本史の教科書に室町時代の市の絵が載っていて鍬を売っている貧相な商人にそっくりだったからだ。そしていつも週末になるとこの男がハロハロ学園と駅を結ぶ道にあるうなぎ屋でうなぎを食って帰ることを生徒たちは知っていた。
 教室の窓は明け放れられていて窓の外には青空が広がっている。石川りかは窓際の後ろの方に座っている。抜けるような青空の中には薄く溶いた白い絵の具をはけでさっと横に拭ったように絹雲が浮かんでいる。石川りかは外に広がる青空と教室の周囲を交互に見渡した。矢口まみりの方を見ると矢口まみりは教室のほぼ中央に座っている。それなのにまみりのまわりには不良たちの主要なものたちが取り囲むように座っている。まみりの前には飯高かおりが、両脇には辻と加護がうしろには保田が座っている。包囲網である。そして離れ小島のように紺野さんと新垣が座っている。石川りかは担任の先生もこんな席順にしなければいいのにと思う。まみりのまわりはまみりのいじめっ子ばかりではないか。ゴジラ松井くんを隣に座らせてあげればいいのにと思って廊下側の一番後ろのほうに座っているゴジラ松井くんのほうを見ると松井くんは黒板のほうを見てノートをとっている。後ろの方に座っている紺野さんは教科書をくの字のかたちに立ててそこに隠れてアルミ製の弁当箱を開けて弁当を食っている。弁当箱には飯がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。紺野さんははしをその中に立てている様子は土の中に埋まっている化石を掘り出そうとしている考古学者のようだった。紺野さんはピンポン玉くらいの大きさの梅干しをご飯に埋もれているのをはしで取り出すと口の中に放り込んだ。すっぱいはずなのに表情を少しも変えない、まるで殺しやのようだった。その横には新垣がやはり机の上に教科書を立てて彫刻刀を使って何か掘っている。石川りかはこのふたりには生きる力があると思った。新垣は彫刻家になれるかも知れない。と思った。さらに石川りかは首を伸ばして新垣の彫っている彫刻がどんなものなのだろうかと思って顔を伸ばしてのぞき込むとそのレリーフはどこかで見たことがあるような気がする。そこで思い出したのだがアンデス山中にある正体不明の大きな鳥の絵のようでもある。それが何であるか、現代では謎である。ある女性歴史学者は古代マヤ人は空中遊行が可能な方法を持っていてそれが飛行場だという説を唱えている。よく見ると新垣は古代マヤ人のような顔をしている。石川りかはさらに首を伸ばしてその絵をよく見ようとすると新垣は歯をむき出しにしてウーと低くうなり威嚇するような表情をしたので石川りかはかみつかれるのがいやなのであわてて首をひっこめた。矢口まみりのほうを見るとまみりは何か手持ち無沙汰のようである。まみりの前の飯高かおりはプラスチック消しゴムを机の上にこすりつけて消しゴムの滓を大量に生産している。これが何を意味しているのかはよくわからない。無理を言えば生きる力を涵養していると言えないこともない。そのうち消しゴムに彫刻をし出すかも知れない。そしてエッセーを書き始めるかも知れない。
 矢口まみりは公民の教師の話すのを聞きながら何か物足りないものを感じた。矢口まみり二号をつんくパパが作ってから不良たちがまみりをいじめることがさっぱりとなくなった。そして、まみりの心の平安は保たれているはずなのに何故だろう。そこにはいつもあるべきものがないという日常をみだす何かがある。それがまみりに対する不良たちのいじめという負のものだとしてもいつもあるのになぜないのかという部品の足りなくなった時計のような空虚感がある。それと同時にまたその行為があるのではないかという不安感がある。あるかないかわからない不安感である。まみりはその不安感から逃げ出したい気持がむくむくとわき起こってきた。まみりは手に持っていたシャープペンを手にとるとそのシャープペンの先が飯高かおりの方を向いている。そして気がつくとシャープペンの芯のさきで飯高かおりの背中をつついていた。飯高かおりが長い髪を振って後ろを振り向いた。
「このボケ、何やっていやがるんだよ。いてぇだろう」
矢口まみりは首を引っ込めた。
「おい、飯田、うるさいぞ」
公民の教師が叱責した。
 下校の時間になると赤レンガで出来た校門の門柱のところで石川りかが矢口まみりが来るのを待っていた。石川りかは大きなビニール袋をぶら下げている。
「お待たせ、まみり」
「石川、何を持っているなり、そんな大きなビニール袋をぶらさげて」
「まみり、君は音楽を専攻していたんだよね。わたしは美術。美術の授業のとき、作ったのよ。それより、まみり、ずいぶんと大胆な行動をとるじゃない。あの飯田の背中をシャープペンのさきでつっくなんて。でも不思議だわ。まみりがあの不良グループたちにのされないというのが」
「きっと、わたしのボディガードがいるからに違いないなり」
「まみりのボディガードって」
「僕の親戚の女の子なり、この前の事件のとき活躍したじゃないかなり。りかは健忘症なり」
「ああ、あの女の子。でも、あの子、まみりにそっくりね。本当にまみりの親戚の女の子なの」
