羅漢拳   第25回 | 芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

芸能人の追いかけを、やったりして、芸能人のことをちょっとだけ知っています、ちょっとだけ熱烈なファンです。あまり、深刻な話はありません。

第25回
可愛い子犬
玄関のチャイムが鳴って吉澤ひとみがドアの除き窓からその姿を覗くと少し球面に変形したような映像で深見美智子が立っていた。吉澤ひとみがドアをあけると深見美智子が一人だけで来ているわけではないことに吉澤ひとみは気づいた。両手に持ったかばんの一つアメリカの郵便ポストみたいなかばんの中から、わん、と言う鳴き声が聞こえ、深見美智子はそのかばんを開けると中にいた犬を叱りつけた。
「権三郎、鳴くんじゃないの。」
そう言うとバスケットの中にいたマルチーズは居たたまれないように首をすくめた。
「あなたに相談したいことがあるの。」
深見美智子が吉澤ひとみが彼女の家に忘れ物をしてそれを持って来たというのは嘘だったと彼女には分かった。今日、深見美智子と話したときに登場した下谷洋子に関しての話しかもしれない。
「おじゃまします。」
そう言うと深見美智子は吉澤ひとみの後をついてひとみの家の奥までどんどんついて来た。と言っても玄関から通じる廊下を通り抜けるとキツチンに達してしまうのだが。キッチンをさらに通り抜けると村上弘明の書斎に達する。キッチンには風呂から上がったばかりの村上弘明がキッチンのテーブルの上で家計簿をつけていた。テーブルの上には吉澤ひとみがいれてくれたコーヒーがのっている。
「こんにちわ。わぁー、テレビで見ているのと同じだ。初めまして。私、ひとみさんと同じ、S高校に通っている深見美智子と言います。」
どちらかというと引っ込み思案な方の深見美智子だったが、目の前に報道探検隊という番組に出ている村上弘明がいるので多少興奮していた。
「今晩は。」
女子高生に家計簿をつけているところを見られて多少閉口している村上弘明ではあったが、そこは人気者のつらいところで笑顔を返した。
「改めて紹介するわ。報道探検隊メイン司会者、村上弘明氏よ。」
吉澤ひとみがおどけて言った。
「はじめまして。光栄です。私、ひとみさんと同じ高校に通っている深見美智子と言います。報道探検隊をやっている村上弘明さんにお会いできて光栄です。」
そう言って深見美智子は家計簿をひろげたまま椅子に座っている村上弘明に純心な高校生らしくぴょこりと頭を下げたが、それが本当のことか、どうなのか、村上弘明にはわからなかった。高校生が見るには自分の持っている番組は少し堅い気がしたからだ。また、深見美智子が自分の母親が勝手に進めている愛犬保護計画に反発して下谷洋子の口車にのせられてしまった事件の取材をしてもらいたいという下心があるからだろうかとも思った。そして自分の妹が高校生であるにもかかわらず高校生に対してどう接していいかわからないという部分もあった。
「あの、ひとみ、話してくれた。」
「少しね。」
「まあ、そこに座りなさいよ。ひとみ、たこ焼きを買ってきたのを忘れていたよ。ほら、そこ、冷蔵庫の横に置いてある。電子レンジで暖めればいいじゃないか。」
村上弘明は冷蔵庫の横にあるたこ焼きの包みを指し示した。あとで吉澤ひとみと一緒に食べようと思って道頓堀で買って来た品だったが三人で食べても支障のない数があった。
「お茶を入れてあげるね。」
村上弘明はテーブルの上に伏せてある湯飲み茶碗をふきんをはずしてお茶を入れ、今、腰掛けた深見美智子の目の前においた。深見美智子の横に置いてある二つの荷物の一つの方、籐かごのバスケットに入っている子犬のマルチーズがまた一声、吠えた。
「権三郎、静かにしなさい。よその家にお邪魔しているんですからね。」
そう言うと深見美智子は足下にいるマルチーズを睨みつけたが、その犬は何故だか、わからず、尻尾を振って深見美智子の方を見て舌を出した。たこ焼きを持って来た吉澤ひとみは深見美智子の横に座って彼女の方を見た。
「忘れ物って、何、なにか、私、忘れ物をした。」
した、というところに変なアクセントをつけて回答のわかっている質問を吉澤ひとみは深見美智子にした。そこで何も知らない深見美智子のマルチーズはまた飼い主を呼んで、わん、と吠えた。
「実はあなたに相談したいことがあったの。
何か、理由をつけないとあなたの家に行きにくいやんか。」
