私と外国人夫のいきあたりばったりライフ in 日本 -74ページ目

私と外国人夫のいきあたりばったりライフ in 日本

旧・「私と外国人夫…って私も外国人 in ニュージーランド」。
オーストラリアで出会ったアイリッシュの旦那さんとニュージーランドで7年弱住んだ後、2020年8月に日本に移住してきました。

昨日小学校時代からの友人と


飲み会がありました。


私はフル参加は出来無かったけど


途中参加してきました。


クラス会と言うよりも


仲の良い者同士の集まりでした。


しかも男性10名、女性2名という


極端な感じ(笑)


ママになってたり、仕事だったりで


女性陣は参加出来なかったようです…しょぼん


去年ぶりの友人もいれば


中学校卒業以来の15年ぶりに会う


友人たちもいました。


でも仲の良い友人だっただけあり


そんな気がしないから不思議。


私が「皆変わってないなぁ~」と連呼する中、


Nちゃんが「レプラなんか変わった気がするー」と一言。


彼女が知る私は、そこらへんの男子より髪の毛の短い


15歳の私だったからです。


そりゃ、化粧して髪伸ばして年取ったら


少しくらい変わってもらわないとね。



Nちゃんは去年11月に入籍したらしく


今日の今頃は式場の見学に行ってるはず。


飲み会に参加してた半数は


既にパパになっていて


奥様の出産に立ち会った話などしてました。


このメンバーで子育ての話をする時がくるなんて


思ってなかったけど


30歳って、そういう年代なんだなぁって


しみじみ思いました。



帰ってきてから母にその話をすると


「ほらキミマロが言ってたじゃない。


60歳になったら薬の話になるって…。」


と数年後にある母の同窓会では薬や年金の


話題が出ること必至のようです。



この飲み会を毎年恒例にするらしいので


帰国した時は参加出来るといいな音譜

また続きです。



ヒーヒー言いながら分娩室に移動。


途中足の位置を変えるように言われ


「痛くてちょっと今は無理です」と訴えると


助産師さんに


「今は陣痛の波来てないわよー。」と冷静に返され


陣痛の間も余韻の痛みでヒーヒー言ってることに


気づきました(笑)


分娩室に入って数時間かかるものと思っていて


この痛みに数時間耐えられるんだろうかとビビりましたが


20分と短い時間で産むことができました。



出産後、兄と母が入ってきて赤ちゃんの撮影会が始まりました。


旦那さんは赤ちゃんと手を繋いだまま離さず


とっても嬉しそうにしていました。



分娩室で2時間程過ごし


病室に移って即ディナー…。


デザートにケーキと言う豪勢な病院食でした。


思わず写真を撮ったほど。



出産時にビックリするほど


出血量が無かったみたいでしたが


やっぱり貧血による息切れは


経験したことのない位で


当日ベッドから起き上がるのにフー、フーと


呼吸を整えながら、旦那さんに支えられながら


やっと起き上がれる感じでした。



出産を英語で「labor」と言うのも充分過ぎるほど


納得出来ました。


本当に大仕事でした。



無事に産まれてきてくれて


本当に良かった。



出産を終えて、旦那さんに


「お母さんに電話して、


産んでくれてありがとうって


言った方がいいよ」と伝えましたにひひ



素晴らしい経験をさせてくれた


息子君にも心から感謝です。

続きです。



陣痛室というか空いてる病室で


「その時」が来るのを待っていました。


お腹を壊してトイレに行きたいときの


ピークの痛み、という感じでした。


とっても痛いのですが、


生ガキで2度も食中毒にあたり


家中転がりまわった父に


「お父さんなら出産耐えられるよ」と何故か


上から目線なコメントまで出ちゃう程


まだ余裕がありました。



相変わらず陣痛の間隔が一定にならず


それでも朝の4時から痛みに耐えてるのだから


分娩が近づいてるものと信じていたのですが


ランチ後、内診を受けると子宮口は5㎝になっただけで


入院してからほぼ何も変わってませんでした。



先生に促進剤を打つか、


いつになるか分からないけど


このまま待つか決めてください、と言われました。


しかも看護師さんたちが帰ってしまうので


促進剤を打つなら「今だけ」と完全に


病院の都合に合わせなくちゃいけない


決断を迫られたので、天の邪鬼な私は、


そんな理由で医療行為を受けたくないと思い


少し考えてから、このまま待ちます!と


促進剤を断りました。



少ししてから、先生ではなく担当の助産師さんが


病室に入ってきて


陣痛が長くなると分娩時に体力が持たないから、と


助産師さんの素手で陣痛の波に合わせて


子宮口をこじ開けてくれました…。


(↑もちろん私が同意した上で。)


ちょっと前5㎝だった子宮口が一気に8.5㎝になり


10時間耐えた痛みとは比べ物にならない程の痛みが


襲ってきました。


せっかく開いたから階段の上り下りをして


その状態をキープしてと言われ


旦那さんの付き添いの下、1階分を一往復…。


その後、お産を進ませるため人工的に破水。



病室に戻ったもののベッドまで這いあがれず


床に膝をついたまましばらく陣痛に耐えました。


苦しんでる様子を動画撮影する旦那さん。


撮っていいか聞かれたような記憶もあるのですが


陣痛中はそんなことどうでも良くなります。


髪を振り乱し、歪みきった顔も今はいい思い出です。


その後、ヨロヨロと分娩室に移動しました。




引っ張りますが、次がラストなのでお付き合いを音譜