出産当日の話② | 私と外国人夫のいきあたりばったりライフ in 日本

私と外国人夫のいきあたりばったりライフ in 日本

旧・「私と外国人夫…って私も外国人 in ニュージーランド」。
オーストラリアで出会ったアイリッシュの旦那さんとニュージーランドで7年弱住んだ後、2020年8月に日本に移住してきました。

続きです。



陣痛室というか空いてる病室で


「その時」が来るのを待っていました。


お腹を壊してトイレに行きたいときの


ピークの痛み、という感じでした。


とっても痛いのですが、


生ガキで2度も食中毒にあたり


家中転がりまわった父に


「お父さんなら出産耐えられるよ」と何故か


上から目線なコメントまで出ちゃう程


まだ余裕がありました。



相変わらず陣痛の間隔が一定にならず


それでも朝の4時から痛みに耐えてるのだから


分娩が近づいてるものと信じていたのですが


ランチ後、内診を受けると子宮口は5㎝になっただけで


入院してからほぼ何も変わってませんでした。



先生に促進剤を打つか、


いつになるか分からないけど


このまま待つか決めてください、と言われました。


しかも看護師さんたちが帰ってしまうので


促進剤を打つなら「今だけ」と完全に


病院の都合に合わせなくちゃいけない


決断を迫られたので、天の邪鬼な私は、


そんな理由で医療行為を受けたくないと思い


少し考えてから、このまま待ちます!と


促進剤を断りました。



少ししてから、先生ではなく担当の助産師さんが


病室に入ってきて


陣痛が長くなると分娩時に体力が持たないから、と


助産師さんの素手で陣痛の波に合わせて


子宮口をこじ開けてくれました…。


(↑もちろん私が同意した上で。)


ちょっと前5㎝だった子宮口が一気に8.5㎝になり


10時間耐えた痛みとは比べ物にならない程の痛みが


襲ってきました。


せっかく開いたから階段の上り下りをして


その状態をキープしてと言われ


旦那さんの付き添いの下、1階分を一往復…。


その後、お産を進ませるため人工的に破水。



病室に戻ったもののベッドまで這いあがれず


床に膝をついたまましばらく陣痛に耐えました。


苦しんでる様子を動画撮影する旦那さん。


撮っていいか聞かれたような記憶もあるのですが


陣痛中はそんなことどうでも良くなります。


髪を振り乱し、歪みきった顔も今はいい思い出です。


その後、ヨロヨロと分娩室に移動しました。




引っ張りますが、次がラストなのでお付き合いを音譜