私の住んでる町には、週に一回ファーマーズマーケットというものがあります。

主にダウンタウンにあるお店(レストランやお菓子屋、服屋など)が道路に出店を出してたりー

近郊の農家が果物や野菜を売っていたりー

というものです。


私と彼氏は毎週行ってまして、先週たまたま行ったお店に、ストロベリーケーキがあったんですね。
もともとティラミスを買うつもりだったんですけど、彼氏がティラミス買うしなーと思って、

これにしようかなぁ

おいしいかなぁ

と言っていたら、お店のおばちゃん(イタリア人)が


「凄くおいしいわよ!」

「買って損はないわ!」


と強く勧めてきたので、じゃあこれにします(´∀`*)と乗せられまして(笑)

でもそれがほんとにおいしかったんですよ!うわー!おいしー!って幸せだったんですね。


で、今日もまたファーマーズマーケットに行った時に「またあのケーキ食べたいなぁ」って言ってたら、またそのお店にあのストロベリーケーキがあるのを見つけて。

買ったんですね(笑)

その時に、「Hi!」って言って、おばちゃんも「あっ」みたいな顔で「Hi!」って返してくれて、あれ?覚えてくれてるのかな?って思いながら、「これくれますか?」って言ったら、おばちゃんが「気に入った?」って聞いてきまして。

「すっごく気に入りましたー。大好きです(´∀`*)」って返したら

「言ったでしょー。おいしいって言ったでしょー」って返してくれて。


わぁ、覚えてくれてるんだーって思って、凄く心がほっこりしました(´∀`*)


小さな町だからこそ、お店の店員さんが覚えてくれてることは結構あって。

スーパーの店員さんも覚えてくれてて。

日本人だから余計覚えてくれてるのかもしれないけど、日本の都会じゃああり得ないことだよなぁって思って。


またいっそうこの町が好きになりました(*´ェ`*)
さて、私は語学学校に通っていますが(現在進行形)初めての登校日や、最初の頃などの様子をちらほらと。

最初の日は、校長による軽い説明のようなものがあったのですが、さっぱりわからなかったですね!えぇ!清々しいほどに!


何言ってんのこのオッサン( ゚д゚)ポカーン


その程度のレベルだった私は、もちろんビギナーズクラスから。

先生もゆっくり喋ってくれているのか、なんとか授業にはついていけたものの、Phrasal Verbsなるものが私の前に立ちはだかりました…(;ω;)

いわゆる熟語というものでしょうか?同じ単語でも後に続く前置詞によって意味が変わるというものです(例えば「hang on(服などをかける)」「hang up(電話を切る)」「hang out(友達などと特別なことをせず時間を過ごす)」など、同じ「hang」でも後に続く前置詞で意味が全く違うんですね)

まぁ細かいことは英語カテゴリで書くとして。その他には基本文法を習いましたかね。



初めての日の休憩時間に、台湾人と中国人の男の子が話しかけてきました(後にこの台湾人の子は重要人物になります)

彼らは私に「どこに住んでるの?」と聞いてきたようですが、質問の意味が全く分からなかったのです。言ってることはわかっても、意味が。

だって、この町の学校に来てるのだから、この町に住んでるに決まってるじゃない。と思っていたのです。


しかしさすがそこはど田舎。


なんと違う町(車で30分とかバスで一時間半とか)から来てる子もいることを後で知りましたΣ(*・д・ノ)ノ

しかしその時はそんなことも知らず、しかも来てすぐだったので何が近くにあるかとかさっぱりわからず、適当に道の名前なんかを言ったりしてましたが、理解してもらえず…。

結局彼らはたまたまそばにいた校長に聞いて、私がこの町に住んでることを知りましたが、あの時は本当にがっくりきましたね…自分の英語のできなさに…。



この語学学校は本当にたくさんの国から生徒が来ているのですが、私のいたビギナーズクラスは、私ともう1人の日本人(この子も重要人物になります)、台湾人1人に中国人が1人、ホンドゥラスから1人という、基本的にアジア系で構成されていましたね…(´∀`;)

それもそのはず、ヨーロッパから来る人たちは、大抵英語のできる人たちなのです。なのでビギナーズクラスには英語のできないアジア系が集まるというのは必然なのですね。


何はともあれ、初日は「がんばろう!」という気にさせられたのを覚えています。
思いがけずホストピアレンツからの拒否反応を受け、私は自分が何をしたのか考え続けました。


