羅漢拳  第43回 | 芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

芸能人の追いかけを、やったりして、芸能人のことをちょっとだけ知っています、ちょっとだけ熱烈なファンです。あまり、深刻な話はありません。

第43回
老僧と若い僧の住む庵の前では老僧が若い僧に稽古をつけていた。二人は五,六メートルぐらいの距離を離れてお互いに向かい合っていた。若い方の僧は構えを変えるたびにその全身に力がみなぎっていくようだった。それに引き換え老僧の方はただ手をぶらりと下げてほとんど構えらしい構えもしていなかった。前にも述べたように老僧の目は羊のように柔和だった。若い僧は構えを変えながらしだいに老僧との距離を縮めていった。若い僧と老僧の視線が合った。若い僧は老僧の目を見た。ほとんど目の光りもこの老僧には消滅してしまったようだった。しかし老僧との距離を縮めながらこの若い僧はこの老僧の目を見ているうちにその中に何か底知れないもの見ているような気持ちになった。その目を見ているとどこまでもどこまでも引き込まれてしまうような気が若い僧にはした。それは決して枯れたこともないような泉のようだった。若い僧はそのあやしい目の光引き込まれるようにして正拳を出した。老僧は若い僧のの不用意に出した右の正拳をよけると若い僧の脇腹に当て身を加えた。それは一瞬の出来事だった。あっと言う間に勝負はついた。
「私がお和尚さまの域に達するのはいつのことになりますやら」
「いやいや、心配することはない。お前も精精進しだいじゃ」
************************************************************************************************
このころ黄金の仮面をかぶったアンドロイドは改造に改造を重ねられていた。このアンドロイドはR3号と呼ばれ戦闘用をとして制作された最新の人造人間だった。この前の老僧との戦いに敗れたR3号が老僧と互角もしくはそれ以上に戦えるための研究と改造がなされていた。二人の人物がR号のパワーアップを図るために十倍の出力のでいるジェネレーターを古い型のジェネレーターと交換した。そしてR3号の各部が点検され、老僧に打たれて凹まされてしまった黄金の仮面の代わりに今までの材質の十倍の強度を持つ黄金の仮面がはめられた。その黄金の仮面をはめられるとその怪人は目が覚めたようだった。ぶるっと身体をふるわせて上半身を起こした。
「やあ、R3号、それとも個別名称で呼んでやろうか、ラーマヤーナ、日が覚めたか」
「R1号ナーランダあの老僧のデータを分析したか」
「ああ、分析は終わった。恐ろしい奴だ。しかし今の君なら十分にいやそれ以上にあの老僧に対抗しうる。旧式なものに比べると十倍以上も出力の出るジェネレーターに交換したのだ。いまや君の戦闘能力は重戦車十台並みに匹敵する」
「おお、そうか。そう言えばなんだか体中に力が感じられる。今までの十倍以上もパワーが出るようになったのか。」
「そうだ。君はわれわれの中でも最新式のハード思ったんだ。君の体はその内部に重戦車十台分の力を蓄え外部は地上で最も強力なよろいで固められているのだ」
「じゃあ、さっそくあの羅漢拳の奴らを葬り去りに行くか」
「まあ、待ちたまえ。羅漢拳の奴らもあいつらだけではあり得ないだろう。あいつらだけをやってしまったとしても羅漢拳の奴らはあとからまたやってきてしまう。それより君はニュータイプのハードのフロンティアなのだから君の持っている能力がどのくらい向上したのか十分な測定をしなければならない。君の調子がよければ、われわれも新しいハードを使用するつもりだ。さあ、作業台の上から降りて解析機のある部屋まで行くことにしょうか」
R一号ナーランダがそう言うとR3号ラーマヤーナは作業台から降りようとした。ラーマヤーナが作業台から降りようとしたとき、床に足が着くか着かないかという瞬間、しゅっと軽い音がしてラーマヤーナは白い煙を発して身体がくずれ落ちてしまった。それを見たナーランダは苦り切ってつぶやいた。
「やっぱりダメだったか。ジェネレーターから発する磁気が他の回路を誘導して中央回路をショートさせてしまった。やはり金属から出発するのではなく、有機材料から出発して戦闘兵器は開発しなくてはならないのか、そうなるとやはり松田政男の開発した新薬、さらには羅漢拳の秘密を解き明かさなくてはならない」
ナーランダは床の上に崩れ落ちたラーマヤーナの体をベッドの上に寝かせてつぶやいた。
*******************************************************************************
吉澤ひとみは食器棚の中から夕飯の準備をするつもりで兄の村上弘明の皿を取り出そうとして、思わず、苦笑いをした。
「そうだ、兄貴は昨日から出かけているんだっけ」