深見美智子はすんなりと本心を言った。
「それで権三郎と一緒にひとみの家に来たんや。なあ、権三郎。」
ただ相談するだけなら電話でもできる。わざわざ栗の木団地の吉澤ひとみの家にまで来たのは兄の村上弘明にも話しを聞かせたかったのかも知れない。彼女の飼っている犬をつれてきたのは一体どういうわけだろうか。かごの中に入っているマルチーズは頭に赤いリボンをつけられている。
「実はこの権太郎のことなんや。」
そう言って深見美智子は自分の飼っている愛犬の方に目を注いだ。
「わての家、台所の隣が洗濯機と乾燥機を置いてあるスペースになっているのや。そこにはこれから洗う洗濯物を入れるかごもあるんやけど。お母やんが権太郎が鳴いているというのでそこへ行ってみたら、その洗い物のかごの中に権太郎が入っているんや。前にもこんなことがあったんや。権太郎を抱いてお母やんが家の前の道路で植木に水をやっていると、近所の書道の先生が買い物の帰りにうちの前を通ったんや。華山美佐という名前の書道の先生なんやけどうちのお母やんがそこで書道を習っているんや。手には大きなショッピングバックを抱えていたんや。それでうちのお母やんと立ち話をするためにそのショッピングバックを置いたんや。」
何のために深見美智子はそんな書道の教師の話をするのだろうか。
「その次の日にわてはまた華山先生に会ったんやけど、先生は最近、年のせいか物忘れがひどくて困るとわてに言うんや。見た目は先生はお母やんよりずっと若いからそんなことはないでしょうと言ったら、昨日難波へ買い物に行って戻って来たらもう何を買ったのか忘れているのや。確かに昨日、毛糸で編んだマスコットを露天で買ったと思ったんやけど家に帰ったら買ったと思った毛糸のマスコットがなくなっているんや。本当に最近は私、物忘れがひどいんよ。
そう言うからわてはそんなことないですわ。先生はわてのお母やんよりずっと頭もさえていますわ、と言っておいたんやけど。」
深見美智子は何が言いたいんだろう。
「それから、この前、テレビを見ていたら、犬にすごい芸を教え込んでいる人がいるんやね。停留所でバスを待っている人がかばんを下におろしてたばこを吸っていたんや。そうしたら、犬の飼い主がダックスフントに命令をするとそこまでするすると近寄って行ってかばんの中にあったさいふをすって飼い主のところに持って来たんや。わての家でも犬を飼っているけどあんな芸当は覚えさせることはできんわ。」
村上弘明は深見美智子の話を黙って聞いていた。
「それでその書道の先生の話の続きなんやけど。さっき、言ったやない、うちの台所の隣に洗濯のためのスペースがあって、いつもそこに洗濯をするための汚れ物がかごに入っているって、うちの権三郎がそのかごを気に入って自分のベットだと思っているのや、いつものようにお母やんがそのかごの中に入っている権三郎をどかして洗濯物を取り出そうとすると中から赤い毛糸のぬいぐるみの人形が出て来たんや。おちはもうわかるやろ。うちの権三郎が道端で書道の先生がショッピングバックを置いたすきにその中に入っていた毛糸のぬいぐるみの人形を口にくわえてうちの汚れ物のかごの中に入れたんや。もちろん、それは書道の先生に理由を言って返したわ。だって、うちでは飼っている犬にそんなことを仕込んではいないもの。」
もちろん、書道の教師の買った毛糸のぬいぐるみの人形の話しをするためにわざわざうちに来たのではないだろうと村上弘明は思った。
「きっと権三郎はそういうくせを持っているのやないかと思うわ。人の靴を持って来る犬は珍しくないんやけど。」
ここで深見美智子はまた一息を入れてお茶をすすった。
「下谷洋子という人がうちに変な機械を売りつけようとして来た日のことなんやけど、うちにはわてとお母やんだけしかいなかったんや。下谷洋子はお母やんとうちに応接間で二つの変な機械を見せて盛んにそれを使うように言っていたんや。そのとき、下谷洋子は機械を入れたかばんを一つ、それから自分の化粧品だとか、メモだとか、入っただろうハンドバックだとかをもう一つ持って来ていたんや。中身を見たわけではないから、そうだろうと思うんやけど。うちの応接間でそれらの機械の効用だとか、他の愛犬家の対応だとかを話していたんやけど、うちの飼っている秋田犬が死んだ話しになって、その犬が入っていた犬小屋を見たいというからうちとお母やんの二人で犬小屋まで案内してあげることにしたんや。