「そうなり。まみりは嘘をつかないなり。でも、なんか物足りないなり。本当にあの不良グループはまみりをいじめなくなったなりか」
石川りかはまわりを見渡した。いつも矢口まみりに影となり日となりついているあの親戚の女の子がいない。
「そうだ、まみり、試して見ればいいじゃない。いい方法があるわ。さっき下駄箱のところで不良グループたちが靴を履き替えていたから、まもなくここに来るわよ。いい方法があるの」
石川りかは大きなビニール袋の中をごそごそとさぐると中から小さな人形を取り出した。まみりは一瞬それが呪いのわら人形なのではないかと思った。
「石川、それはなんなり」
「よく見てよ。まみり、この顔を」
まみりがその顔を見ると番長、飯田の顔が照る照る坊主のように布を丸めた頭部に描かれている。
「手と足をこうやって縛って」
石川りかがその人形の手と足を縛るとそれはまるで呪いのわら人形のようになった。
それから石川りかは校門の門柱の金具のところに手足がエックス型になるように縛り付けた。
「ふふふふ、これでいいわ」
石川は片手に持っていた雨傘の石突きのキャップをはずすと鋭利に尖った本当の石突きが現れた。
「石川、いけないんだ。傘のさきを尖らしていたらいけないと先生が言っていたなり、凶器になると言っていたなり」
「いいのよ。まみり」
石川りかはまみりを手で制した。そして校舎のほうに目配せをする。校舎の中央の出入り口のほうから軍団がぞろぞろとやって来る。みんなスカートの裾を地面に引きずるように長く伸ばしている。異様な光景である。邪悪な霧が立ち上っているようである。先頭にはあの飯田かおりがいる。保田もいる。辻もいる。そして少し、遅れて殺し屋、紺野さんも遅れてついて来る。新垣だけが地上、九十センチぐらいのところをプカプカと浮きながらやって来る。軍団はぞろぞろと歩いて来て、五メートルの距離に近づいた。
「今よ。まみり、やるのよ」
石川りかが矢口まみりに先が鋭利に尖った雨傘を渡す。
「まみり、刺すのよ。その傘で憎い飯田の人形を」
「りか、矢口さんは出来ないなり、そんなこと」
そう言いながらまみりの持った雨傘のさきは飯田のわら人形の方に近づいて行き、飯田のわら人形の胴体の真ん中のあたりを刺した。するとまみりの気持は楽になり、その先を引き抜くと傘のさきでめった突きにし始めた。
まみりは自分でも何を言っているのかわからないくらい、わめいていた。人形の胴体は破れて中から詰め物が出て来た。
「てめぇら、何をやってやがるんだ。番長の人形に」
保田が喚きながら走ってきた。軍団はすぐに戦闘態勢に入って陣容を整えている。少し離れたところで殺し屋紺野さんは仕込み杖を取り出して居合いを抜くと刀身は見えなくてきらりと閃光が走った。
「手が勝手に動いちゃうの」
まみりがそう言って傘のさきを人形のところに走らすとちょうど切っ先が人形の首のところに刺さり、首はもげてごろりと地面に落ちた。そしてコンクリートの地面の上を数回転して止まった。飯田のわら人形の首は白目を出していた。
「お前ら」
メリケンサックを拳にはめた保田がまみりに飛びかかろうとした。ここでメリケンサックとは何であるかわからない、いい子たちにその説明をしよう。これは艀で暴れるギャングが考え出したもので金属製の四つの輪が連なっていて手にはめる、中にはとげとげのついているものもあり、殺傷能力もあるのである。矢口まみりは殴り殺されてしまうのであろうか。
「待った」
飯田かおりが暴発しようとする手下たちを制した。
「やめとけ、こんなきちがいたちを相手にしているんじゃないよ」
「でも」
飯田かおりはぶるぶると震えている。内心の怒りを抑えているとしか思えない。
「行くんだよ。お前ら」
「でも、おやびん」
そして飯田はすたすたと歩き出した。殺し屋紺野さんはこの処置に不満があるらしく、仕込み杖を空中にさっと払った。すると空中からまっぷたつになった雀が落ちて来た。
ふたりの横を通り過ぎて行く軍団を送りながら石川りかと矢口まみりは顔を合わせた。
「どうなっているの。まみり。ちょっと信じられないわ。あの不良たちが何もしないで行っちゃうなんて」
「石川、矢口さんも信じられないなり」
飯田の首をけっ飛ばすと校庭の方にころころと転がって行った。
「どういうことかしら、まみり。やっばり不良たちはまみりの親戚の女の子のことがこわいのよ」
「パパの作った矢口まみり二号が怖いのかなり、臆病者、不良たちなり、でもまだ安心出来ないなり。もっと調べなきゃならないなり」
「まみり、調べるって何を調べるのよ」
「とにかく、あの不良たちのあとをついて行くなり」
矢口まみりはすたすたと歩き出した。
「待って、まみり、まみりが行くならわたしも行く~」
矢口まみりは不良たちのあとをつけて行った。不良たちは道路を我が者顔で歩いている。本当に街の愚連隊のようである。しかし、まみりたちがうしろをつけていることには少しも気づかない。駅前の商店街の中に入って行った。商店街のちょうど入り口のところにいい匂いがする。鯛焼きを売っているのだった。
「まみり、鯛焼きを食べない」
石川りかはビーズのがま口を取り出す。これは石川の死んだおばあちゃんの形見だった。だから市販はされていない。
「だめ、一銭も入っていないわ」
