電人少女マリ  12 | 芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

芸能人の追いかけを、やったりして、芸能人のことをちょっとだけ知っています、ちょっとだけ熱烈なファンです。あまり、深刻な話はありません。

第十二回
「石川、こんなところに隠れてどうするというなり。ぬいぐるみがたくさんつめこまれていてちくちくするなり。早くここを出たいなり」
「まみり、ちょっとぐらい我慢しなさいよ。あいつらの本性が現れるはずよ。その本性というのは、あの不良軍団がまみりをいじめたがってうずうずとしているということなんだけどね」
ぬいぐるみのつめこまれた倉庫の中でまみりと石川りかはじっとしていた。そして石川りかの目は倉庫の中の暗がりの中できらきらと輝いている。藤本はサンドバッグにしばりつけられた飯田の人形に相変わらず蹴りを入れている。藤本のハイヒールのつま先が飯田人形の腹部にめり込むたびに飯田人形はキュキュと腹話術の人形のような声を上げる。
「おもしろいことが始まるわ」
暗闇の中で石川りかが悪魔のようににやりとほほえんだ。まみりは倉庫のドアの空気抜きのところから漏れ差し込んでくる光が石川の横顔を照らしたのでその表情がはっきりと見えた。石川の日本人にしては薄い髪の毛が繭玉の表面についている絹のようにきらきらと輝く。ゲームセンターの二階から螺旋状の鉄の階段をこつこつと連続して叩く音が聞こえてぞろぞろとハロハロ学園の不良たちが飯田かおりを先頭にして降りてくる。そしてぎょろりとした飯田かおりの目がその光景をとらえた。不良たちはただちに戦闘態勢に入ると、藤本とそのボディガードであろうやくざをとりかこんだ。
「オヤピンの人形になにするんだ」
加護が甲高い声で叫んだ。するとヤクザがつばを下に吐いた。やくざのつばが薄いピンク色に塗った床の上にぺちゃりとついた。
「ここにいらっしゃる方を誰だと心得てるんだ。女狐たちが。おい、こりゃ」
倉庫の中でまみりはその様子をじっと見ていた。
「始まったわよ。始まったわよ」
石川りかはとろんとした目をして口のはしにはよだれまでたらしている。
「石川、しっかりしてよ」
矢口まみりは石川りかのそでをひっぱった。しかし、りかはまだこれから始まろうとしている修羅場に心奪われて口を半ばあけている。
「お前はおかしいなり」
矢口まみりは心の中でつぶやいた。ハロハロ学園の中で唯一の友達がこんな女だなんて嘆かわしいとまみりは思った。
「ここにいるのはな、*****組のおかみさんだぞ。それを承知でこんな無礼なまねをしようとしているのか。おい、こりゃ」
「へん、やくざが怖くて、ハロハロ学園で番をはれると思っているのかよ」
飯田かおりがふてぶてしく捨てぜりふを吐いた。
「うちにはな、ボクサーがいるんだぞ。辻、やってお見せ」
飯田かおりに言われて辻が前に出て来た。辻はにやにやと笑っている。
「ふふふ、伝説のパンチを見せてやる」
そう言うと辻はボディガードのそばまで行くと膝を曲げて身を縮めて右の拳を天に向けて突き伸ばした。
「天に向かって打つパンチ~~~~」
そのパンチのいきおいはすごかったが、ヤクザの顎に命中することはなかった。ヤクザの顎の前、数センチを離して空気を切る音を立てて上空に飛んで行ったことに驚いた。しかし、ヤクザは甘く見ていた女子高生が象をも殺す殺人パンチを持っていることに警戒心を抱いた。
「てめぇら」
ヤクザは背広の内ポケットから短刀を取り出すと鞘を払って、きらりと刃を見せた。
「てめぇ。女子高生相手にドスを使うのかよ」
保田がヤクザに負けないぐらい下品な言葉でなじった。
するとこの集団から離れたゲームセンターの隅でまるでスペードの十三のカードのようにしゃがんでいた暗い影が死に神のようにくつくつと笑った。それは本当に死に神のようであった。そして幽鬼のようにその影はふらりと立ち上がった。
「へへへへへへへへ」
それは気味悪く笑った。
不良軍団たちも味方でありながら背筋が凍り付くような恐怖を感じた。それは氷のような長刀を右斜め下に構えた。矢口はその切っ先から血がしたたり落ちているような幻覚を感じた。
「とうとう紺野さんを怒らせたな」
保田が目を丸くしてつぶやいた。
「まみり、紺野さんが刀を抜いたわ」
「石川の馬鹿、殺人事件が起こっちゃうじゃないの」
そう言いながらまみりはゲームセンターの外の道に人だかりがしているのを感じた。支配人が警察に通報したのかも知れない。そしてまみりはゲームセンターの建物を遠巻きにしているやじうまの中に懐かしい人の姿を見たような気がした。しかし、それはまみりの潜在願望であり、勘違いかもしれなかった。
紺野さんはふらふらとヤクザの方に向かって行く。過去の歴史のいろいろな殺人鬼が幽霊になってその背後に立っているようであった。
「殺し屋紺野さん、またの名を人斬り紺野さん、もうすでに七人の人間を斬り殺している。この前の出入りでは三人のヤクザの腕を切り落としている」
保田がぶつぶつと言った。
「また、紺野さんの長ドスは人の血を求めている」
保田は物狂おしくつぶやいた。
「何をわけのわからねぇことを言っているんだよ」
ヤクザが短刀を突いて来た。そのとき、奇跡が起こったのだ。短刀のさきが切り落とされて宙に飛んだ。
「紺野さんはわざとはずしたのよ。そう、最初は短刀のさき、そしてつぎは担当の握りを切り落とし、次には腕を切り落とすの」
ヤクザの顎はがだがたと震えた。紺野さんは血走った目をしてヤクザを見ている。まるで蛇が巣の中の卵を見つけたように。
「てめぇーがいくら、剣の達人だって、これには歯が立たないだろう」
ヤクザの目の中には恐怖が漂っていた。そう言ってヤクザは内ポケットから何かを取り出した。
それは二十二口径のピストルだった。黒光りした鉄の固まりがにぶく光った。
ゲームセンターの外にいるやじうまの中でざわざわと声があがった。
「もう、まったく、警察は来ねぇのかよ」
「石川、お前は馬鹿なり、大変なことになったなり、聞いているなりか。石川」
「まみり、これからよ。これから」
「石川」
まみりが外をちらりと見ると確かにそこにはあの懐かしい人の姿があった。
群衆の中に一人だけ抜き出た頭があった。ゴジラ松井くんがじっとゲームセンターの中の様子を伺っていたのである。
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