応接間には権三郎だけが残っていた。犬小屋で下谷洋子に飼っていた秋田犬のことを説明してまた、家の中に入った。お母やんと下谷洋子はそのまま応接間に戻ったんやけど、わては台所に行ったんや。そうしたら洗い物かごの中で権三郎がちょこんと座っているやないか、そのうえ、口には何かをくわえている。驚いて権三郎の口を見ると女ものの手帳をくわえている。権三郎からその手帳を取り上げてみると中に下谷洋子という名前が書いてある。驚いてそばにあったカメラでそこに書いてある内容を全て写したんや。でも、この手帳の内容が写されたことが彼女にわかるとまずいと思ったんや。それで応接間に行くと下谷洋子はまだお母やんと話していた。下谷洋子はハンドバックの中の手帳を取られたことにはまだ気づいていないようだった。そこでその手帳を彼女が気づかないように返すことを考えたんや。何とかお母やんと下谷洋子を外に連れだして後からついて行くふりをしてその手帳をハンドバックの中に返す。」
「そのまま、美智子が手帳を応接間に持って行き、下谷洋子にわからないようにハンドバックの中に忍び込ませればいいじゃない。」
「女物の手帳と言っても随分と大きかったから持って行ったらすぐばれてしまうわ。それにハンドバックの口は小さいのですりみたいに手先が器用じゃないと彼女に気づかれないようにそれをハンドバックに入れるのは至難のわざや。それでもとにかく返さなければならないからとにかく雑誌の間にはさんでその手帳を応接間に持って来たんや。それでちょっと席を立って同じクラブの友達の石井ちゃんにお芝居を打ってもらうことにした。石井ちゃんに電話をかけたんや。愛犬家のふりをして下谷洋子に用があるということにしてうちに電話をかけてもらうように、そうしたら三分後に電話がかかって来た。わてが最初に出るのは怪しまれるからお母やんが電話に出た。お母やんは石井ちゃんの声を知らなかった。お母やんは本当の愛犬家だと思っていたみたいや。そしてお母やんは下谷洋子を迎えに来た。石井ちゃんの嘘の愛犬家なんて、二、三分しかもたないのは明らかや。下谷洋子が席を立ったときはどきどきしたわ。お母やんは台所の方へ行ってりんごをむきに行ったし、下谷洋子が席を立って見えなくなったらすぐに雑誌のあいだにはさんでいる手帳を取り出して彼女のハンドバックの中に元通りに入れたんや。本当にどきどきもんやったし。」
深見美智子のちょっとした冒険談は終わった。自分の手帳の中身を騙そうと思った相手に盗み見られるようでは大部まの抜けた詐欺師、彼女が詐欺師と確定しているなら、と言わざるを得ない。しかし、子犬に手帳を盗まれるとは彼女自身も想像もつかなかっただろう。
「ここに下谷洋子の手帳の中身を全部写した画像が入っているんや。」
そこで深見美智子の飼っているマルチーズの権三郎がきゃんと吠えた。彼女が差し出したのは半導体の記憶装置だった。深見美智子は若い女の子の持っているようなデェジタルカメラを持っているようだった。
「これを見て欲しいんです。」
そう行って深見美智子はそれを村上弘明の方に差し出した。村上弘明はその小さな電子部品を受け取った。
「ところでその下谷洋子という女性はまた来るのか。」
「たぶん、また来るんやないかと思うわ。」「その人の言っていることは要するに犬の虐殺事件を調べていると言うんだね。」
「本人はそう言っています。その上にこれから起きる虐殺事件を未然に防ぐんだと。」
「どんな人なんだい。外見を具体的に言うと。」
「小柄でうちに来たときはスーツが似合っていたわ。ちょっと綺麗な人。」
そう言った深見美智子の口調には反感があった。その手帳を置いて深見美智子は愛犬と一緒に帰って行った。早速、村上弘明は彼女が撮影した下谷洋子の手帳の中身を見ることにした。台所のテーブルの上にノートパソコンを置いた。テーブルの横にあるコンセントから電源をとる。スイッチを入れると画面がくるくると変わってパソコンが立ち上がった。吉澤ひとみは村上弘明の横にいてその画面と村上弘明の顔の両方を見比べた。村上弘明の顔はパソコンの画面の照明を受けて妖しく光っている。今はすっかり吉澤ひとみは村上弘明の取材の助手になっていた。深見美智子の持って来た半導体メモリーをパソコンの周辺装置につなぐと機械はその画像を認識した。村上弘明はキーボードを操作して画面上にその画像を映した。まず一枚目。
 下谷洋子
 大阪市茨木市5ー8ー21