村上弘明はある目的があって栗の木市の外にある用事で出かけていた。村上弘明が日芸テレビの玄関から外に出て、近所の公園を横切ろうとしたとき、彼の目をとめるものがあった。少し離れたところを志水桜が歩いているのだ。喜多野公会堂の一件以来、村上弘明は志水桜に会っていなかったが彼女のことを忘れたことはなかった。彼女が川田定男だということは、少しも村上弘明は考えもしなかった。しかし、彼女が川田定男であっても、下谷洋子であっても、彼女にほれていることに変わりはない、村上弘明は再び、彼女に会いたいと思ったが、彼女からはもちろん、同一人物である、川田定男からも連絡はなかった。しかし、その志水桜の姿をちらりと見付けたのである。村上弘明は期待に胸を躍らせて彼女の姿を公園の中で探した。そのとき、滑り台の横にあるおもちゃの家に備え付けてある電話のベルが鳴った。日芸テレビのあるビルの前の公園はかなり広くなっていて、公園の何カ所かに童話に出てくるようなおもちゃの家が建っている。その中には幼児向けの椅子やテーブルが置いてあり、子どもが二人ほど入るといっぱいになる。テーブルの上にはおもちゃの電話が置いてあって、その公園の中にある、おもちゃの家の中にある電話同士がつながっている。ピンク色に塗られたテーブルの上に置かれた黄緑色の合成樹脂製の電話をとると、女の声が聞こえた。
「日芸テレビから出て来る僕の姿がみえましたか」
「もちろんよ」
「あの音楽会の一件以来、あなたとお話したかったのですが、何故、連絡をくれなかったのですか」
公園は広いので、どこから電話をかけて来ているのか、わからない。
「それより、大事な話よ。松田政男、井川実、栗田光陽、福原親子、沼田、そして、栗毛百次郎も殺されたかも知れない。相手は巨大よ」
「犯人の目星はついているのですか。もしかしたら、無双弘を救った連中かも」
「そうではないわ。もうかなり以前から、あなたの住んでいる栗の木市で活動を始めている連中よ。彼らが松田政男の開発した薬を完全なものとしたら、大変なことになるわ、人々はその恐ろしさも知らずにそれを使用して無制限な殺し合いをはじめてしまう」
「それを阻止するための方法は」
「彼らがK病院の松田政男を襲ったとき、彼の研究成果の重要な部分と死んだ無双弘の万能細胞を奪うことは出来なかった、それらは次田源一郎に託されたらしいの。それを持って次田源一郎はどこかに雲隠れしているに違いないわ。あいつらが次田源一郎を探しあてて、松田政男から預かっているそれらのものを奪う前に、焼き捨てなければならない」
「次田源一郎がどこにいるかわからなければそれは不可能ですよね」
「いいえ、わたしは彼の居所をさがし当てたわ」
「それはどこですか」
「和歌の世界で六歌仙って知っている」
「さあ、落花生ですか」
「それは食べ物のことでしょう。古今集に書かれている代表的な六人の歌人のことよ。その中に正体のよくわからない喜撰法師という坊主がいるの、その坊主が京都の宇治に隠遁したということになっていて、その住んでいたという庵が復元されて残っているのよ。次田源一郎はそこに隠れているらしいわ。そこへ行って、松田政男の研究のすべてと無双弘の万能細胞を消却させてちょうだい」
 村上弘明は京都の喜撰法師が住んでいたと同じ場所に建てられいる庵に向かって愛車のルノーを走らせている。そもそもこの一連の殺人事件の出発点は軍事用の向精神薬を開発した松田政男にある。松田政男自身もそれが軍事兵器に使われるとは思わず開発したのかも知れない。その薬のモデルとなったのはスミス・ハーディ博士の心臓病の薬がモデルになっているし、その理論はサー・ジャームッシュ博士の大きな原子核を持つ原子によって代替された有機化合物が物質として安定することが可能だということの発見にある。それを利用して作られた骨にしろ、筋肉にしろ、異常な強度と物理的な力を発生する肉体をもつ改造人間が薬、一つで作られたとしたら、この地上に暴力と破壊が満ちあふれるに違いない、そう言った改造人間たちは自分の肉体の一部となっている武器を持つことになるからだ。マシンガンの機銃掃射を浴びても死なない肉体と、一撃で自動車のドアを打ち抜く腕力を持った改造人間が街中に出現したら、銀行はどうやって警備をしたらいいのだろうか。その薬の完成はどうしても阻止しなければならない。しかし、遭難した無双弘の肉体の中には、その改造人間としての兆候があらわれていたと言う。無双弘に薬を与えたものがすでにその薬の完成を成し遂げていたということか、この一連の殺人を犯したものが、その薬の完成者なのだろうか。しかし、無双弘がその改造人間としての肉体を持っていたなら、何故、彼が簡単におこなえる犯罪に手を染めなかったのかも、村上弘明には興味があった。人間というのが本来、善なるものなのか、自由に使うことの出来る武器を持っていたとしても、それを使う気にならないものなのか。村上弘明は大阪の自宅を出てから、約、六十分で宇治に到着した。喜撰法師が住んでいたという庵はここから少し入った場所だった。目の前には竹林が続いている。ここからは車も中に入れない。村上弘明は時代劇に出てくるような孟宗竹に囲まれた細道を歩いて行った。そのうちに童話の世界に出てくるような藁葺き屋根の庵が目に入った。庵の前では一人の老人が薪を割っている。村上弘明は竹の葉を踏みしめる音をさせながらその老人のそばに行った。
「あなたは、次田源一郎さんではありませんか」
すると老人はあきらかに不快そうな顔をして否定した。
「私は怪しいものではありません。テレビ局で報道番組を担当している村上弘明といいます。死んだ沼田さんから、一連の事件の真相を手紙で教えられました。この事件はRD153とその薬を改良するために死んだ登山家、無双弘の細胞を奪おうとする何者かの仕業だったんですね」
「わたすが次田源一郎です。とにかく中に入ってください」
村上弘明が庵の中に入ると、その庵の中はまるで茶室のようだった。こじんまりとしていて入り口は小さな障子で、部屋の真ん中はいろりが切ってある。しかし、電気はここに来ているらしく、天井には蛍光灯がついていて、部屋の隅には小さな冷蔵庫が置いてある。