「予想したとおりなり。矢口さんが買ってあげるなり」
ふたりは熱々の鯛焼きを頭から囓った。不良たちはゲームセンターの前にいた。そして不良たちはゲームセンターの中に入った。
「わたしたちも入るなり」
まみりたちがゲームセンターの中に入るとテレビゲームの機械がずらりと並んでいる。不良たちは奥の方に行ったらしい。まみりたちが入っても気づいていないらしい。テレビゲームの横に大きなサンドバックのようなものが置いてある。これも遊具である。その後ろにメーターのようなものが置いてあり、このサンドバックを蹴ることにより、そのキック力が測れるのである。石川りかも矢口まみりもそのゲームの方に目がいった。それはそのゲームに興味があるというよりもその前でゲームセンターの従業員がなじられていたからである。従業員は青い顔をしている。その前には見るからに怖そうな大男が立っていてその横にはスタイルのよい十代前半くらいの女が立っている。
「まみり、あいつよ」
「あれなりね」
「藤本よ」
この辺ではその少女は有名だった。ここいらを仕切っている広域暴力団の組長の愛人に十六才の若さでなった女だった。いつも黒い高級車の後部座席にふんぞり返って移動していた。前はハロハロ学園に通っていたが、いつのまにか学園に来なくなっていた。その描写はあまりにもリアル過ぎて筆者にはすることが出来ない。お笑い物語が急に実録物になってしまうおそれがあるからである。
「どうするんだよ。この落とし前は」
少女の横にいるやくざが低くうなった。少女、つまり藤本は無言である。
「かみさんはこんな遊具はおもしろくないと言っていなさるんだよ」
ゲームセンターの支配人の額からは冷や汗が一筋たれた。
「まみり、いい考えがあるわ」
「なんなり、石川、やくざの相手は警察にまかせておけばいいなり」
「いい考え」
石川りかはそう言うといつものように胸の前で手を合わせてうっとりした。矢口がとめるのも聞かずすたすたとその方向に行く。
「まったく、石川りかの脳天気」
石川りかはもめごとのあいだにいつのまにか入って行った。
 ふたつのあいだに入って石川は両方の顔を見上げた。
「お前はなんだ」
やくざが低くすごんだ。
「あの、こちらの女のかたのわたしたち、後輩なんです。私立ハロハロ学園に通っています」
石川はさかんに媚びを売っていた。
「さっきから話を聞いていたんですが。このキックマシーンがおもしろくないんでしょう。
おもしろくする方法があるんです」
石川はそう言うと例のビニール袋からがさごそと何か取り出した。
それはさっきの校門のときの二十倍の大きさのある飯田そっくりの人形だった。
「先輩もきっと気に入ってくださると思いますわ」
石川りかはそう言うとその大きな人形を手際よくキックマシーンのサンドバッグのところに結びつけた。
「さあ、先輩蹴ってみてください」
今まで無言だった藤本はためしに飯田の人形の土手っ腹に蹴りを入れた。すると。
とってもおもしろい調子でキューと人形がしゃべったのだ。また藤本は蹴りを入れる。
するとまたキューと鳴く。無言だった藤本は石川のほうを向くとにやりとした。
気に入っている証拠である。
「好きなだけ蹴ってください」
石川りかはうしろに下がった。
「石川、どういうつもりなり」
「いいのよ。まみり。隠れるのよ。隠れるのよ。早く」
「また、変なことを始めたなり」
石川りかは矢口まみりの腕を引っ張ってゲームセンターの倉庫の中に隠れた。
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第十回
築地市場の中には二人の巨人が存在している。ひとりは直立し、ひとりは学校から帰ったばかりの小学生が台所の食器棚の中から奥の方に隠されている饅頭を盗み食いしているみたいである。ふたりのあいだはまだ没交渉である。これがただ一色で出来たブロンズ像だったらどこかの建物の前庭にも置いていいようなみごとな組み合わせだ。ひとりが立っていておいしいものが出てくるのを待っている人、そしてひとりが立っていてひとりが森の中の根本にあるうつろの中にある隠されている蜂蜜を手探りで掘り出そうとしている人。そんな自然の中に置かれたふたりの人物の自然に対する営みを表現しているようにも見える。造形的にも量感のバランスが完全にとれている。しかし、ふたりは敵対関係にある。森の中に住むふたりの兄弟だというわけではない。その上、穴を掘っているほうは立っている方に無関心だ。そしてふたりの胸のあたりには空があり、頭はビルの高さよりも上にある。大きな冷凍倉庫が子供のおもちゃ箱のように見える。その地面にありのようなごま粒が移動してきた。
「まみり、あいつ、まだお金も払わないくせにボタン海老をむしゃむしゃ食っているわよ。それになに、あの変な格好。まるで渡世人じゃないの」
巨人を見上げながらチャーミーが個人的感情をむき出しに言った。チャーミーは自分のポケットの中を探った。するとYの字をしたものが指先に当たった。二股に分かれているほうのさきにはぶよぶよと太いミミズのようなものがついている。チャーミーは思い当たるものがあった。「こんなものがあったわ」弟がくれたパチンコだった。すぐにチャーミーはそこいらに落ちている石を探す。適当なものを拾うとゴムをぎりぎりと伸ばして片目をつぶって照準を合わせた。