 生年月日
 昭和45年3月12日水曜


と言うのが手帳の一ページ目に書かれていた内容だった。
「名前が書かれているわね。住所もあるわ。大阪市茨木市5ー8ー21、電話番号は書いてないみたいね。それから生年月日は昭和四十五年三月十二日、ということは現在、二十八才ということね。兄貴と同い年じゃないの。」
吉澤ひとみがきゃきゃと騒いだ。
「うるさいぞ。ひとみ。」村上弘明はボタンを押して次ぎの画像を見ることにした。

今日はたくやから電話なし、少しいらいら。

今、評判のラ・フォンテーヌで食事をとる。デザートはなかなか気に入る。料理法を知りたいと思い、店主に聞くとポイントを教えてくれる。簡単に教えるということは技術的に真似できないと思ってみくびったのか、材料がそもそも違うという自身なのか、家で同じものを作ってやるとファィトがわく。粉砂糖を買ってないことを思い出す。

今日は朝から雨で少し気が滅入る。今日訪問するところは辺鄙な電車に乗っていくようだ。

新しく開発された口紅を購入、使用感は少し愛嬌が出るので満足。どちらかというと堅い感じだと言われるのでイメージを変える効果があるかも。

たくと少し口げんかをする。けんかをした後で少し反省。好き、たく。

今度の日曜に映画を見にたくと行く約束をする。コミックの実写版らしい。映画のあとで、何かを期待LOVE LOVE。

「くっ、何がLOVEだよ。」
村上弘明は本当に怒っていた。
「恋人のあだ名はたくくんと言うのね。」
「けっ、何がたく君だよ。」
村上弘明の憤懣は収まらなかった。
「何か、彼女のちょっとした思いついたことが書いてあるのね。」
そう言ったあとで、村上弘明は何も感じていなかったが、吉澤ひとみには不審に感じられる部分がその手帳の内容にはあった。女が持つような少しこぶりの革製の手帳だった。それが判明するのは次の画像を見たときだった。