「ここに隠れているのですが、どうやってわたすの居所をつかんだのですか、ある人に教えてもらいました。でも、心配しないでください。その人は敵ではありません。あなたがここに隠れているというのは、松田政男さんや沼田さんが何者かに殺されたということを知っているからなんでしょう」
「もちろんです。わたすは長いこと、歴史に埋もれた伝説が事実だということを証明するためにいろいろなことを調べてきました。たとえば義経のことだとかです」
「わたしはあなたの義経伝説考究を読んだことがあります。そのためにあなたは中国の奥地にまで行かれたのですね」
「わたすは中国の奥地でそれらの実例を見てきたのです。人間が二十分以上、水の中にもぐって活動ができたり、幹の太さが一メートルもある大木を引き抜いたりすることをです。しかし、日本に戻ってからはその実例を発見することができませんでした。しかし、日本のどこかに自分の論を証明できる実例があるに違いないと信じていました。そして、無双弘という登山家が登山中に滑落事故にあって、とても生きていないはずだったのに、生きて戻って来たのを知りました。そして、ふと、何者かにある薬を飲まされたということを一度だけもらしたことも、そのあとで無双弘はそのことを否定していましたが。わたしは中国の調査でもそういう薬があるということを確証を持っていました。無双弘に近づいて何かを聞き出そうとしましたが、彼はそのことについて何も語ろうとしませんでした。しかし、あるとき、彼の異常な行動を発見したのです。いつものように彼の尾行を続けているとき、夜中にある高層団地の横を通っていたとき、八階のベランダから三歳ぐらいの幼児が身を乗り出していました。私が危ないと思ったときは幼児はすでに空中にいました。すると無双弘は飛び上がって空中に上がって行き、七階ぐらいの高さまで飛び上がると、その子どもを空中でうけとめて、地上に降り立ちました。そして、またその子どもを抱いたまま、空中に飛び上がるとまたもとの八階にその子どもを降ろして地上に降り立ったのです。ちょうどその頃です。松田政男氏がわたしのもとにやって来たのは、彼はRD153という向精神薬の開発をしていたのですが、その薬のある作用でプロレスラーにその薬を与えていたとき、筋肉の一部に変化が生じてある部分では筋繊維の収縮率が五百倍になっているという話をしました。過去の歴史の中でそういう薬が存在していたのかという疑問をわたしのところに持って来ました。そこでわたしは中国で見た実例を話し、さらに無双弘の不思議な夜の目撃談を話しました。松田は多いに興味を持って、一緒に研究をしようという話になりました。松田の話によると、自分の薬を必要としている精神病患者で福原一馬という人間がいて、その父親は福原豪という大阪の経済界の有力者だという話しで自分の息子の治療のためにK病院を建てる気になっている、そして松田の要望を取り入れて、実験室を作ってくれるという話でした。そのために無双弘の協力はどうしても必要でした。わたしは彼を尾行して目撃した、その夜の不思議なできごとを彼にぶつけてみました。それは彼のマンションの一室で話してもらったことです。確かに彼は遭難したとき、瀕死の重傷を負いましたが、気がつくと古代の都市のような場所に運ばれていたそうです。そこには数千年も前から続いている武術の集団が存在したそうです。そこである薬を飲ませられて、瀕死の重傷から驚異的な体力を持つまでの身体に変わっていたそうです。その集団は羅漢拳と呼ばれていて、数十トンの岩石を軽々と投げ飛ばしたり、時速五百キロの早さで地上を走ったり、燃えさかる炎の中で何時間でもいることのできる武芸者たちの集まりでした。彼らの調合した薬を飲むことによって一部、自分の身体もあの夜のできごとのようなことのできる肉体に変わっていたのだと、無双弘は言いました。無双弘は自分のふだんの生活に戻りたいと思い、下山することを申し入れると、絶対にここでのできごとを他言しないという条件で下山を許されました。もし、他言するようなことがあれば殺しに行くと言われたそうです。また、その能力を悪用しないことも誓わされたと言いました。この羅漢拳という集団が私が長年、追い求めていた、自分の論を証明する実例だとわかり、わたしは驚喜しました。しかし、一つ、わすにも疑問が残りました。たとえ、その力を使うことが禁止されているといえ、半分、不死身のような肉体を使用すれば犯罪を何者もおそれずおこなうことが出来るのではないか、そうすれば簡単に不正な利益を得ることが出来るのではないかということです。そのわすの問いには彼はビデオカメラ用のカセットを取りだすと、それをデッキにセットしました。これを見てください。テレビを見ていると一人の老僧が写し出された。平らに磨かれている岩の上につくねんと座っている。その老僧が目を閉じると、彼の目の前にある何百トンもある巨大な岩石が突然、空中に浮かんだ。これは何かのトリックですか。わたすが聞くと彼は答えました。トリックではありません、私が目の前で見たものをビデオカメラで撮ってきたのです。これを目の前で見たとき、物理的、物質的な肉体の優位がまったく意味をなさないということがわかりました。この老僧が身につけた究極の武術の技だったのです。これを身につければあらゆる物理的攻撃から身を守ることができて、また、あらゆる攻撃をうわまわることが出来ると老僧は話しました。物質というものは細かく分割していくと、分子にそして、原子に、さらに素粒子に、そしてクォークまでいきつきます。しかし、老僧の話によるとクォークをさらに分割すると源物質というものがあり、そこには識別名というものが書かれているそうです。老僧の使った技はその識別名をすべて老僧の名前に書き換えるということらしいのです。その究極の技を身につけた老僧には、あらゆる物理的、物質的攻撃は効かないそうです。それで私はそれによって銀行強盗をおこなったりすることが無意味だということを知りました。無双弘はそう言いました。それから数日後に無双弘は死にました。そして福原豪が手配して、無双弘の死体を松田政男のK病院にある死体安置所に運んだのです」