「チャーミー、そんなものは全く効果がないなり」
「こんなことでもしなければ、気分が晴れないわ」
矢口まみりの言ったとおり、石川の放ったパチンコの弾は空中をゆるゆると飛んで行った。が、そこで奇跡が起こった。ゆるやかな放物線を描いた小石はちょうど食事に熱心で横を向いていた巨人の耳の穴の中にうまい具合に入ったのである。そして築地市場の空気が大きく振動した。
「ふははははは。ふははははは」
耳の穴に入った小石がくすぐったいのか、巨人は立ち上がると笑い人形のように笑い出したのである。その笑い声は文字で見ると人間の笑い声と同じであるがそれを文字という表現手段をとるならば何十倍の大きさの活字を使わなければならないだろう。それから変なところをくすぐられて顔の筋肉が弛緩している巨人はプールで耳の中に水が入った人のように片足でちんちんをして小石の入った耳のあるほうの顔の側面を下に向けると耳の穴から小石が落ちて来た。もちろん巨人の縮尺からすれば、その小石はほとんど見ることが出来ない。そして普通の表情に戻ると小石が飛んで来たほうの地面を見つめた。そこにありのごときものがうごめいているのを見つめた。
「まみり、お前の友達は馬鹿だ。馬鹿だ。最低の馬鹿だ。合宿に入れて再教育だ」
「こんな奴、友達じゃないなり。チャーミー、責任をとりなさいよ」
振り返るとそこにはもうチャーミー石川の姿はない。そして王警部の陰に隠れている。巨人はまたぎろりと睨んだ。東大寺南大門の阿吽の仁王像からかりた仮面の下からのぞく瞳が浄瑠璃の人形のように矢口まみりの方を向く。その目の玉もまみりなんかよりはずっと大きい。巨人はほっぺたを膨らました。そして口を尖らすと息を吐いた。市場のその一角だけに最大規模の台風が襲来した。まみりは地面にはいっくばって駐車場の車止めを力いっぱい目を閉じながらつかんでいたが頭上から天を割くような笑い声が聞こえる。
「ワハハハハハ。ワハハハハハ。クェ、クェ」
「くじら太くんだわ。くじら太くんだわ」まみりは遠い昔のあこがれの人に会ったような気がした。まみりは小さかった。子供のときから小さかった。小さかったまみりは大きなものに憧れていた。その憧れの人がくじら太くんである。くじら太くんは現実の人ではない。連続テレビドラマの主人公だった。くじら太くんは大きい。身長が三メートル、体重は五百キロあった。ドラマの中でくじら太くんは中学校に転校してくる。まず給食の時間に五十人前のランチを食べた。それから腹ごなしのためにお昼休みにやる草野球でバットのかわりにそこいらにある電柱を引き抜いてきてバットがわりに使った。飛んで来たボールを撃とうとして手をすべらしたくじら太くんの電柱は飛んで行き、中学校の正面の時計台に突き刺さり、時計台の上部、三分の一が崩れ落ちた。しかし、それがテレビドラマでくじら太くんが実在しないとまみりは五歳のときに気づいた。
 まみりは工事現場も好きだった。そこでまみりは第二の初恋をしたのである。その人はつるはしを親指と人差し指のさきで竹細工のようにして持ち、片手で砂が山盛りになった猫車を持ち上げることが出来た。その人が歩くと小山が歩いているようだった。そして夜になると中華どんぶりの中にさいころを入れてふっていた。小学校の行き帰りにその人の姿を見るとまみりの胸は震えた。その人と一度だけ話したことがある。工事現場に作られた物干しの上にしなびた太い昆布のようなものが干してある。それは長かった。そのはしっこの方にぶら下がっていると憧れの人が向こうからやって来た。
「嬢、ふんどしに興味があるかい」
その昆布の端には名前が縫い込んであった。おにぎり山。
「それがおいらのしこ名だよ」
まみりは怖くなってその場を逃げ出した。そしてまたその憧れの人に会いたいと思ったが工事は完成して工事現場もなくなっていた。「だめ、好きになっては、相手は無銭飲食を常習にしている悪人よ。まみり。好きになっちゃだめ」
矢口まみりはきわめて冷静になろうと思って他の連中はどうなったのかと思って振り返ると巨人の息に吹き飛ばされて向こうの方へ行って腰をさすっている。まみりは自分の体容積が小さかったから吹き飛ばされなかったのだと思った。
 そのとき空中から四つ足の黒いヒトデのようなものが降りてくる。まみりの前に着陸するとヘルメットを被ったヘリコプターのパイロットのような男が出て来た。
「王警部は」
どうやらまみり達の味方らしい。そこへ腰をさすりながら王沙汰春警部もやってくる。
「だいぶ、待ったぞ」
「警部、残念ですが。この件に関しては警視庁は手を引くそうなので、自衛隊が受け持つことになりました」
「きみ、じゃあ、僕の扱いはどうなるんだね」
「出向扱いということになります」
そこへ巨人の息に吹き飛ばされた連中も集まって来た。
「きみらもこの艇に乗り込むんだ。これは空中でも水中でも三百六十度自由に進むことの出来る自衛隊の新型偵察機なんだ」
四人がその艇に乗り込むといろいろな計測器がピカピカと点滅している。艇の前面はガラス張りになっていて五人が座ることが出来る椅子がついている。床には黒いゴムシートが貼られている。真ん中の席だけは前面にハンドルだとか、エンジンの始動装置だとか、ナビゲーターだとかの表示器がついている。
