羅漢拳  第42回 | 芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

芸能人の追いかけを、やったりして、芸能人のことをちょっとだけ知っています、ちょっとだけ熱烈なファンです。あまり、深刻な話はありません。

第42回
ふたたび
滝沢秀明は授業が終わったので教室から出ていこうとすると松村邦洋に呼び止められた。
「おい滝沢も帰るんやろ。」
「ああそうなんだ。松村も、もう何も用はないだろう。一緒に帰ろうか。」
「まあ、でも吉澤さんが何か言っていたよ。入院している松田のところへ見舞いに行こうとかなんとか言っていたんや。」
「はあ、そうなんだ。それで松村は一緒について行くつもりなんだろう」
「ああそうや」
「ここで吉澤さんが来るまで待つことにしよう。吉澤さんが職員室に呼ばれとったみたいやから。もうすぐ来るやろう」
二人が教室のうしろところで合奏部の定期演奏会のポスターを見ていると吉澤ひとみがやって来た。
「待った」
「ねぇ、滝沢くんも行くんでしょう。」
「ん、僕も行くよ。でも松田の入院している病院どこか知ってるの。」
「うん僕知っているある」
「そうか」
ということで三人はいま入院している松田努の病院に見舞いに行くことにした。学校の近くの駅からふた駅はなれた駅の南口から続く道を歩いてしばらくすると商店街に入った。新興住宅地にできた商店街だといっても商店街そのものの歴史はだいぶい長い。商店街の入り口はその名称の書かれた空中で道の両端をつなぐ大きな鉄の看板がかかっていて、その看板をささえている銀色にぬられた鉄柱にはセルロイドでできている米だわらや桜の花やちょうちん、繭玉などが飾られていた。日中の日差しも弱くなったことや夕方であること、また商店街の中は買い物の客が雨にぬれないように大きなアーケードの天井で囲まれているのでけっこう涼しかった。その商店街の中は夕食の支度をするため買い物客が行き来していたある。手に買い物かごをぶら下げていたり買い物かごに車輪のついたもの引っ張って店先をのぞいたりして品定めをしてしていた。三人がその店先を抜けて病院へ行こうとすると花屋の店先には赤や黄色、白や紫いろいろな花が飾られていた。花屋の店の前は打ち水されていて草花の葉も同じように水を打たれて青々としていた。吉澤ひとみはその花に目をとめた。松村邦洋と滝沢秀明は彼女が何を思っているのかと思って振り返ったが彼女のその目にはいま考えついたことがきらきらと輝いていた。を
「ねえ、松田君の見舞いに花を買っていかない」
三人は小遣いを出し合い松田の見舞いのための花を買った。透明なセロハンで花は包まれて根本のところはリボンで巻かれていた。この商店街を抜けて少し歩くと松田努の入院している病院が見えた。昔は木造で規模も小さかったのだがある医大の系列病院として建て直すとき最新式の設備が導入され、床も窓ガラスもピカピカと輝きフロアは大きな吹き抜けとなっている、病院の受け付けはホテルのそれのようだった。
「ここの医者知ってる。D大系列の病院で新人の医者の研修に使われているんや。それでインターンが多いんや、知り合いでここで勤めている人がいるんや」
松村邦洋が巨大なホールを見ながら言った。吉澤ひとみも滝沢秀明もう東京からきたばかりなのでそういうことはよくわからず松村邦洋の言うことを聞いているばかりだった。受け付けのところで松田努の名前言うと病院の事務員はその部屋の番号を教えた。入院患者の部屋はホールから放射状続いていて、その部屋の上には部屋の番号がわりふられている。向こうからは病院食をのせたワゴンがやつてくる。三人は松田の部屋を探し当ててドアをノックした。事務員から聞いた番号の松田の部屋のドアをあけると廊下より松田の部屋の中の方が窓からの光をとり入れて明るかった。中に入るとまず松田の部屋の窓辺に置かれた小型のテレビが目に入った。窓辺には花瓶が置かれ、花が一輪、いけられていた。松田は松村の顔は知っていたが、滝沢秀明や吉澤ひとみの顔は知らなかった。松村邦洋が松田努に話しかけた。