「しかしですね。そんな源物質の識別名を変えると言っても、その老僧しか、それを出来ないわけでしょう。重戦車のような戦闘能力を持った人間がそこかしこにいたら、大変なことになります。どうしても、RD153の改良は阻止しなければなりません。松田政男さんたちを殺した連中がその薬を手に入れたら大変なことになります。松田政男さんの研究の結果と無双弘の万能細胞を焼却しなければなりません。これはあなたがここにいることを教えてくれた人物の意見でもあります。協力してくれますか」
「もちろんです。源物質の識別名の書き換えという究極の術の存在を知った今、RD153の改良などなんの意味もなしません。協力しましょう」
そう言って次田源一郎は小さな冷蔵庫をあけると棚の中に入っている書類のたばを取りだした。それから密閉されたガラス容器も取り出すと、その中には冷凍保存されたまぐろのさしみのようなものが入っている。
「じゃあ、これらを焼却処分しましょう」
庵の外に今さっきまで次田源一郎が割っていた薪が積み重ねてある。ふだん、ごみの焼却で使っているのだろう、一斗缶も置いてある。次田源一郎はそこに薪を入れると火をおこして、松田政男の残した書類やら、無双弘の万能細胞などを投げ込んだ。
「すべて燃えてしまいましたね」
「これで、ひとまず、安心というわけですね」
村上弘明が一斗缶から上がっている炎を見ていると、どこからか、若者がやって来た。
「おじさん、ただいま」
「努くん、今日も何もなかったかい」
「努くん」
村上弘明は耳をそばだてた。
「ここにいるのは、松田政男くんの弟さんで、松田努くんですよ。松田政男くんがなにものかによって殺されたとき、松田努くんの安全を確保するために一緒につれて来たのですよ」
****************************************************************************************************
吉澤ひとみ、松村邦洋、滝沢秀明の三人は授業の終わった放課後、担任の畑筒井に呼ばれて校長室の床にある応接室に通された。三人が応接室も入り口のところで躊躇していると中から担任が手招きをした。応接室の中には担任のほかに見たことない男が一人いた。白くのりが効いてごわごわしているシーツの上に三人は並んで座った。天井にはホーローびきの反射板のついている蛍光灯が白々と部屋の中を照らした。
「ああ、三人とも来てくれたか。この方は松田の親類のかたで吉田さんとおっしゃるそうや。みんなが松田を見舞いに行ってくれて大変感謝しているとおっしゃっている。何か、吉田さんがみんなに話があるそうやから、わしは席を外すわ」
担任は自分の座っていた少しあんこの出ている椅子をひくと応接室を出ていった。ふだんは使われていない校長室の横にある応接室には松田の親類と名乗る吉田という男と吉澤ひとみ、松村邦洋、滝沢秀明という新聞部の三人組が残された
「みなさん、松田の親類で、吉田、言いますねん。あそこの兄弟、二人ともあんなことなって本当に残念なことですわ、それでもあなたがた三人がお見舞いに来はったことで、松田努は本当に喜んでおりましたわ」
松田努はひとみたちが見舞いに行ってから数日のうちに内蔵疾患で死んでしまった。
この大阪商人の番頭という感じの男はなぜ、ここに来たかの理由を纏綿として説明した。男の話によると結論としては、自然に囲まれた墓地に松田努の墓を作ると言う話だった。それで彼が死ぬ前に見舞いに来てくれた三人に礼を言いたくて来たという話だった。
「しかし、自分の親戚のことでなんですが、努の兄の松田政男は優秀な化学者だったらしいですわ、ふたりともこんなに早死にするとは思わなかったんやけど、最初、政男が薬の研究でどこか、外国に行っているなんていう話を聞いたときは、学生として、勉強に行っていると思いましたんや。難波病院に橋田っちゅう、よく流行っているお医者さんがいるんやけど、そこの医者でわては腎臓の病気の手術をやったんやけれど、政男は化学のなんとか言う賞を貰ったとそこのお医者さんが言っていたのでびっくりしましたわ」
吉田という松田の親戚はソファーの上で身体を揺すぶりながら、田舎の人間の純朴さを見せながら、自分の感じた松田政男に対する驚きを話した。そのことは吉澤ひとみにとってはすでに知っていることだった。
「わしが庭先でトラクターのエアーフィルターを交換していたときだったでっしゃろうか。カナブンみたいな形をした小型の乗用車がやって来て車が止まると中から黒いの背広を着たセールスマンみたいな男が二人、降りてきましたんや。わたしは新しい車のセールスマンかと思いましたんやけど、出された名刺を見ると、大同インキ株式会社と書かれていましたんや。すいかでも食べるかと聞くと、食べると言ったので、縁側ですいかを出して一緒に食べながら話を聞くと、松田政男さんのことで来たと言ったんや。松田政男さんの親戚はあなたしかいないので、あなたに聞きたいことがあって、大同インキから来たと言っていました。話によると松田政男は大同インキという会社から依頼を受けて、金属に書いて消えなくなるインクを発明したということで、そのインクのもう一つの効用として、それは一時間ぐらいほおっておくと書いてあるものが消えてしまうのだけど、ある薬品にヒたすとその書いてあるものがふたたび浮かびあがり、その意味で消えないインクということなのです。と言うんや。うちの会社にはその浮かび上がらす方の液体はあるのだけれど、金属に書く方の薬がなく、松田政男氏はすでにそれを作っているという話だった。それでうちの会社ではその薬を探している。もしかしたら、唯一の親戚であるあなたがその薬を持っているか、もしくは、それが書かれた金属片を持っているのではないかと思い、伺ったのですと言うんや。その発見者にはそれ相応の報酬を差し上げますと言って、そのことを詳しく書いてある権利書を見せてくれたんや。それが、これ」
