電人少女まみり  第28回 | 芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

芸能人の追いかけを、やったりして、芸能人のことをちょっとだけ知っています、ちょっとだけ熱烈なファンです。あまり、深刻な話はありません。

第28回
「高橋さん、今、入浴中デスカ。ちょうどヨイデス」
エフビーアイ捜査官、新庄芋はにやにやしながら浴衣を着たまま立ち上がった。
焼き杉の壁に囲まれた廊下を通ってプライベート用の浴室の入り口のドアのところに行くとお湯がこぼれる音がして
浴室特有の音の反射がしてその音が共鳴している。磨りガラスの向こうの御影石の浴槽の中に白い人影が見える。
「入ってもいいデスカ」
新庄芋がその入り口の引き戸を静かに開けると、
透明なお湯の中から髪を上げてかたちの良いうなじの線を露わにしている少女がこちらを向いた。
「いいですわよ。ミスター新庄」
探偵高橋愛は浴槽の中で強羅の景色を愛でながらお湯の中で身体をほぐしていた。新庄芋もその横に腰をおろした。
「いい景色デスネ。高橋愛」
「でも、こんなかたちで連絡を取り合うなんて不自然ですわ」
探偵高橋愛はしばらくお湯につかっていたのでぬるめの温泉だったが、額のあたりに汗がにじんでいる。
「こうしないと外部にわたしたちの密談が知られてシマイマス。これしか方法はありません」
「でも、あなたと合うときはいつもダブルベッドの中か、バスタブの中なんですね」
「これも、仕事上の必要性から出た必然デス。でも、ワタシ、あなたに恋してしまうかもシレマセン。あなたはウツクシイ」
新庄芋の口調はまんざらでもなかった。
「ご冗談を」
探偵高橋愛の方は極めて冷淡だった。肩のあたりの汗が一粒、高橋愛のつるつるした肌の上を滑り落ちて行った。
「随分といやな思いをしながら、あの女から隠密怪獣王の話を聞きだしているんですよ」
「はあ、どんなことをされたんですか」
「言いたくありませんわ。あの魔女のことは」
「でも、残念でした。紺野さんの剣でも隠密怪獣王は倒すことが出来ませんデシタネ。
でも、あの女の言うことが本当だということはワカリマシタデス」
「あの女は言いました。きっと、もっといろんなことを知っているに違いありませんわ。
隠密怪獣王は深海魚を食べなければ死んでしまうそうです。その深海魚のプールが一つ、なくなったそうです。
それで、あの女の言うことには、隠密怪獣王はだいぶ弱っているらしいようです」
「深海魚がパワーの源デスカ。やっぱり、隠密怪獣王は宇宙人かそんなようなものナンデスネ」
「わたしに二十二口径のオートマチックの拳銃をくれませんか」
「ブッソウデスネ。またどうして」
「あの女が黒魔術をかけた銀の弾丸をくれたのです。
今のように弱っている隠密怪獣王の身体にこの弾丸をぶち込めば隠密怪獣王は死ぬといいました」
「本当デスカ。州兵が一個師団を持っても退治出来なかった隠密怪獣王デスヨ」
「あの女はそう言いました。それより、わたしの全米デビューの話はどうなるんですか。
あの女に気に入られるために随分と嫌な思いをしているんですよ」
「あなたが、隠密怪獣王を始末してくれるなら、モータウンからデビューさせますよ。
バッグバンドでヒット間違いなしという実力派グループがあるんです。そこのボーカルをやればいい。
そうしたら、高橋愛、あなたはビッグスターの仲間入りスル。間違いナイ。モーニング娘なんて目ジャアリマセン。うわはははははは」
お湯につかっていた高橋愛は思わず、新庄芋に抱きついた。そして新庄芋の胸毛に指をからめた。
「ミスター新庄、あなたの胸毛って ス・テ・キ」
そして高橋愛は野望に胸のうちをめらめらと燃やした。
 全米デビューの野望に燃えてスパイ活動に励んでいる探偵高橋愛がいるかと思えば、初めての軽微の熱病、
つまり初恋に自分の身の置き所をなくしてただおろおろしているカナリヤもハロハロ学園にはいた。
「わたしはどうしたなり。自分自身、おかしいなり。なんでこんなにおかしくなっちゃったなり。みんなゴジラ松井くんが悪いなり。
たぬき蕎麦に七味をちょっとかけるつもりが一瓶かけてしまったり、窓の外のアカシヤの木に見とれて二駅も乗り過ごしてしまったのも
みんなゴジラ松井くんのためなり。好きなり。ゴジラ松井くんcc。まみりはラブラブなり」