「椅子に座ったら安全ベルトをしめてください。前後左右上下に自由に進みますから、そして裏返しにもなりますから大変危険です。機器類もみんな据え付けになっているでしょう」
五人が椅子に座って安全ベルトをしめると偵察機は静かに上昇した。そして巨人を見下ろすことの出来る高度まで上がった。巨人にとってはこの偵察機の存在など眼中にないのか、今は大型の冷凍トラックをおはじきのように指ではじいてトラック同士をぶつけたりして遊んでいる。
「矢口まみりくん、きみの出番だ。つんくパパの作ったスーパーロボを使ってあの巨人をどうにかしてくれ」
王警部がいまいましそうに巨人を睨んだ。
「でも、警部。ここで巨人とスーパーロボの戦いを繰り広げさせるつもり、ただでさえ。ビルをいくつも壊して高級食材をたくさん巨人は食べてしまったわ。これ以上、損失を広げるのはどうでしょうね」
チャーミー石川は社長秘書のかけるようなさきの尖っためがねをかけてやすりで爪の手入れをしている。
「ここでふたりの巨人を戦わせることはまずいか。でも、どうしたら」
王沙汰春警部は頭をひねった。
「人が慣性誘導装置を使って空中移動の道標にするように動物は本能で測地線を選択することが出来ます。磁石にN極とS極があるのはなぜでしょう。この小さな磁石を小さく小さく分割していってもやはり磁石の両端にはふたつの極があらわれます。むかしは空間の中はエーテルで満たされていと思われていましたが、今はそんなことを信ずる人はひとりもいないでしょう。でも小さな磁石が無数に空間に張り巡らされているという比喩はあながち当たっていないということもいえません。動物はこの微少磁石の存在をいつも感じています。動物はそれを移動のための道標にしているのです。だからこの道標を狂わせてやれば巨人はここを去るに違いありませんわ」
井川はるら先生は生物として見た巨人について語った。
「五分の四は何を言っているのかよくわからないんですが、要するに巨人対策としてどうすればいいんですか」
「地磁気を狂わせてやればいいのです。そのためには大量の電磁波を発生させればいいのです。それの一番簡単な方法はここで核爆発を起こさせるのです」
「ここに核兵器は置いてあるのですか」
「いや、そんなことをしたらわたしたちは死んでしまう」
チャーミー石川が黄色い叫び声をあげた。
「なにを言っているの。チャーミー、人類が滅亡したあとで、大魔王さまがあらわれて地上に新たな秩序を与えてくださるのよ。ほほほほほほほ」
「そんなことまでしなくても、地磁気を乱すだけなら、この艇の推進装置の一部を使うだけで可能です」
パイロットは冷静に言った。
「この艇の推進装置でそれが可能なら、それでもいいですわ」
「井川先生、もっと具体的にその方法を教えてください」
「強い地磁気の下にいると動物は不安定な精神状態になります。だから、周囲に強い地磁気の乱れを作ってその中に安定した地磁気の領域を作るんです。そうするとその中に生物は逃げ込みます。その円を移動させれば巨人も移動するでしょう」
「明快なお答え、ありがとうございました」
「ちっとも明快ではないわ」
チャーミー石川はぶつぶつと言った。
「でも、推進器をその目的で使うということはこの艇が失速するということです」
パイロットが付け加える。
「それなら、心配はないですよ。まみり、説明しておあげ」
「スーパーロボを使うなり。スーパーロボにこの艇を持ってもらうなり。そして地磁気の隙間を作りながら巨人を移動させるなり」
「素晴らしいわ。まみり」
「よし、決まった。その作戦を遂行する。まみりくんスーパーロボに命令してくれ」
「スーパーロボ。この艇を支持するなり」
艇ががくりと揺れた。
「では艇の前方、半径二十メートルに安定した地磁気をつくります」
ヘルメットを被ったパイロットが報告した。そして機械のスイッチ類を操作する。
矢口まみりは腕時計に向かって叫ぶ。
「スーパーロボ。隠密怪獣王を誘い出すなり」
スーパーロボは艇を持ったまま巨人の方に近寄る。動物園のオラウンターの中に新入りのオラウンターが入って来たような反応を示している。巨人は状況の変化を微妙に感じているのだろうか。小刻みにあたりを見回している。
「スーパーロボ。少しずつバックをするなり」
まみりが言うとスーパーロボもバックする。状況が変わったことを巨人もわかっているのだろうか。耳を両手で押さえて不快な表情をした。そして艇につられるように前進する。
「成功だわ。まみり」
チャーミー石川がパチパチと拍手する。
「わたしのアイデアだわ」
井川先生は少し不機嫌だった。井川先生の隣に座っているのが王警部だからかも知れない。
「うまくいくな」
王警部は眼下にある巨人の頭部を見ながらつぶやいた。
「スーパーロボ。その調子だわ。そのままバックするのよ」
スーパーロボは慎重にバックする。パイロットは遠い昔にざるを逆さにしてひもでそのざるが落ちるようにして、下に米をまいて雀を捕獲しようとしたことを思い出していた。