吉田は肩でかつぐバッグの中から羅紗紙の封筒に入っているその書類を取り出すとテーブルの上にのせて吉澤ひとみたちにもみせた。そこにはその彼らの探している薬、もしくはそれを作用させた完成品を譲ってくれれば数百万をくれると書かれている。
「その松田政男の遺品が松田努に渡されていないかと思いましてね。みなさんにお聞きすればわかるのやないかと思いましたんや」
吉澤ひとみは松田努のところに行ったとき、彼から貰った金属製のペンダントをポケットの中で握りしめた。
「いいえ、松田努くんから預かったものは何もないんです」
吉澤ひとみは心持ち顔を上の方に傾けて吉田の目をしっかりと見つめた。
「そうですか。まあ、これでわたしの気持ちもすっきりとしましたわ。もし、それがあれば、そのお金で松田兄弟の歯かも立派なものを作ってあげようと思っていたんですわ。それを探すのが、死んだ松田兄弟に対する宿題のように思っていましたんや。それにみなさんに、努のところにお見舞いに来てくれたお礼もできましたんで、胸のつかえがおりた気持ちですわ」
その男はそう言うと、みやげで持って来たカステラのような饅頭をテーブルの上に残して応接室を出て行った。
「ひとみくん、なんで、ペンダントを松田努から貰ったことを言わなかったんだい」
「絶対、あの男、怪しいわよ。松田努の親戚か、どうかなんて、本当かしら。きっと、このペンダントには何か、秘密があるのよ」
「あいつが言ったみたいに、何か、薬品につけると、書いてあることがうかびあがるということかい」
吉澤ひとみ、松村邦洋、滝沢秀明の三人はその月に出す学校新聞の仕事で遅くまで学校に残っていた。そこで使う印刷機が職員がテストの用紙を印刷した段階で壊れてしまい、その機械に詳しい職員がなおすまで待たざるを得なかったからだ。それの印刷もすみ、三人は帰ることにした。あたりはもうすっかりと暗くなっていた。いつも通り校門を出て栗の木団地へ向かう道を歩いていた。舗装された道の両側に立っている水銀灯はもう明かりがともっている。栗の木団地の入り口から数百メートル離れている場所にワゴン車が止まっている。ライトも全部消している。そこは以前松村邦洋と滝沢秀明が黄金の仮面の人物に襲われた場所の近くだった。それ以来二人はこの場所通ると薄気味悪い気持ちがするのである。そして今夜はライトを全部消したワゴン車がとまっているのでなおさらだった。栗の木団地には駐車場がある、わざわざこんなところにとめなくてもいいと思われる。滝沢秀明なんとなく不安を感じていた。吉澤ひとみも何となく無口になっている。ふたりの方に向かって話しかけた。
「ねえ、さっき松田君の親戚だといって人、本当に親戚の人かしら。滝沢くん、どう思う、あなたは疑っているようだったわね。だから私がペンダントを持ってることを言おうとしたとき目で合図をしたんでしょう」
「うん、まあね。兄弟が二人がそろって変死するなんてどう考えてもおかしいよ。何か秘密が隠されているに違いないよ。あのペンダントがそのかぎを握っているんじゃないかな。吉澤さん、まだあのペンダント、持ってる」
「持っているわよ」
吉澤ひとみはそう言うとペンダントを取りだした。
「どこから見ても何の変哲のないものやけどなあ。たまご型でひらぺったくて、表面積が大きいからなにかを書くのには都合がいいと思うけど」
松村邦洋はそのペンダントをしげしげと見つめた。
「それにしても思いだしてしまうわ。滝沢、俺達があの変な黄金能仮面をかぶった男に襲われたのもこの辺やなかったろうか。あのとき、あの変なおじいさんだ助けてくれたからよかったけど」
松村邦洋がそう言い終わるか終わらないうちに三人の周りに人影いることを三人は感じ取った。三人は前に二人後ろに一人の人影によって取り囲まれてしまった。その内の一人は昼間は三人が応接で会った吉田と名乗った松田の親戚だった。そしてこの男の本当の姿はR1号であり、ナーランダという名称を持つアンドロイドだった。
「あら、昼間、お会いした吉田さんじゃありませんか」
そのナーランダは低い声でふふと笑った。三人が逃れられないようにナーランダとその部下の二人は三人の前後からその距離も縮め始めた。
「私は松田の親戚ではありませんよ。美しいお嬢様。とにかく三人には私の用があります。一緒に来てもらいましょうか」