「やあ、元気。」
「なんだ、松村か」
「お見舞いに来たんだ」
「やあ、それはわざわざ、ありがとうさん」
松田努は今まで読んでいた読みかけの雑誌をワゴンの上にのせると起きあがった。
「ああ、無理しはんな」
「いや大丈夫だよ。いつも病院の廊下を歩いているさかいにね」
そう言って松田努はベットの上に起きあがった。「あっ、そうだ。紹介しとくは。この二人は今度、東京の方から引っ越してきた吉澤ひとみさんと滝沢秀明くんや」
「わて、松田政男いいますねん、よろしくなな」
そう言って松田努は二人が頭を下げた。吉澤ひとみは今買ってきた花束を胸の前に差し出すと
「これ、お見舞いに買ってきたのよ。そこにさしてある花はもうすっかりとしおれちゃっているみたいだからかわりにこの花をさしておくわね」
吉澤ひとみはそう言うと、窓際へ行き、花瓶の中をのぞき込んだ。その中の水は大部汚れていた。
「あら、この中の水、大部、汚れているみたいね。まず水を取り替えてこなくちゃ、だめだわ。松田君、流しはどこにあるの」
そう言って吉澤ひとみは花束を窓辺に置いた。「ドアをあけて、右に行くと流しがあるからそこで入れて来てくれはる」
吉澤ひとみは花瓶を持って廊下に出た。
「見たところだいぶ元気そうやなぁ」
松村邦洋と滝沢秀明はベットの横の方に置いてある椅子に腰掛けて言った。
「まあ、おかげさんでな。みんなどうしている。クラスの連中、変わりはないか」
「誰か、僕たち以外にも見舞いに来てくれたか、誰かが見舞いに来ても、断ってしまうんじゃないの」
「死んだ兄のことで、いろいろと言ってくる人間もいるんや、そんなときは断っているんや、それより毎日、窓からみえるやろ、あの庭を散歩したりしているのや」
窓から見える庭はよく整備されていて病人が散歩するくらいならちょうどよいと思われる。
「それよりな、すりの名人がこの病院にいるんやで。向かい側の棟に入院しているんやけど」
松田努はそう言って指で向かい側の棟を指さした。
「すり歴五十年の奴がそこに入院しているという話や。看護婦から聞いたんやけどなあ」
「どれどれ」
そう言って松村邦洋と滝沢秀明は松田努の指さす方を見た。病室の窓にはカーテンが引かれていず、白いシーツカバーやまくらが見えた。
「なんや、裁判の途中で倒れたとか言っていたわ。ドアの前にはいつも刑事が立っているんやで」
そのとき吉澤ひとみは花瓶の中の水を入れ替えて入って来た。そして窓辺の置いた花束を花瓶にさした。少し離れてその花瓶に刺された花をいろいろな角度から見ていたが、花のかたちをととのえて安心したようだった。
「これでいいわね」
「あんな花でもこうやって飾ってみると意外と綺麗やろ」
「そりゃあ、そうだよ。一人二百円ずつ出したんだから」
「合計で六百円やな。じゃこっちでも少しお返しをせな、あかんな」
松田努はそう言って棚のところを見ていた。手が届かないのでベツトの下に置いているスリッパを出してはいた。ベットのそばにある整理棚の中から缶詰を取りだした。
「何もないけどこんなものでも食べてくれる、貰い物やさかい」
そう言って松田努は桃の缶詰を出し、缶切りであけ、四人分に分けて菓子皿に入れて出した。
「これなかなかうまいじゃん」
「こんなのは病院食や」
「でも夕食は何時ごろなの」
「もうすぐやろ、病院の晩飯は早いんや。何ならみんなも食べていったらええがな。付き添いの人にも食事が出ることになっているんや」