そういえばシャワーが長いから5分で終わらせてくれと言われたな…(私の住んでる町は雨があまり降らないので水代が高い。私は通常15分。長くて20分)

来た当初から「自立するんだ」と何度も言われて来たけど、一向に自立する気配のない私の面倒を見切れなくなったのかな…。


など、考えたのですが、これ!というものが思い当たりません…(-ω-;)

後に校長が彼らにホスト代を2ヶ月支払っていないというのを聞いた時(これについては後日)、もしかしてこれのせいかな?と思ったのですが、私が半年だけ校長に支払っていたのを知っているので、直接払う方法に変えればいいだけである。

実際発覚時に、残りの分を直接払ってくれないかと提案されました(その分は校長に支払ってあったので何もできませんでしたが)


結局今でも理由は見当たりません。彼らの言うことを素直に信じれば「新しい経験をしてほしい」ということでしょうが、最初に言われたことと真逆のことを言われ、尋ねた時の態度も「申し訳ないけど」的な感じだったので、拒否されているとしか感じられなかったのです。


友人のホストファミリーは生徒を受け入れるのが初めてで、しかも少し学校から離れた所に住んでいたため、友人を毎日学校まで車で送り迎えしていました。
そういったことから「ホストファミリーになるのは大変」と気付き、それ以降はもう生徒を受け付けていません。

しかし私のホストファミリーは、今までに何人もの生徒を世話したことがあるので、これには当てはまらない。




これらのことから、私が何かをした(水代とか?)に加え、私が心を許しすぎたのかもしれない、と思うようになりました。

ちょっとそんなに中に入ってこられても困ります…ヾ(;´Д`A 的なw


私の持論ですが、アメリカ人と日本人のコミュニケーションの違いというものは

・日本人は出会った時のガードが固い。が、そのガードを超えればそこからは簡単。

・アメリカ人は出会った時のガードは緩い。が、それ以上踏み込むのがとても難しい。

と思っております。

こんな日本人からすると「ガードを超えた!」と思って、仲良しなんだーと勘違いしてしまうだろうと思います(少なくとも私はそうでした。バカでした)
よく「アメリカ人はフレンドリー」と言われるゆえんもここにあるのではと。




しかし心の整理ができていなかった私は、次第にホストファミリーと距離を取るようになりました。ホストファミリーもそれに気付いていたのか、いなかったのか、はたまた彼らも距離を取りたかったのか、こんなことも頻繁に起こりました。

私の部屋は二階にあったのですが、そこで1人で勉強をしていると、ある日一階からホームパーティーのような声が聞こえるんですね。でも出て行くきっかけを失ってしまって、そのまま勉強を続けていたら、誰も呼びに来ることなく夜が終わったり。

家族が晩ご飯食べてても呼んでもらえなかったり(自分から気配を察知して行かなければならない)


最後の一ヶ月は、あまり彼らと過ごさなかったと思います。

かといって、彼らが嫌いかと言われれば全くそんなことはありません。良くしてくれたことにとても感謝しています。

ちょっとそれはどうなの?と思うことはありましたが、彼らに助けてもらったことも本当にたくさんありましたし、いい思い出も作れました。

しかし、あくまでも居候であること(お金は払ってますけど)を忘れず、距離が見計れるまでは相手の様子を窺いながら、かつフレンドリーに過ごすのが一番いいのではないかと、思います。




まぁ、私が世間知らずのバカだっただけだと言えばそれで終わりなんですけどね┗(^o^)┛パーン
アメリカ人は口がうまいし、その時思ったことを言うので、後で気が変わった時も”前に何を言ったかではなく今何を思っているか”で行動するという人が多いように思います。

私もホストファミリーには凄く受け入れてもらい、日本じゃあり得ない!というようなフレンドリーさに感激したものでした。

ホストマザーには悩み相談にも乗ってもらい、すっかり心を許した私は自分のことを何でもぺらぺらと話していたんですね


で、最初は半年だけお願いしていたんですが、一年に延びる可能性があるので、そうなった時もまたここに住んでもいいかということを、来てすぐの時に確認したのです。
すると彼らは「全然構わないよ!好きなだけいて!一年後もまた気が変わったらここに住めばいい」と言ってくれました。

私はすっかりその言葉を信用し、ずっとそこにいるつもりでいました。


しかし、4ヶ月ほど経ちやはり一年に期間を延ばすということを決めた時のことです。

フッとホストファザーに「もう半年ここに住んでもいいかな」と再確認したところ「ひろはそろそろ一人立ちした方がいいのではないか」とか「アイリーン(ホストマザー)と相談してくれ」と言います。

あれ?おかしいな?