「まみりくん、もっと速くバックすることは出来ないか。巨人はこの艇につられるようにしてついて来るではないか」
「スーパーロボ。バックする速さをあげるのよ」
スーパーロボのバックの速さは倍加した。ロボは後退りしながら築地市場の南の端にある神社を一またぎに越えた。しかし、巨人は人間の作ったそんなものを踏みつぶすことを躊躇しなかった。巨人の一足でその神社はつぶれてしまった。
「この罰当たりめが」
王警部は吐き捨てるように言った。
「仕方ないなり」
矢口まみりはつぶやいた。五歩くらいでスーパーロボも巨人も築地市場を出てしまう。交通規制がおこなわれていて自動車は一台も端っていない。
「まみり、大変」
チャーミーが叫んだ。他のみんなは前面の巨人しか見ていなかったがチャーミーは床のそばにある艇の後方を映し出すモニターを見ている。チャーミーの目には勝ちどき橋が寸前の距離で迫っている。
「遅い、遅いわ」
チャーミーが叫んだ。艇の中はひっくりかえり、天と地がひっくり返った。そして地震のような音がしてスーパーロボは勝ちとき橋の上に倒れかかり、橋は完全に破戒されてしまった。
まみりはひっくり返ったままである。
「スーパーロボ。立ち上がるのよ」
艇の中はまた上を下への大騒ぎでまた立ち上がった。
「良かった。まだ巨人は気づいていない」
「このコースで進むのはまずいですよ。警部」
「どうしてだ」
「こちらは交通規制がなされていないです」
「では、どうやって巨人を始末するのだ」
「対策本部が立てた計画を遂行してください」
「どうするのだ」
「この道を右に曲がると石油精製工場が一面に広がっています。そこに巨人を誘導するのです。その工場街には人間はみな退避させてあります。そこで石油タンクを爆発させて巨人を焼き殺すのです」
「まみりくん、聞いているか。方向を転換するんだ。工場街に向かわせるのだ」
「スーパーロボ。右に曲がるなり」
スーパーロボが右に曲がると巨人も右に曲がった。広い産業用道路は人っこ一人いない。艇につられるように巨人は工場街に足を踏み入れる。巨人はいつか石油タンクに取り囲まれるようなところで立っている。
「ここまで来れば地磁気で巨人をとらえている必要はないわね」
井川先生が言った。
「よし、われわれは上昇しよう」
艇はスーパーロボの手から離れて上昇し始める。
「警部、石油タンクにミサイルを打ち込みます」
「よし」
空中の艇からいくつもの石油タンクにミサイルが打ち込まれて炎上を始めた。あっという間に巨人もスーパーロボも火の海に包まれる。
「スーパーロボ。ご苦労なり。つんくパパおは素晴らしいロボットを作ったなり。巨人は酸素不足で窒息するか。熱で焼け死ぬなり。スーパーロボ、ご苦労なり。逃げるなり。発進するなり。スーパーロボ、はっししん」
矢口まみりは爽やかに宣言した。しかし、あれっと首を傾げる。
「おかしいなり」
「まみり、おかしいわよ。まみりの親戚の女の子が飛び上がらないわ」
つんくパパは弁当箱のようなものをしきりに眺めている。
「まみり、だめだ。ジェット噴射装置が故障している」
その弁当箱はスーパーロボの状態を確認するための装置だった。
「まみり、大変」
チャーミー石川がまたピンク色の声を上げた。巨人がスーパーロボに飛びついて倒してしまった。
「隠密怪獣王のエッチ」
チャーミー石川が言った言葉は的を得ていない。スーパーロボの衣服は完全防火性を持っているどんな火炎の中でいても周囲の温度を下げることが出来るのだ。巨人にはどうにかそういう判断の出来るくらいの知性があるようである。スーパーロボに抱きついているあいだは巨人は焼け死ぬことはない。巨人とスーパーロボは抱き合ったままごろごろと転がった。まわりの石油施設をなぎ倒して行く。そして輸送船をつなぐ内海と接しているへりまで来ると抱き合ったままその海の中に落ちて行った。そのとき大きな津波のような波が起こった。波も大きなマスで見るとゼリーのように悠長な動きをする。空中に停止した艇の中でその様子を見ていたまみりはスローモーションのフィルムを見ているような気になった。
「スーパーロボ。巨人を追うなり」
巨人はさらに外海の方へ向かっているらしい。空中からでは海の中がどうなっているのかわからないが海上からふたつのくじらよりも巨大な陰がもつれているのがみえる。
「ここからでは操縦出来ないなり」
「まみりくん。この艇は海の中でも自由に進めると言ったではないか。パイロットくん、海の中に突入してくれ」
「ラジャー」
「素敵だわ」
艇は海の中に侵入した。暗い海の中で巨人とスーパーロボはもつれ合っている。
「もし」
「はるら先生、もし ならなんですか」
つんくパパが井川先生の方を見ながら言った。
「巨人がわたしたちと同じ構造の呼吸器官を持っているなら、水上に出さないようにするだけで巨人は水死するでしょう」
「先生、なぜ、そんなことがわかるのですか」
「わたしは実は水中都市ラー帝国の生き残りなんです」
「わたしは信じないなり。とにかくスーパーロボ、巨人を逃がさないなりよ」
「見てごらん、まみり。巨人は確かに苦しんでいるようだ。空気を求めてもがいている」
「ふふふふふ。もう少しで水死人が一丁あがるわ」