それに誰にも言わないけれど、あの大の仲良しの貧乏石川にも言わなかったことだが、ハロハロ学園の内庭で見た怪物、
あのエメラルド色の爬虫類、それが気味の悪い深海魚をばりばりと食べているところを見ながら、
まみりはそれがゴジラ松井くんに違いないと思い、ますますとゴジラ松井くんが好きになってしまったのである。
まみりは気味の悪いものが好きだった。それが気味の悪い場所で出会ったのだからなおさらだった。この気持を伝えたい。
当然の帰結である。
 まみりは校門のところでゴジラ松井くんが来るのを待っていた。
朝、まみりはゴジラ松井くんの下駄箱にラブレターを入れて置いたのである。その中身はこんなのだった。
ゴジラ松井くん、ゴキゲン ヨロシイホウでケッコウです。まみりもますますげんきだす。あさは早くきますたです。
ウサギ小屋のうーちゃんにえさをたべさせるためだす。うーちゃんはいつも元気だす。にんじんをばりばりばりばり食べるだす。
そしてまるまっちいうんこをころころ出します。まみりの趣味は読書だす。
毎日、はろはろがくえんには ころころこみっくを持って来ていますだす。
ジュギョウチュウニ呼んでいて むらのせんせいにとりあげられますたです。
きっと しょくいんしつでよんでいるのダス。ムラリセンセイは死刑だす。
まみりはころころこみっくをよんでひとつりこうになりますただす。おなべのおこげをとるほうほうだす。
ゴジラ松井くんのおかほさんにもおしえてあげるといいだす。おなべにあぶらをいれてこんろでよくやくといいそうだす。
まみりはゴジラ松井くんとおともだちになりたいだす」
まみりは全力を使って身体中の全知識をしぼってこのお手紙を書いた。
そして早朝にゴジラ松井くんの下駄箱の中に入れておいたのである。
まみりがどきどきしながら校門で待っていると斥候として下駄箱でゴジラ松井くんを待っていた岡っ引き石川が
片手の人差し指と親指で丸を作った。まみりの手紙はゴジラ松井くんの手に届いたようだった。
どきどきしているまみりの方にゴジラ松井くんと子分石川が一緒に歩いてやってくる
。偉人ゴジラ松井くんはまみりの前に立った。フリルスカート石川は今度はまみりの方に並んでたった。
まみりは意を決して言った。
「あの手紙、ゴングール賞はとれますか」
ゴジラ松井くんは即座に首を振った。
「ゴングール賞は無理なようだね」
するとまみりは落胆して首をうなだれた。倒れそうになったまみりを子分石川が支えた。
そのあまりの落胆の様子に悪いと思ったのか、ゴジラ松井くんは
「ゴングール賞は無理かも知れないけど、八景島市民文化賞はとれるかも知れませんよ」
と言った。
まみりは一瞬喜んだが、その賞の対象年齢が幼稚園児だということを思い出した。
「あれは幼稚園児が対象なり」
まみりはすねて言った。ゴジラ松井くんは無言だったが、内心、怒っているようだった。
そして自分の鞄の中を開けて逆さにすると中からハートの模様の入ったのだとか、ピンク色のだとか、
キティちゃんのだとか、封筒が山のように出てきた。すぐに阿呆の石川がその手紙のたばのところに行くとその封筒を拾い上げた。
「まみり、これ、みんなラブレターよ。どれどれ、誰が出したのかしら。
飯田、保田、小川、辻、加護、・・・・・、ハロハロ学園中の女の手紙じゃない。
イワン・コロフやハンス・シュミットの手紙まであるのはどういうことよ。まみり、どうしたの。聞いているの」
石川りかが手紙の差出人を読んでいるうちにゴジラ松井くんはすたすたと行ってしまった。
銅像のように固まっているまみりの前で石川が手を振った。
「まみり、どうしちゃったのよ。まみり~~~。まみり~~~~~~。聞こえているのお」
石川がじっと動かないまみりの顔を見ると、あのいつも強気のまみりの下瞼はほんのりと濡れていた。
電柱の影で王沙汰春警部はじっとその様子を見ていた。感情を押し殺してゴジラ松井くんは歩いていた。
あたりはほんのりと暗くなっている。川の土手を歩いていると急に呼び止められてゴジラ松井くんははっとした。
後ろには王沙汰春警部が立っている。王警部は紙に包んだ大判焼きを持っている。
「そこの角で買ったんだ。きみと一緒に食べようかと思って」
ゴジラ松井くんは王警部と一緒に川の土手に腰掛けた。向こうにはやまなみが墨絵のように見える。