まぁホストファザーはあんなこと言ってるけど、ホストマザーなら大丈夫だろうと気楽に考えながらも、やはり少し不安で、でも確認しなきゃいけないし…と思って彼女に聞くと


「それについては話し合わないといけないわ。私はあずきはホストファミリーの世話になるより、自分で生きていく力をつけた方がいいと思うの。ガス代や水代の支払い方、アメリカでの生活の仕方とか、これらを学ぶことは、あずきにとってとてもいいことだから」

「新しいホストファミリーに行くというなら、校長と相談したらいいし、アパートを借りたりルームメイトを探すのもいいわ」

「私たちの家に住むのならそれもいいけれど、新しい経験をしないと」


正直言ってこれは物凄くショックでした。私は盲目的に彼らを信用しており、この先も住めると、受け入れてもらえると信じていたのです。

ちょうどその頃、友達とも色々あったので、もう私はどうしたらいいのかわからなくなってしまいました。


長いので次に続きます。
私のホストファミリーは典型的なアメリカ家庭でした。

ホストファザー、マザーには息子が二人(渡米時で20と23)と娘が一人(19)がいました。

しかしアメリカでは大学入学と同時に親元を離れて生活するのが当たり前。なので、家にはホストピアレンツの二人と私と犬一匹。

ホストブラザーの二人は近くに住んでいるので、たまにご飯を食べに来たり、だらだらしに来たりーと、少なからず交流はありました。
娘はブラジルに留学中で、夏には帰ってくるとのこと。


彼らは本当にいい人でした。
ホストマザーは「あなたはゲストじゃなくて家族の一人だから、何でも好きにしていいのよ」と言ってくれ、何か困った事があるといつも相談に乗ってくれました。
ホストファザーも面白い人で、よく私の面倒を見てくれました。

長男は同い年なので仲良くなれるかと期待していたのですが、凄くシャイで、来てすぐの頃一日だけ英語の練習に付き合ってくれましたが、忙しくてそれ以降は一緒に遊んだりは全くしていません(´・ω・`)

次男は大学の野球の試合を見に行こうと誘ってくれたり、私が音大卒なのを知っているので学生オペラを見に行こうと誘ってくれたりと、とてもいい子でした(´∀`*)
残念ながら多くの時間を過ごす事はありませんでしたが、いつでも話しかけてくれたり、私の英語の間違いを直してくれたり、わざわざ早起きして家まで来て学校に送ってくれたり…。

長女もとてもいい子で、全然英語が話せない私をよく友達の家に連れてってくれたりしました。
もともと私は10代の時に典型的な女子高生のような生活をしていなかったので、どう付き合えばいいのかわからず、とても戸惑ってしまったりもしましたが、アメリカの子はこういうことするんだなーということを学ばせてもらいました。
何かといい思い出です(´∀`*)


私は本当にホストファミリーには恵まれていたと思います。
学校の子たちは私が彼らを大好きなのをとても知っていましたし、うらやましがっていた子も少なくなかったです。

ホストファミリーはもちろん学校側に「こういう家庭がいい」という希望は出せますが、合うか合わないかは運次第です。

特に日本人は気を遣いますからね(´∀`;)

友人はホストファミリーがすぐに彼らの部屋に行ってしまうことに、自分が受け入れられているのか、英語の勉強のためにも彼らともっと話したいのにこれでいいのか、と悩み疲れてしまい、ホストファミリーを変わろうとしていました。

しかしその後彼らに正直に話したところ、「そうだったのね!ごめんなさい」と言ってくれ、それからは彼らは部屋に直行することなく、会話も増えてとてもいい関係になったと言います。

こういうこともありますし、アメリカ人の特性として「気を遣う」ということはあまりありませんので、思ったことは素直に言うべきだと思います。

私もよく「Yes or No!?」と聞かれたものです…(´∀`;)


しかし、まぁ、ホストファミリーとは色んなこともありまして…。この話は続きます。