自己啓発本を読まなくなった話の続きである。
自己啓発本にはまり、ありとあらゆる自己啓発本を読んだ。
でも全く自己啓発本を読むことのない夫の方が幸せそうなのである。
それにだんだん気づいて、夫は自己啓発本を読まないのに幸せそうなのはどうしてなんだろうと思った。
そして気を楽に生きている風に見えるのである。
それはもちろん彼なりの苦労はあるだろうが、ちゃんと正社員の職につき、暮らしている。
私は自己啓発本にはまるあまり、本に書かれてあることをそのまま取り入れようとしてがんじがらめになっていた。
例えば移動時間を無駄だと思い、移動している間のこの時間がもったいないから本を読むべきだとか、そういった方向に真面目になっていたのである。
悪口は言ってはいけないと書かれていたら悪口はほんとに言わなかったし、悪口を言いたくなったとしても吐かないで我慢していた。
自分自身を騙していた結果、何を考えているかわからない人と思われ、いつも優しいと周りに言われるようになった。
逆に「滅多に怒らないよね」とも言われていて、実際自分の中にたくさんのマグマが溜まっているのである。
そのマグマがある日突然爆発したりする。
人の悪口を言わないので一体何を考えているのかわからないと言われだす。
それはどうしてかというと、自分の中ではこういった悪口とか言いたいことがあるにもかかわらず、それを言わないがために相手に何を考えているのかわからないと思われていたのである。自分が本当はこう思っていることを悪口とか愚痴だと思われたくなくて、言い方を変えたり思ってもいないことを発言したりするので相手からしたら何を考えているのか分からないと映るのである。
つまりは本音を隠しているからわからないのである。
私が正社員の仕事をしていた頃は、本当にそのような感じで過ごしていたので私は怒らない人と思われていた。
自分で全部自己完結する人に思われていた。
仕事も全部1人で抱え込む。
目の前の人頼らずに、自分がやるべきだと感じておりそのままにやっていた。
責任感が強いと言われればそうでもあるし、周りを頼らないと言われればそうではある。
なので周りとのコミュニケーションはほとんどとっていなかった。
最低限しかとらない。
だから自分の内を見せないのである。
弱音を吐かない。
つまり相手が助ける隙もない。
私はとても真面目に正義感が強く仕事を遂行していたので、ちゃんと仕事をしていた。
そう言われれば確かにそうである。
しかし周りとのコミュニケーションをとっていたかと言われればそうでもない。
つまるところ仕事を辞めた後でも人間関係が続かない。
職場の人間関係はほとんど関与していなかった。
当たり障りない返事をして挨拶をしていたがそれのみである。
要は周りからは何を考えているのかわからない謎の人と思われることが多々あった。
それは自分が自分の本音を周りに言わなかったからである。
人付き合いが下手と言われたらそうかもしれない。
これを言ったら瞬く間に広まるんじゃないか。
これを言ったら関係が壊れるんじゃないか。
という気持ちが先行して全くもって自分の本音を言う事はなかった。
職場と言うものはそういうものであると割り切って、そこでうまく付き合える人もいる。
職場の人間関係なので全部見せて全部拾おうととするから疲れるのであって、職場は職場で割り切って人間関係を作ることができれば良かったのだろうか。
私はその辺が不器用であった。
本当にとても不器用だったと思う。
相手の言われたことをそのまま鵜呑みにしていたし、冗談も効かない融通がきかない人間であったであろう。
仕事ができるがそういった面では人付き合いが本当に苦手だった。
本当にある意味で神様のような感じで過ごしていた。
でも自分の中では本当にたくさんのものが不満や口が溜まっていたので、それは周りに対する不満であるものでだけどそれを言うことはなかった。
言ったら嫌われると思っていたから。
だけどその不満が溜まりに溜まって、妊娠したと同時にあーもうすぐやめようと思っていた。
今思えば本当に不器用な人間だなと感じる。
職場の人間関係なんてそんなものである。
いろんな人間が集合しているのだから。
合わない人もいて当然である。
けれども付き合っていかなければならない。
同じ職場にいる限りは過ごす時間も長い。
遠い親戚の集まりだなと感じることもある。
他人なのに関わる部分が多いために、関わる時間も多いために、トータルとして関与することが多くなるのである。
自己啓発本をその通り遂行していたつもりの私にとって、効果はほとんどなくむしろ自分を追い詰めた。