吉澤ひとみと滝沢秀明、松村邦洋の三人はナーランダとその部下に腕をつかまれてしまった。逃げようともがいても三人はびくともしなかった。そのうえ腕をつかまれたその感触は何か冷たい機械的な感触を与えるものだった。そのうえ彼らはその体積に比べ非常に重量があるのか、彼らの横腹をたたいても鈍い音が返ってくるだけだった。三人は身動きもできないままつかまえられてワゴン車に乗せられてしまった。ワゴン車の側面や後方には窓もなく運転席が見えるだけだった。吉澤ひとみ滝沢秀明。松村邦洋の三人が何か言おうとするとナーランダの二人の部下が横腹をつつくので彼らは何も言えなかった。彼らは無言のままワゴン車は走って行き、車は地下の駐車場ようなところについた。三人はそこでワゴン車から降ろされた。その地下駐車場の端の壁のところに立つとなにもないようなところが急に穴があいて入り口になった。三人はこずかれるようにして中へ入った。その地下空間の中は白い陶器の内部に入れられたように、ちりひとつ落ちていずあたかもどこかの電機会社の精密部品の製造工場のようだった。三人はその地下空間の奥深くへ連れていかれた。そしてある部屋の前に来ると部下に一人が扉を開けた。それはまるで銀行の金庫のような分厚い潜水艦のハッチのような扉だった。扉をあけるとナーランダは滝沢秀明と吉澤ひとみをその中へ押し倒した。二人は転がりながらその部屋に入れられてしまった。転がったひょうしに吉澤ひとみの腕時計は壊れてしまった。そのため彼女はひどくがっかりしているようだった。二人がその部屋に押し入れと同時に金庫のような強固な扉は閉ざされてしまった。しかしその内部は照明装置が施されているらしく壁全体が明るく輝いている。なぜか松村邦洋だけはこの部屋に押し込められていなかった。ふたりだけが閉じこめられている吉澤ひとみと滝沢秀明の二人がこの部屋の中をさぐると、もう入り口の金属の扉も跡形もなくなくなっている。部屋全体が明るいというのは壁の材質そのものに発光するなにかが埋め込まれているのかもしれない。壁のどこかにつなぎ目があるのか、二人は探したが見つからなかった。その上扉をしめたあとはあとかたもなくなくなっている。
「一体ここはどこなのかしら」
「わからない。それにしても、まあ、僕らの命だけは保証するみたいだね。松村はどこに行ったのだろうか。いないみたいだが」
「松村くんを探してもむだよ。彼ら私たちの仲間ではないわ」
「やっぱりそうか。そのことを僕もうすうすは感じていたのだが、彼がいるときに限って事件が起こるのでどこがおかしいと思っていたが、やはり松村は敵のまわしものだったのか。でも君にはなぜその事がわかったのだい」
「放射能よ。彼の体からは微量ながら放射能を検出できたの。かれと一緒に古寺へ取材に行ったときコンバクトカメラだと偽って放射能測定器を持たせの。その結果、彼が普通の人間ではないことがわかったの。たぶん彼の体の中には超小型の原子炉が組み込まれていてそれがジェネレーターを作動させ、発電させて各部を動かしているのね」
「そういう吉澤君、君一体なにものなんだい」
「そういうあなただっていったい何者なの。肉体上は一般の人間とは変わりないけど、その能力は人間をはるかに超えていようでもある。わたしたちの機関でも把握できなかったわ」
吉澤ひとみがそう言うと部屋全体から声が聞こえてきた。壁そのものが有機的生命よ持っていて壁が震動して声を発しているようだった。
「お嬢さん、お嬢さんの言うとおりだよ。松村邦洋はわれわれの仲間だ。お嬢さんは滝沢秀明の正体を知らないようだから教えてやろうか。なあ、滝沢くん、君から言うより僕が言った方がいいだろう。滝沢くんは羅漢拳と呼ばれるある集団の一派で日本で言うところのからす天狗みたいなものなのだ。われわれと互角に対抗できるのはおそらく君たちだけだろう。あと二人仲間がこの付近にいるようだがその仲間はどこにいるんだね。そして君たちの集団はどこに住んでいるのかね。教えてくれればこの部屋から出してあげてもいいよ」
滝沢秀明はきっぱりと言った。
「断る」
「そうか、残念だが。この部屋は私たちの能力を持ってしても壊せないのだから君のような未熟な者ならばなおさらだな。しかしお嬢さん、君は一体何者なんだい」
吉澤ひとみは見えない壁の向こうの怪人に向かっていった。
「そういうならあなた方の正体から教えてくれるのが順当ではないかしら」
「わはははは」
部屋全体が前後に振動して植わっているようだった。
「まあ、そういえばそうだな。失礼しました。お嬢さん、じゃは、私たちの正体から話してあげようか。私たちは人間でありながら人間ではないのだ。肉体はすべて人工の作り物だ。そこに私たちの以前にあった自我を注入したアンドロイドなのだ。きみの想像していたとおり超小型原子炉でジェネレーターを発電させて各部を動作させている。われわれは永遠の生命を持ち、不死身なのだ。しかし、私ちの目の前にも口うるさいおせっかいがいる。それが滝沢くん。君の仲間たちなのさ、羅漢拳と呼ばれている仲間だ。しかも君らはなかなかうるさい上に邪魔もする。過去の歴史でことあるごとに登場してきてお節介なまねをしてくれた。私たちにとっては本当に目の上のたんこぶなんだ。そのために私たちはどうにかして君たちをつぶさなければならない。しかし君たちの本拠を探すことも重要なことではあるが、その前にわれわれもパワーアップする必要があった。そのためにはどうしても技術上の障害があったのだ。今までのやりかたではどうにもならない。そこに目をつけたのが松田政男の開発した人工細胞を生成する薬だ。彼の薬によって、細胞を新しい仕組みに作り替えれば、われわれの目的は達せ留ことが出来る。松田政男は福原豪の建てたK病院の中でその研究を続けていた。松田政男に変わってわれわれがその研究を続けようと提案した。しかし、松田政男は不満そうだった。だから、私たちは彼を殺したのだ。その事に気付いた羅漢拳の連中は動き出した。きみたちが助けた登山家の無双弘のことも気になっていたのだろう。なにしろ、松田政男が目標にしている薬は完成していて、羅漢拳の連中がそれを無双弘に飲ませたから彼は助かったのだ。君たちはおれたちことを調べ始めた。