川の中の水は焼き物を焼く泥のようだった。ゴジラ松井くんは自分が隠密怪獣王だという疑いを王警部が持っているのか、
そうでもなければ隠密怪獣王に関係があると思って自分を呼び止めたのだろうかと疑いを持ち、緊張した。
「警部、この前はハロハロ学園で隠密怪獣王が暴れて大変でしたね」
「D51が一台、新垣の呼び出した悪魔のもぐらに食い尽くされてしまったよ」
「警部が隠密怪獣王と出会ったのはそれが初めてなんですか」
「いや、もう何度も隠密怪獣王には煮え湯を飲まされている。もうすでに十以上の銀行を襲われて、大変な被害を受けているわけだ」
泥棒と逮捕するほう、変な組み合わせだった。
「どういう目的があって隠密怪獣王がそんなことをしているのかわからない。もうすでに百億以上の蓄財をしているのに違いないんだ」
王警部は悔しそうに手元にある雑草をむしると川の方に投げた。
「きっと隠密怪獣王は莫大な資金が必要なんですよ」
「なんで、個人的には十億もあれば一生優雅な生活を送れるだろう」
「家族が多いんじゃないですか」
「家族が多いからって人を殺して金を盗んでいいことはない。
日本では幸いなことにまだ誰も殺していないが、アメリカで暴れまくっていたときにはすでに十数人の人間を殺している」
ゴジラ松井くんの顔色が少し曇った。
「実は隠密怪獣王を追ってエフビーアイの捜査官がひとり、来日しているんだ。
日系二世で新庄芋という、いけすかない男なんだけどね。
ハロハロ学園の新垣を餌にして隠密怪獣王をおびき出したのもあいつのやったことなんだ。部下をあいつに張り付かせている。
それで僕もハロハロ学園に向かったということなんだよ」
「警部は隠密怪獣王が新庄につかまると思いますか」
「つかまるのはいいことだが、自分自身で捕まえたいとい気持もある。
それで話は変わるんだけど、僕の知り合いで矢口つんくという発明家がいてね。その娘で矢口まみりという女の子がいるんだ。
なかなか、元気ないい子なんだよ。どういうわけかその女の子はハロハロ学園に通っているんだ。
そしてハロハロ学園には学園中のヒーローでゴジラ松井くんという人気者がいるんだけど、
矢口まみりはゴジラ松井くんのことが好きで好きで仕方ないんだ。
そして、僕の見たところゴジラ松井くんもその女の子を憎からず思っているようなんだ。
今日も矢口まみりがゴジラ松井くんにラブレターを渡すのを見た。しかし、ゴジラ松井くんは彼女の申し出を断った。
矢口まみりの目には触れなかったがゴジラ松井くんが苦しそうな表情をしていたのを見たんだ。
僕を警視庁の殺人課の刑事だなんて思わないでくれるかい。近所の世話好きのおじさんだと思ってくれればいい。
愛のキューピッドを気取りたいけど、キューピットというには年を取りすぎているけどね」
ゴジラ松井くんは無言で王警部の言うことを聞いていた。泥のような川の流れをじっと見つめている。
「ハロハロ学園には確かにヒーローとしてみんなに騒がれているゴジラ松井くんがいます。
しかし、彼が本当にヒーローなのか、もしかしたら、彼は隠密怪獣王のように人を何人も殺しているのかも知れない。
決してヒーローではないかも知れませんよ」
王警部も無言で川の流れをじっと見ていた。
「僕もこの年になるまでいろいろなことがあった。八百号のホームランを打つまで調子のいいことばかりじゃなかった」
なぜか、一警部が野球談義まではじめていた。
「でも、自分は清らかでつるぴかな人間だという人を信用しないことにしている。
人間はそんなに強く、絶対的なものではないと思うからだよ。御覧。あの川の流れを。
暗い中で見ているからなおさらだと思うんだけど、まるで泥水が流れているようだね。
でも、向こう岸の少し、土手が凹んでいるところがあるだろう。あそこから清水が流れ出しているんだよ。
泥水の中に清水が流れ込んでいる。だからこの川の中はただの泥水ではないというわけだ」
ゴジラ松井くんも同じように川の流れを見ていた。
「まみりちゃんが好きなら、まみりちゃんを受け入れてあげてもいいんじゃないかな。僕はいい組み合わせだと思うんだけどな。
これも近所の世話好きの隠居のたわごとだと聞き流してくれたまえ」
「警部、いつか本当のことがわかる日が来ると思います」
ゴジラ松井くんはぽつりと言った。
 ゴジラ松井くんは海岸にある断崖絶壁のぼろい小屋の中にいた。あたりには人気もない。
