2017年2月7日14時17分に息を引きとった。
亡くなる2日前から、口からの飲食が出来なくなり、最低限の生食だけを点滴していた。
でも亡くなる前日は多くの時間、眼を開けていて、たまに眼を動かしてキョロキョロしていた。
しかし、もう僕や娘のことはわかっていないようだった。
亡くなる当日の朝のバイタルは、脈拍数と呼吸数が多め、血圧がやや低めだった。
ただし、それほど悪い状態ではなかったので、今日も昨日と同じような日になるだろう、と僕は思っていた。
いつものように娘を駅まで送っていき、スーパーとドラッグストアーで買い物して、約1時間後の11時に帰宅した。
特に変わった様子はない。
そのまま片付けや洗濯をしていたら、リビングの方から声が聞こえた。
妻が久しぶりに何か言ってるのかな、と思った。しかし、それは妻の「あえぎ声」だった。
「アッ、アッ、アッ・・・」
2秒に1回の間隔であえいでいる。
僕はすぐに、妻が最期に近づいていると思った。
12時半、訪看さんに連絡。娘と息子にも連絡した。
僕は「ママ!」と何回も叫んだ。
妻はあえぎ続けている。
訪看さんが到着。今夜が峠と言う。
足の甲にチアノーゼが出始めている。
訪看さんは、妻がタンがからみ、ゼロゼロと苦しんでいるので、吸引器を取りに出ていった。
30分後に吸引器を持って、訪看さんが戻ってきた。
さっそく吸引開始するが、喉のタンは吸引できても、気管のタンは吸引できなかったので、諦めた。
しばらくの間、訪看さんが居てくれたが、大きな変化はないので、何かあれば連絡して、といったん帰った。
14時。「アッ・・、アッ・・」の声の間隔があいてきた。
眼も虚ろに半開き。
子供達はまだ帰って来ない。
僕は子供達のために、ビデオを撮ることにした。
死が近づいている妻に、タブレットのカメラを向ける。
僕はタブレットの画面を通して妻を見る。
苦しそうな息をしている。
呼吸数が1分間に約7~8回に減少。
「アッ、アッ」が「アー、アー」に変わった。
血圧も70~80台に下がる。
まつげに触るも、反応がない。
訪看さんに連絡する。
瞬く間にバイタルが悪化し、魚がアップアップしているような呼吸になる。
これが下顎呼吸なんだろうか。
「ママ、死んじゃうのか」
僕は泣きながらカメラを向ける。
14時17分、最後の呼吸。
「アーッ・・・」と言って静かになる。
妻の瞳から一筋の涙。
ペンライトを眼にあてる。反応なし。
妻は59歳の生涯を閉じた。
肺がん&脳転移が判明してからの闘病期間は、2年3ヶ月間。
ママはよく頑張った。