「付き添いって言ったて、こんなに人数がいるのに、食事が出るのやろうか」
「まあ、平気やがな。みんな、ちょろまかして食べてル
のやからな。こんな大きな病院やろ、人数なんてだいたいで料理しているのや。そうや、みんなも夕飯食べていきなはれ」
松田努は熱心にすすめた。。ふだん人がいないので夕飯を食べるときは淋しいのかも知れない。三人はそんな松田努の気持ちを察して一緒に夕飯を食べていくことにした。夕飯ができるまでの一時間ぐらい三人でトランプをしたり、テレビを見たりして時間を過ごした。松田はふだん安静にしている分の反動か異常にはしゃいでいてかえって松田の病気が悪くなるのではないかと心配した。
「松田くんに聞きたいことがあるの」
急に吉澤ひとみが声を出したので松村邦洋と滝沢秀明の二人はびっくりした。そんなことにもおかまいなしに吉澤ひとみは話しを続けた。「松田くんのお兄さんは、K病院に入院していたんでしょう。そこに大沼という人も入院していたの。うちの兄貴、報道番組のニュースキャスターをやっているんだけど、K病院に取材に行ったことがあるのね。そこでその大沼さんから頼まれたんだけど、松田さんから貰ったものだと言って、ペンダントをさしだしたの。それを買って欲しいと言うんだけど、本当の話はどういうことかは知らないんだけど、松田さんは大事な研究をやっていて、ここにその成果が入っていると言ったそうよ。それで兄貴が値段がいくらか聞いたら、十万円なんて法外な値段をつけるのよ。それでも、あの病院のゴミ問題に興味を持っていた兄貴はそのペンダントを買ったの。それがこのペンダントなの」
松田努が手をさしだしたので、吉澤ひとみはそのペンダントを松田努の手に握らせた。
「べつに、なんの変哲もないペンダントでしょう。警察じゃないから、これがどんなものなのか、まだよくわからないんだけど、その後、あの病院の理事長の福原豪も死んでしまったし、病院の一部も知らないあいだに取り壊されてしまった。うちの兄貴がまったくのペテンにあっただけだとも信じられないのよね。松田くんはこれに見覚えはない」
松田は眺め透かしてそのペンダントを見ていたが、まるで心当たりがないようだった。もう午後の六時を少し過ぎていた。家族でもない面会者は帰らなければならない時間だつた。会には買い替えなければならない時間なった。三人は松田に別れを告げた。彼はひどく心残りのようだった。
「もう帰ってしまうのか」
「ああ、また来るから」
「じゃあ、お大事で」。
「お大事にな」
「そうか、じゃあ」
松田これから三人が帰ってしまったあとこの部屋に一人残っている時間のことを想像しているようだった。
三人が病院の外に出るとあたりはすっかりと暗くなっていた。
「ひとみのお兄さんはあんなペンダントを松田の兄さんの形見だということで、大沼から買ったんや。わて、少しも知らなかったで」
「兄貴と私しか知らないわよ」
「大沼はそれに松田の兄さんの研究の成果が入っていると言ったのか」
そう言うと松村邦洋はそのペンダントを吉澤ひとみから受け取っていじくっていたが、その中には何も入っていないようだった。
「これを売った大沼も死んでしまったし」
「松田の兄さんってどんなことを研究していたんだ」
滝沢秀明は何も知らないようだった。
「化学薬品を開発していたと聞いていたけど、そうやったな、ひとみちゃん」
「でも、このペンダントにはまったく心当たりが松田努くんにはなかったようね。全然、興味をしめさなかったから」
「と言うことは死んだ大沼が金をだましとるつもりで、でっちあげた品物ということやろうか」
「そんなことはないわ。松田政男はK病院に入院する前は優秀な研究者だったのよ。」
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