チャーミー石川はにたにたした。しかし、巨人は力を秘めていた。海中で手を振るとスーパーロボのヘルメットのような仮面に手をかけたのである。スーパーロボはいやがった。まみりは巨人はメキシコプロレスを見たことがあるに違いないと思った。覆面をとられることは覆面レスラーにとっては最大の屈辱である。試合中に覆面をとられたレスラーは試合を放棄してロッカールームに戻ってしまうのである。巨人は仮面をはがそうとする。スーパーロボはそれをいやがる。しかし、一瞬のすきを見計らって巨人はスーパーロボの仮面を剥いでしまった。艇の中にいた人間は矢口まみりとつんくパパを除いては驚きの声を上げた。その顔は矢口まみりにそっくりだったのである。
「親戚の女の子って、親戚の女の子って」
ここでチャーミー石川は一呼吸おいた。
「まみりにそっくりじゃないの」
「ふん、偶然の一致なり。ねぇ、パパ、そうなり」
「まみりの言うとおりだよ」
スーパーロボは泣きながら巨人に向かっていく、そして仮面を取り返した。そして今度は巨人の顔をかきむしる。今度は巨人が不利だ。
そこへ巨人よりもさらに巨大な影が近づいてきた。なんとそれは巨大なたこだった。たこは艇の方に向かってくる。艇に攻撃の対象を変更しているらしい。
「スーパーロボ。艇を守るなり」
スーパーロボは艇を守るために巨人から離れた。巨大なたこは近寄ってくる。巨大なたこと見えたものはどうやら人工のロボットらしかった。たこの一角には透明な運転室がついていてその中からひとりの女がこちらを見ている。空気太りしたような顔だ。その顔を見てつんくパパは言葉を失った。
「パパ、あの女を知っているのなり」
「うんにゃ。知らない」
つんくパパは首を振った。
「あっ、巨人が泳いでいく」
チャーミー石川が指さす方を見ると巨人がはるかさきを泳いでいく。巨大たこも海上に出て空中に出た。そして巨大たこは巨人をつかむとどこか空中に飛んで行った。ジェット噴射の故障したスーパーロボには追うことが出来なかった。
 一日でこんなに大活躍をした矢口まみりだったがハロハロ学園に行くと普通の女の子だった。下駄箱で上履きを代えているとスターのゴジラ松井くんがあとから来た。まみりの胸はときめいた。しかし、おかしいことにゴジラ松井くんは地下足袋を履いている。それも土に汚れた地下足袋をである。そしてつるはしを肩に担いでいる。つるはしの先も土で汚れている。
「おはようなり」
まみりは自分で一番可愛いと思う笑顔を作ってほほえんだ。しかし、ゴジラ松井くんの挨拶は素っ気ない。ちらりと見て、おうと言っただけだった。そのまま校舎の中に入って行く。まみりは肩すかしを食ったような気持がした。あとからチャーミー石川が来た。
「見てたわよ。見てたわよ。ゴジラ松井くんと顔を合わせたじゃないの。まみり。うまくやったじゃないの」
興奮して聞く。
「でも、それほどでもないなり」
「何よ。まみり。ゴジラ松井くんに一番近距離にいるのはまみりよ。ゴジラ松井くんのアタックに成功したら、まっさきにわたしに知らせてね。あの不良たちが地団駄を踏んで悔しがる姿が目に浮かぶわ。辻なんかまみりの頭を持って飯田の足をなめさせようとしたじゃないの」
「でも、そんなにうまくいっていないなり」
矢口まみりの答えは力なかった。
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第九回
集合と言ってもヤグチマミリの前にやって来たのは一人だった。それは飛んで来た。地表から一メートルぐらいのところを飛んで来た。飛んでくる途中で銀杏の木を一本なぎ倒して来た。まみりの前で方向を転換して地上に降り立った。さっきのごたごたしているあいだにいつの間にかロボットの姿が見えなくなっていたことも気づかなかった矢口まみりだった。
「きみは空を飛ぶこともできるかなり。きみのことを忘れていてごめんなり。きみは矢口くんの分身なり」
「どうだ。すごいだろう。まみり。このロボットは空を飛ぶことも出来るんだ」
「でも、なんでスーパーロボを呼び寄せたなり。パパさんなり」
つんくパパはおごそかにのたまった。
「スーパーロボヤグチマミリ二号はまみりがハロハロ学園でいじめられているのを救うよりももっとおおががりな仕事も出来るのだよ。まみり。パパの頭の中にはある事件の記録が残っている。一九七二年にニューメキシコ州のサウスダコダで怪事件が起こり、村の住民がすべていなくなったという現象が起こった。その村には保安官がいなくて、隣の村の保安官が消え去った村へ行くとインディアンの血を引く九十才になる老人がひとりだけ残っていて空から大きな固い殻を被った丸いさそりが降りて来てみんなの姿を消してしまったと言った。その土地のインディアンの古老の間ではそういう伝説が昔から何代にもわたって語り継がれて来たからその話とこんがらがっているのだろうと地方新聞の記者は書いた。たまたま何かの機会でパパはその記事を読んでことの重大性を認識した。固い殻を被った丸いさそり、いろいろな国にその伝説はある。しかし、それは伝説なんかじゃない。空飛ぶ円盤を宇宙人の乗り物だと言って、その中に宇宙人が乗っているなどと悠長なことを言っている人間がいる。空飛ぶ円盤はそんなものではないんだ。まみり、なんだと思う。それは手術室なんだ。遠隔手術がおこなわれる。ああ。パパは考えただけでも恐怖で身が凍るよ」