私たちもそれがだれにある家を調べ始めた。なによりも、無双弘に飲ませた薬の秘密がばれることをおそれたからだ。この栗の木市にうろついている何者かをわれわれも調べはじめた。そしてそれがあの古寺に移り住んできた若い僧だということがわかったから、われわれの仲間、最強を誇っているR3号、個別名称はラーマヤーナというアンドロイドに彼を倒すように命令したのだ。しかし力は互角で彼を倒すことはできなかった。そして私たちには以前からこの栗の木団地に送り込んでいるR7号、個別名称はブラフマンと言う男がいる。君たちもよく知っている松村邦洋だ。きみたち二人が転校してきたときから怪しいと睨んでいたのでブラフマンにいろいろと調べさせたのだよ。そして松田政男の作った薬の秘密がペンダントに仕組まれていると知って、きみたちを誘拐して、このペンダントを貰ったのさ。吉澤さん、さっきワゴンの中であのペンダントは確かに受け取ったよ。これでわれわれの目的もほぼ達成された。しかし、君は何者なんだ」
「わたしが何者などということは、もったいなくて、こんな下劣な方法しか使えない、あなたなんかには、言うのは勿体ないわ。ただ、志水桜、つまり下谷洋子もわたしたちの仲間だとだけ言っておくわ」
「まあ、いいさ。そんなことは僕たちにはどうでもいいことさ。羅漢拳の仲間をおびき出すためにも滝沢くんの正体さえわかれば」
そういう声が聞こえると今まで小刻みに揺れていた壁は動かなくなった。
「なんとかして、ここから出なくては。自分を餌にして仲間がつり上げられるなんて、まっぴらごめんだ」
吉澤ひとみが壁によりかかって滝沢秀明の悩んでいる姿を見ていると滝沢秀明は立ち上がって壁に正拳を加えた。ふつうのコンクリートの壁なら穴が開いていたに違いない。滝沢秀明の拳のあとがはっきりと残っていたがいつの間にかそれももとに戻って消えてしまった。
「ダメみたい」
「そうみたい」
Rー一号ナーランダはそのとき、吉澤ひとみから奪ったペンダントに書かれた松田政男の研究の分析をはじめていた。松田政男の目標としている薬の秘密を握れば、ここはK病院など比べようもなく、設備が充実しているから、その研究成果を実現させることは容易である。その内容は簡単に解読することが出来た。扇の要となっている部分を彼らは解読した。薬はすぐに合成され、R3号の待っている部屋に運ばれて行った。R3号の内部からは小型原子炉は取り除かれて、動力を疑似タンパク質、分子間力の大きな有機化合物を使ったものに変えられている。Rー3号ラーマヤーナの首にある体液の取り出し口からその薬は注入された。
「あとは完全に化学変化が終了するのを待つだけだ」
薬を注入し終わったR1号はその部屋を出て行った。
滝沢秀明と吉澤ひとみのふたりは閉じ込められているその部屋をなんとかして抜け出そうと画策していた。
「あなたの方は仲間の人がいるの」
「ああ、指導者がね。羅漢拳全体を統率している。それにその下で働いている、僕のような仲間がいる」
「その人たちがあなたのことを助けてくれないのかしら」
「うん、今、それを僕も考えていたんだ。念で通じるかも知れない。ちょっと僕に話しかけないでくれる。念を送ってみるから」
そう言うと滝沢秀明は座禅を組んだ。そして目を閉じると心の中で平静を保った。しばらくすると彼の仲間が呼びかけてくる声が聞こえた。
{統率者、私は今アンドロイドたちに捕らえられ監禁されています。ここがどこかはわかりません松村邦洋も敵側のスパイでした。吉澤ひとみさんと一緒にいます。助けに来てください}
{そこがどこかわからないのか}
{いいえ、ワゴン車に乗せられてここに連れてこられたのでここがどこなのかわかりません。壁をうち破ってここを出ようと思ったのですができませんでした}
{そうか、場所わからないのか。じゃあ、そのまま意識を集中させていてくれ、お前の念をたよりにそこに行けると思う}
庵の中にいた老僧と若い僧は寝床からむっくりと起き上がると墨染めの衣をひっかけた。早く行かなければ滝沢秀明と吉澤ひとみの命が危ない。老僧と若い僧は衣の帯を結んで、手足には手っ甲脚絆をつけて、ものすごいスピードで滝沢秀明の念を追って夜の街を走り抜けていった。自動車を次々と追い抜いて行く。夜の闇夜走りぬけていく二人の姿は光の矢が的めがけて一直線に飛んでいくようだった。二人はまたたくまに市街を走り抜け、町はずれに来ていた。そして丘陵の前で立ち止まった。それは小さな小山のような形をした墓だった。その小山は円墳であり天皇家とのかかわりあいから周りを鉄柵で囲まれその墓を採掘することは固く禁じられていた。なぜならその墓には神武天皇以来も何台かの天皇が埋葬されているからだった。墓の前方には封印された入り口があったが、ふたりはそのコンクリートの扉を開けて、中に入って行った。中には階段があり、そこをおりていくと、さらにコンクリートの壁があったが、何十トンもあるその扉を開けて、ふたりはさらにその奥に入って行った。中に入ると、いつの間にか作られたのか、白く清潔な廊下が続いている。それはまるで病院の廊下のようだった。
{アンドロイドたちの隠れ家までやってきたもう大丈夫だ。心配するな}
{統率者、そうですか。なるべく早く来てください}
二人が奥深く中まで入っていくと以外にそこには誰もいなかった。老僧と若い僧は吉澤ひとみと滝沢秀明の閉じ込められている部屋の前まで来た。
{おい、聞こえるか。お前達の閉じ込められている部屋の前までやってきたぞ。いま、助けてやるからな}
{やっとこれで安心した}