十月十一日
 こてにきうけおでぃう
何か変なおまじないのようなものが書かれている。二人はもちろんその内容を判読することはできなかった。
「変な文句が書かれているけど一体、何のおまじないなんだ。」
村上弘明はシャーロック・ホームズよろしく頭をひねった。大部昔の探偵ではあるが、もちろんここは霧深いロンドンの街ではない。
「やはり、下谷洋子というのは詐欺師なんだろうか。こんなわけのわからないことを書いているのをみると。」
村上弘明はまたしたり顔で言った。村上弘明の顔はモニターの照明で顔の前面の部分だけが照らされている。その表情だけ見ればどこかの秘密の作戦本部の中で国家の機密軍事情報でも盗み見ているようだが、その内容というのはちゃちな押し売りの手帳を盗み見ているだけに過ぎなかった。
「この手帳の存在が真実だとしたらね。」
吉澤ひとみはいやにあつくなっている兄を冷ややかな目でみつめた。
「手帳の存在が事実だとしたらってどういう意味なんだよ。現にこうして手帳の中身がここに来ているじゃないか。ひとみ。」
「だって、兄貴、手帳が来ているんじゃなくて、手帳の中身をカメラで撮ったという画像が来ているだけでしょう。まあ、本当に手帳がここに来たとしてもそれが下谷洋子のものであるかどうかは確定はしないんだけど。とにかく、深見美智子は下谷洋子に反感を持っていた。自分の母親が彼女の口車にのせられていることに。彼女自身の判断では下谷洋子は完全にインチキ商品を売りつけに来ているだけだと思っている。それで兄貴のやっている報道探検隊にそのことを取り上げて貰いたいと思っている。兄貴が乗ってくる餌を自分で作って来ても不思議ではないわ。」
「そんなことを言ってもひとみと同じ高校に通っている学生なんだろ。」
「彼女、趣味で何をやっていると思う、漫画を書くのが趣味なの。この前も同人誌漫画大会という催しがあって、自分で書いた漫画をそこに売りに行ったみたいなのよね。」
しかし、村上弘明はその手帳の中身のあの変な呪文のようなものにこだわっていた。
「わざわざ、そんな変なことをするか。あの変な呪文のような言葉が何かをあらわしているよ。それが解けたら、誰かの名前かも知れないし、何かの数字かも知れない、それでこの手帳が全くのナンセンスなのか、想像の産物ではなく、現実に存在するものなのか、判断がつくだろう。」
「まあ、兄貴の言うことも一理あるね。とにかくその呪文を解かなければね。」
ひとみに返された言葉に村上弘明は返すものをもっていなかった。全くそれが何を意味しているのか判断がつかない。もしかしたら仲間うちの符号かも知れないと村上弘明は思った。つまり銀行カードの暗証番号と同じでそれを知っていると仲間だと認める道具かも知れず、それを知っている人間は盗賊の家に入れるのだ。またはその盗賊の家の住所が記されているという可能性もあった。もちろん、それは下谷洋子のことについて深見美智子が本当のことを言っているという仮定のもとでの話しではある。しかし、感情的に下谷洋子見美智子は自分の母親が正体不明の下谷洋子の口車にまんまと乗せられたことに反感を持っている。それがどういう感情からきているのかはわからないが、深見美智子は下谷洋子に不審な部分を感じているからもしれないし、下谷洋子に深見美智子が同性の女性として反感を感じているからかもしれなかった。下谷洋子がどんな女性なのかは吉澤ひとみは見たことがないのでわからなかったが、同性の深見美智子に反感を抱かせるということはどういうことなのだろうか。吉澤ひとみにはある想像が浮かんだ。小柄でスーツの似合った女詐欺師、美人局、彼女の想像はあらぬ方へと展開していった。次から次ぎへと吉澤ひとみの連想は浮かんでは消えていったが、深見美智子が下谷洋子に関するそう言った話しを作っているとするなら、それなりの理由があることもあったのだあるにはあるのだ。