「パパの言っていることはよくわからないなり」
「こんなおそろしい事実が公になったら世の中はどうなるだろうか。ああ。おそろしい。ただ言えることは円盤の中には宇宙人がいるなんてことはあり得ないということなんだ。まみりの心の中に暗い影を落とすのは嫌だからこれ以上のことは言わないけど。みんなが宇宙人を見たなんて言うだろう。しかし、それはみな地球人なんだ。ああ、恐ろしい。だから円盤はみな破壊しなければならない。そうしなければ地球は滅亡してしまう。そのための機能もスーパーロボヤグチマミリ二号には持たしてある」
「矢口くんにはパパの言っていることはよくわからないなり」
まみりはまた同じ言葉を繰り返した。
「空飛ぶ円盤も隠密怪獣王も同じものだということなんだ。その腕時計でスーパーロボヤグチマミリ二号を呼び寄せることが出来ただろう。今度はスーパーロボヤグチマミリ二号、巨大化十二メートルと腕時計に向かって言うんだ。それがスーパーロボの操縦機なんだからね」
「パパ、ありがとうなり。スーパーロボットヤグチマミリ二号、巨大化十二メートル」
と矢口まみりは叫んだ。するとどうしたことだろう。目の前にいるスーパーロボはどんどんと巨大化して五階建てのビルくらいの高さになった。矢口まみりの前にはスーパーロボのブーツのさきの方が見える。そのブーツも矢口まみりの履いているものとすっかり同じである。
 そのとき墓地の地下倉庫の中に隠れていたお馬鹿三人は何をやっていたのだろうか。まず王警部はやはり五目玉の算盤をはじきながら、腕を組み、また腕を組みながら、五目玉の算盤をはじいている。そしてときどき天井のほうを見上げて何か考えている。そして紙のはし切れにちょこちょこと数字を書いて、また鉛筆のさきをなめる。そしてため息をついて、それから何かに憤っているように口をふくらませる。自分の退職金の中からミサイルを撃つ費用を捻出しようとしているようである。
チャーミー石川は村のはずれの辻堂でひとり仏様を守っている尼さんみたいに数珠をがちゃがちゃさせて神仏に祈りをあげている。その姿はまるで自転車に乗せられたETのようだった。
井川はるら先生にいたっては見物だった。「羊の血を、羊の血を」と叫びながら地下室の中を彷徨っている。はるら先生は最近、黒ミサにこっていた。床の上でぶつぶつと言っている他のふたりの間をぬって、いつの間にか魔法陣を描いていた。その魔法陣の上に王刑事もチャーミー石川も座っている。「あの悪魔を鎮めるためには羊の血が必要だわ。羊の血が。羊の血がなければ、処女の血が必要」そう言ってチャーミー石川の方をぎろりと睨んだ。井川先生とチャーミー石川の目があった。「きゃぁー。あの人。わたしを殺そうとしている」チャーミーは叫んだが、何故か井川はるら先生は矢口を求めて外に出て行った。
「スーパーロボ、右足をあげて、そしておろして」
矢口まみりが腕時計をとおして命令するとスーパーロボはそのとおりにした。どしんと地響きが起きた。地上にまみりを捜しに井川先生が出て来ただけではなく、王警部もまみりのところにやって来た。チャーミーはまみりの腕にからんだ。
「まみり。あれは。あれは、まみりの親戚の女の子じゃないの」
スーパーロボは五人の前に威風堂々と立っている。
「もう冷凍キングサーモンもたらば蟹も越前蟹もまぐろもほっき貝もあわびもさざえも伊勢海老もオマール貝も、隠密怪獣王、ただでは食べさせないわ。そんなことをしたら物価指数が上がっちゃうでしょう。このスーパーロボと矢口さんが許さないわよ」
「まみり、格好いい」
「僕もひとまず応援するよ」
王警部も付け加えた。
黒ミサに凝っている井川先生だけは悪魔に対抗するには近代科学ではだめ。地下からデーモンを呼び出さなければと、とひとり自分にだけ聞こえるようにつぶやいて、にやにやとまみりの方を見つめている。
「みんな、離れて。スーパーロボが発進するから」
五人はスーパーロボヤグチマミリ二号から離れた。
「はっっっしん」
矢口まみりが命令すると巨大ロボットのブーツの底からジェット噴流が吹き出した。そして重力に逆らってスーパーロボは空中に上がっていく。千メートルくらい上空に上がってからまた逆噴射しながら降りてくる。そして五十メートルくらい前方にある築地市場に降り立った。
「さあ、スーパーロボがいれば怖いものは何もないなり。わたしたちも築地市場に行きましょう」
「まみり、前に見たテレビでは巨大ロボットの手の平の中に操縦者が入って空中を移動して行くというのがあったけど、そういうのはないの」
走りながらチャーミーがぶつぶつと言った。「チャーミー、そんなことでは二十四時間テレビの司会者にはなれないなり」
「なれなくってもいいわよ。まみり」
とっくの昔にスーパーロボは降りたってまみりたちが来るのを待っている。まみりは走りながら汗が出てきた。首筋から汗が出る。まみりの頸動脈が浮き上がる。それを見て黒ミサの井川先生が無気味に笑った。
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