割れている窓ガラスを通して月の光が射し込んでくる。するとどうした不思議だろう。
ゴジラ松井くんの高校三年生のような学生服は見るまに月の光を受けてエメラルド色に輝いているではないか。
そして身体のかたちも変化し始めていた。見るまにゴジラ松井くんはエメラルド色をした巨大な爬虫類に変わっていた。
古代の恐竜と化したゴジラ松井くんは人間の言葉も忘れたように月に向かってガオーと吠えた。
それから小屋を出ると荒れ狂う眼下の海の中に飛び込んだ。
それから海の中にずんずんと潜って行く、さきには奇妙なかたちをした巨大な深海潜水艇が待っている。
巨獣と化したゴジラ松井くんが近寄って来たことに気づいて巨大潜水艇のハッチが開かれた。
この巨大潜水艇がゴジラ松井くんである隠密怪獣王が矢口まみり二号と戦って負けそうになったとき助け出してくれた船だということは
あきらかであろう。あのときの水ぶきれしたような運転席にいた女はやはりまだ運転席にいる。
やがて船内に入ったゴジラ松井くんはすっかりと人間の姿になっている。
「おかあさま、帰ってまいりました」
「秀喜、そのおかあさまというのはやめてくれないかい。海の中にいるときは恭子ちゃんと呼んで欲しいわ」
「じゃあ、おかあさま、恭子ちゃんと呼びます。恭子ちゃん。今度はどこの銀行を襲うのですか」
「秀喜、その計画はもう立っているわ。それはいいけど、あのペンダントはどうしたの」「ハロハロ学園のどこかに落としたようですよ」
「まあ、いいだろう。秀喜、あそこに書かれている文句を読める人間が地上にいるわけがないのだから。
それより秀喜、あの女の写真をまだ破りすてていないじゃないか。矢口まみりの」
ここで府下田恭子は顔面を蒼白にして怒りだした。
「あの女はわれわれの敵なんだよ。あの父親はわれわれの仲間を捕まえて実験材料にした。
われわれが地上に進出したとき、まず真っ先に血祭りにあげるのはあの一家なんだからね」
「でも、母上、あの矢口まみりというのが、そんなに悪いことをやっているとは思えないのですが」
「それが、お前の甘いところなんだよ。あの父親はわれわれの仲間をつかまえてメスで切り刻んだ。相容れない敵なのだ」
ゴジラ松井くんは唇を噛んだ。
「母上、ハロハロ学園の深海魚を養殖しているプールの一つが壊されました。
地上ではわたしは大量の深海魚を食べないかぎり生きていくことは出来ません」
「もうすでにまだ深海魚が飼われているプールは調べてあるよ。心配することはない。
わたしたちは大きな目的に向かって進んでいるんだからね。こんな娘に惚れるなんてことは絶対にわたくしが許しませんからね」
ゴジラ松井くんはまた巨獣に変身すると海中の中に出て行った。ゴジラ松井くんの口にはすでに深海魚が何匹もくわえられている。
 まみりと石川りかが売店でパンと牛乳を買ってから裏庭の方で食べていると木刀が風を切る音がする。
見ると紺野さんが素振りをしているのだった。
「紺野さんは張り切っているなり」
「まわりの人間に永遠のライバルに出会ったと言っているそうよ。
酒浸りだった日々からすっかり抜け出して、紺野さんは剣の修行に明け暮れているわ。
また、隠密怪獣王に出会う日が楽しみだと吹聴しているって」
まみりは紺野さんが話すのを聞いたことはないが、きっとまわりの人間にそう言っているのだろう。
そこから少し離れたところで新垣がシロツメクサを摘んで首飾りを編んでいる。
「なんで、新垣のまわりにあの不良グループたちがいないのなり」
「この前の一件でクストー理事長はすっかりとお怒りになって新垣をいじめた者は即、退学だと言明したそうよ。まみり」
超古代マヤ人の新垣がシロツメクサを編んでいるのは少し変だった。
「まみり、なんか、ゴジラ松井くん、元気がないように見えない」
そう言われれば、たしかにそんな気がする。
まみりはあのプールで見た怪獣がゴジラ松井くんに違いないと信じているから、あのプールが壊れたことと、
ゴジラ松井くんが元気がないことは関連しているのではないかと思っていたが、それがどういう理由かということは判然としなかった。
そのときまみりが内緒でハロハロ学園に持って来ている携帯が鳴り出した。
「まみりちゃん。僕だよ。王沙汰春だよ」
携帯にかかってきた電話は意外にも王警部だった。
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