数ヶ月前のことだが大阪市にスポーツの国際大会を開くことを記念して建てられた室内運動場があって、その建物の屋根には大きなテントが張られていて普段は定期的には野球場に使われていた。新しく新設されたモノレールの駅のそばに建てられたこともあって多目的に使われていた。大阪市の中心からは少し離れた場所に建てられてはいたが交通の便も良いこともあって集客しやすいようになっていたからだ。明日は雨が降るという天気予報が出ていたときのことだった。吉澤ひとみたちのいる新聞部の部室に深見美智子がやって来てその体育館に明日遊びに来ないかと言ってきた。そこで漫画の同人誌のフェスティバルが開かれ、そこで深見美智子の描いた漫画も売るという話だった。次の日、吉澤ひとみが松村邦洋と滝沢秀明の二人とその体育館、体育館というよりもイベント用の多目的ホールと呼んだ方がいいような建物だったが雨に濡れたヒマラヤ杉のあいだに逍遙として建っていた。開演前の入り口のところには傘の列が並んでいた。普通のイベントと変わっているところと言えばアニメの主人公の姿をしたファンが多くいたことだろうか。頭にこうもりのような頭巾を被っていたり、近未来人の宇宙服を着ていたりとそれらのファンたちが愛読しているアニメの登場人物の格好をしている。それが何十人という単位でいたのだった。いわゆるコスプレという状態である。三人がそこに着くと間もなく開演となり、それらの行列が鈴なりに入り口に吸い込まれるように入って入った。イベント会場の中はいくつものブースに分けられてさっき言ったコスプレ姿や若者が動き回っていた。ブースの中はテーブルが置かれ、彼らが持って来た自主出版の漫画がテーブルの上に置かれていた。
「思ったより大規模じゃないの。」
吉澤ひとみがそんな感想を漏らすぐらいその中は盛況で若者の熱気で暑苦しいくらいだった。その中の一つのブースに深見美智子がいることを松村哲也はめざとく見つけた。うずたかく積まれた自主出版の漫画の載っている机の前で座っている。漫画と言ってもその絵にオリジナルティがあるものとそうでないものがある。既成の漫画の絵を借りてパロディのようなものを作っているものが多い。ガンダムという漫画に出てくるシャーという主人公を宇宙空間ではなく、下町の下宿に登場させて恋愛をさせてみたり、宇宙戦艦ヤマトの乗組員が湘南の海で恋の鞘当てをしていたりする。だいたいがコピー用紙を使って製本をしてあって一冊が十数ページで百冊ぐらいが刷ってある。それなりに利益が出るくらいの値段設定がされているのだろう。そこに深見美智子がいた。彼女の前には彼女の描いた漫画がつまれている。吉澤ひとみはその漫画の一冊を手に取ってみた。題名は「金田一好子の冒険」、もともと金田一耕助という探偵小説があって、それをもとに金田一少年の冒険という漫画があった。それをさらにパロって金田一好子の冒険という自主出版の漫画を作っているらしい。それで吉澤ひとみは深見美智子が探偵小説なんかも読んでいるだろうから、そんなこともやっているのではないだろうかと思ったのだ。
「深見美智子って、自主出版で探偵漫画のパロディみたいな漫画も描いているのよ。兄貴。だから犯罪小説みたいな作り話をすることぐらいは容易に出来ると思うわ。」
そう言われて改めて村上弘明は写真で撮られた手帳の画像を見てみた。だいたいもとの手帳もないのだし、手帳があったとしてもそれが本当のものかどうなのかはわからない。そうすると、この呪文めいた文句は深見美智子みずからが作ったのだろうか。
「こてにきうけおでぃう」
村上弘明はその手帳の画像を見て同じ文句を繰り返してみた。
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