9/4(火)のこと。
この日は、介護ベッドが午前中に
届く日で、午後に往診の予定でした。
フランスベッドの方が
新品のベッドの部品を運んでくれ、
組み立てて下さいました。
「これで、パパが楽に寝起きできる。」
私はそう思いました。
パパも嬉しそうにベッドのリクライニングを
確認し、これまた新しいPSPを
ベッドテーブルの上に置いて
満足そうでした。
実は、この前日、3日から
少し便秘をしていたのか、
パウチに便が出てませんでした。
でも、ガスは出ていたし、
お腹はちゃんと動く音をしていたので
一時的なものだよ、あまり食べてないからね、
とパパに言って不安がらせないように
話しました。
主治医の先生は、
パパが通院する負担を考えて
この週から往診に切り替えてくださっていました。
この日が最初で最後の往診となりましたが。。
パパは、リビングの椅子に座り
先生と看護師さんにはソファに座って
問診と、診察をして頂きました。
ここ数日、ほとんど食べられない、
足のむくみが激しいこと、
少し便秘気味なこと。
不安なことを話したら、
先生は、腎機能がかなり悪くなっているから
ということはパパには言わずに
「痛み止めの量は思ったより
増えてないんだね。
即効性のある坐薬も処方しておこうか。
明日、持ってこさせるから。
それから、明日から利尿剤を三日間
点滴しよう。
おしっこがでれば、むくみも解消されるだろうから。」
痛みがどんどん増してきていても
一日にオプソを10包以上飲まなかったパパ。
坐薬は少しは痛みを軽減してくれるかな、
と私たちは期待しました。
先生は不安をかきたてないように
対処法を考えてくださり、
とてもありがたかったです。
ほんとなら、入院して、
尿管ステントを入れる、とかに
なるんでしょうが、一時的にしても
そんなことをしたくない、とパパは
思ったのか、拒否しました。
私もパパらしく過ごしてもらい
自然な形で看取りたいと考えていたので
異存はありませんでした。
でも、けして諦めていたのではありません。
パパの言う奇跡を信じていました。
パパが亡くなる、その瞬間まで。
先生も充分私たち夫婦の気持ちを
理解してくださってたので、
パパにはなんでもないような風に
いつものように、
「じゃ、頑張って。
また来週来るからね。」
と仰いました。
玄関まで見送れないパパは
「ここですみません、ありがとうございました。」
と頭を下げていました。
この日から、ほとんど食事は
とれなくなりました。
ウィダーインゼリーをほんの
二、三口飲むくらい。
食べられなくても心配いらないよ、
高カロリー点滴かビオフリー(ポカリみたいなもの)を
点滴しようね。
この日は、高カロリー点滴をしました。
介護ベッドが来た初日にもかかわらず
全然寝られなくて、
私はリビングに娘っこと布団を敷いて
いましたが、何度もパパのとこに行き、
しまいにはベッドの下の床にそのまま
寝ていました。
一時間ないうちに起きて、また寝て、
を繰り返し、気づくと夜が明けて
朝の五時になっていました。
パパが朝の6時を過ぎて
ようやく眠れたのを見て、
安心したのを覚えています。
パパは夜がこわいと言っていました。
この日にその意味が少しだけ
わかった気がしました。
iPhoneからの投稿