昨晩読んでいた本に「水からの伝言」という本から引用があったので
ネットで調べてみた。

賛否両論がすごい。
自分が興味を持った何かに「オカルト」って単語が出てきたのは生れて初めてだ。

「原因と結果の法則」を叩いている記事は見たことないが、
これにもやっぱり批判はあるのだろうか。

学校教育にまで踏み込んでいるのも原因のひとつだろうけど
社員教育に「原因と結果の法則」が引用されるのとか、よくありそうだけど。

あとは文字に意味を持たせたのも
厳しかったのかな。

でも日本の水は日本の言葉と繋がりはある訳だし、
ありと言えばありな感じがする。

自分は「想い」とか「念」って信じるほうだな。
像の鼻とかキリンの首の長さは、それがあってこそだろうから。

そういえばフィギュアの高橋選手が、イメトレを現在完了形でやっていると
ニュースでチラッと言ってたの聞いて色々思い出した。

「念」は必要だろ。
自分の変化に対しては。
相談者で、上司を上、一般職を下と表現している人がいた。

このままではまずいので、
上を上司に置き換え、下を○○に置き換えなければならない。


部下、違う。司令権限があるようだが、評価などの権限はないようなので、しっくりこない。

後輩、もっと違う。

一般職、全然しっくりこない。

何だろ。。。


目の前の席のIさんに事情を説明し相談。


ん~、周り、は?


はっとさせられた。
周りもちょっと変だが、
上との対比ではない答えだ。


分けることが分かること、
という文言の本質が知恵がまだまだ知恵に出来ていないと
気付かされた。

融通無碍、と禅の本にあったのを思い出した。


ユルユルっとシュッの共存共有。


固執と集中との違いを認識すべし。


作戦を変えるのを恐れてはいけない。
今のままであることを恐れないといけない。



変わりたいだけ変わる。
好きなだけ変わる。



自由から本質を示しあぶり出そう。


学生時代の友人に聞かれた

自分でそうありたいと願ってなったものではないがそう言われるのは嬉しい、最初はそう感じた

でも後から考えてみたら、そうありたいと深いところで思ってたな、と自分に深入りするスピードの遅さがあるようだ


質問には、
左右されることはあるよ、だけど目の前のパッと見でトラブルに思えるものは、未来のありたい姿へのステップだと思えるようになっている、
と答えた

プレゼントだ、と答えるのもありだと思った

現在は未来へのプレゼント

でももっと突っ込むと、
現在へのプレゼントだな、未来は現在から想像、創造してるわけだし


プレゼントはプレゼントへのプレゼント


もうちょっと肉付けして、多くの人に語れるこれからのプロセスと場を作り出そう