吉澤ひとみと滝沢秀明の閉じ込められている部屋はまるで銀行の地下倉庫のような扉がついていたが、若い僧はその扉をねじ切った。中から吉澤ひとみと滝沢秀明が出てきた。
「統率者、ありがとうございます」
「礼を言うのはまだ早いだろう。とにかく、そのお嬢さんを連れて外に出ることが先決だ」
滝沢秀明は吉澤ひとみの手をひいて老僧と若い僧のあとをついて外に出た。出るとき、石の扉はもとと同じようにしめられた。外はもうすっかりと暗くなっていた。夜の闇の中に大きな円墳はまるで有史以前の恐竜のように寝そべっている。その円墳を背景にして四人を人影が立っている。
「これが空也の心を乱している女性か」
老僧は吉澤ひとみの方見て言った。滝沢秀明はその集団の中では空也と呼ばれていた。
「お嬢さん、どこにもけがはありませんでしたかな」
吉澤ひとみは自分の興味をそそられる対象を見つけ、喜びで目を輝かしていた。
「とにかく、ここ早く離れなければならない。われわれ三人だけならともかく、この生身のお嬢さんのことも考えなければならないからね」
老僧がそういう終わらないうちにいつのまにかこの四人を黒い人影が囲んでいた。
「やあ、これで羅漢拳の諸君、全員が顔を合わせましたな」
見るとR1号、ナーランダがそこに立っていた。そして十人前後のアンドロイドたちが彼を取り囲む円陣をくんで攻撃を仕掛けようという状態だった。この円陣の鎖の中には戦闘能力を十倍以上に強化したRー3号ラーマヤーナの不気味に光る黄金の仮面もある。四人は背中を会わせてアンドロイド達に対した。
「さあ、ここは私たちで間に合うから、空夜。そのお嬢さん背負ってて早く安全な場所に逃げるんだ」
若い僧がそう言ったので滝沢秀明は吉澤ひとみを背負った。若い僧は空中高く飛び上がるとその円陣の真ん中へ降下していった。若い僧が飛び上がる瞬間その場所には重力が消失したようだった。若い僧は。垂直に跳び上がり斜めに降下していった。そして身構えているアンドロイドがよけようとするよりも早くそのアンドロイドの頭部にけりを加えた。そのアンドロイドはけりの衝撃で飛ばされた。その飛ばされたアンドロイドの間隙を埋めようとして、その両端にいたアンドロイドたちが若い僧めがけて打ちかかってきた。同時に二人に挟まれた若い僧は片方を右足で蹴り上げ、もう片方を右の正拳で突き倒した。それはほとんど同時に瞬時におこなわれた。そこに包囲網があいたので滝沢秀明は吉澤ひとみを背負って掛けだした。するとアンドロイドがかかってきたので滝沢秀明は吉澤ひとみを背負ったまま、そのアンドロイドの足にけりを加えて足払いのようにして倒した。滝沢秀明は自分の後ろの方で老僧と若い僧がアンドロイドと戦っている様子を感じながら吉澤ひとみを背負ったまま駆け出そうとした。すると目の前に黄金の仮面をかぶったRー3号ラーマヤーナが立ちはだかった。ラーマヤーナの足は地面に少し潜っていた。
「小僧、逃げられると思っているのか、お前をひねりつぶしてやろう。」
滝沢秀明は吉澤ひとみを背負ったまま身構えた。どうにかしてRー3号のスキをついて逃げ出さなければならなかった。するとRー3号、ラーマヤーナは手刀をふるってきた。滝沢秀明は吉澤ひとみを背負ったまま右に左に飛び跳ねてRー3号の攻撃をかわしていた。滝沢秀明は最初のうちはRー3号ラーマヤーナの攻撃を軽快にかわしていたが足元に木の切り株がありその切り株に足をとられて倒れてしまった。そこをすかさずRー3号ラーマヤーナは攻撃を仕掛けてきた。Rー3号ラーマヤーナが大きく両手をふり上げて両手をくみ、そのまま滝沢秀明の上にふりおろそうとしたとき何者かがその両手をがっしりと受け止めた。それは若い僧だった。若い僧は両手を交差させその交差させところでラーマヤーナの両手うちを受け止めた。そこには人間を越えた力の衝突があった。若い僧の踏ん張った両足は地中に埋まっていた。
「さあ、、今のうちだ。空也、行くのだ」
老僧がそう言ったので滝沢秀明は吉澤ひとみを背負ったまま全速力で駆け出した。どんなアンドロイドも自動車も追いつけないような速度だった。滝沢秀明は吉澤ひとみを背負ったまま全速力でかけ出して老僧と若い僧の住んでいる庵にたどり着いた。そして少し疲労のいろの見える吉澤ひとみを庵の中に入れて休ませていると老僧と若い僧も庵にやってきた。二人の衣服はところどころ破れていて戦闘の激しさを物語っていた。滝沢秀明は二人の僧を庵の中に招き入れた。月は天上で輝いていた。庵の外では小川のせせらぎが聞こえる。月の遙か向こうに輝いているのは金星か。いまさっきの戦闘が嘘のようだった。老僧が吉澤ひとみに話しかけた。それは遠い昔を懐かしむような声だった。
「吉澤ひとみさん、われわれは羅漢拳と呼ばれる。われわれは熊野の山奥で暮らしているのだ。われわれのことは誰も知らないはずなのだが、われわれのことを知らべ始めているものたちがいた。わたしたちは遭難していた無双弘という登山家を助けた。そのために彼の肉体の秘密がそれを悪用するものの手に落ちることをおそれた。まず、天空が最初にこの地に調査に向かった。そこで不審な事件が起こった。松田政男の死だ」
「その事でわかったことがあります。松田政男の研究はいいところまで進んでいたものと思えます。それも無双弘の死体から細胞を取って研究を続けたからでしょう。その研究が松田努がくれたペンダントに書かれていたようです。そのペンダントをわたしは盗まれてしまいました。あの研究の秘密が解き明かされて、羅漢拳にある秘薬と同じものが作られたら、大変なことになります。とても制御出来ないような犯罪集団が次ぎから次へと現れてくるでしょう。あの薬が完成したら大変です」
「実はもう完成しているんだよ」