「正義と平和を混同してはならない」
みなさんはこれを読んで、意味が分かるだろうか。
私は、はじめこの言葉の意味が分からなかった。
でも、破綻国家と化したソマリアへの国連PKOおよび
多国籍軍の「人道的介入と人道的干渉」を
勉強したとき、私のあたまを悩ませる言葉となった。
本当に大まかに述べると以下のようになる。
意外と知られていないが、
ソマリアは、ソマリ人による単一民族国家である。
言語も宗教も同じ。
しかし、6つの氏族に分かれており、そこから枝分かれした小氏族の集団が存在している。
かつ、二つの植民地が連合して成立したため、
中央集権支配は根付かず、今でも族長支配の伝統が統治に反映されている。
1960年に独立して後、
1969年にはクーデターによりバーレ軍事政権が成立した。
同政権は、冷戦期にアメリカから軍事援助を受けることで、
国際的な支持と武力をもって、統治を可能とした。
しかしながら、もともと国民の支持がなく、
政権の所属する氏族を優位する政治を行ったため、
他氏族の反感をかい、内戦が勃発した。
1991年には、バーレ政権は崩壊し、
マハディード暫定大統領と暫定政府が成立した。
それに対して、
一部の小氏族が、軍事的功績のあった
アイディード将軍を大統領にすべきだとして、
武力攻撃を開始した。
こうして、ソマリアでは、
①マハディード派VSアイディード派
②亡命していた旧バーレ政権の権力回復闘争
③ソマリア各地での氏族政治集団間の抗争
という重層的な対立が繰り広げられ、国家が破綻した。
さらに、同時期に起きた干ばつにより、
大飢饉も生じ、最悪期には1日3000人が餓死するという、
おぞましい状況になってしまった。
まさに、めちゃくちゃである。
(冷戦期には米ソから武器流入、冷戦後はエチオピアやケニアから武器流入)
そんな状況に対して、
国際社会は「大規模な人間の悲劇」をどうにかしようと
UNOSOMⅠ
UNITAF
UNOSOMⅡ
という3つの時期に分けて、介入あるいは干渉した。
全てを細かく書くとかなり長くなるので、
「正義と平和」に関するところだけ述べる。
米軍を中心とした多国籍軍であるUNITAFは、
国民の支持を得た最大派閥であるアイディード派を優遇しながら、
人道的支援を行ったため、比較的うまくいっていた。
しかし、その後のUNOSOMⅡは、
アイディード派を優遇しない上に、
アイディード派による国連部隊への攻撃殺害事件の多発により、
敵とみなしてしまった。
そうして、米軍特殊部隊がアイディード将軍を逮捕しようと
軍事作戦を開始した。
だが、その特殊部隊にも志望者が出たことで、
米軍は撤退、他国もそれに続いて撤退したため、
国連PKO部隊も撤退せざるを得なくなってしまった。
この先例を受けて、
ベッツという人が
「国連が介入するのなら、正統性の問題は置くとして、
内戦の最大の当事者を支援すべきだ。ソマリアでアイディードを
支援していたなら、ソマリアにはずっと前に平和が訪れていただろう。
正義と平和を混同してはならない」
と主張した。
まあ、
人によって「正義」の意味は異なり、
私自身アイディードやソマリアに関する知識が薄いため、
この事例に関しては、私見を述べることは出来ない。
ただ、
先日友人と観にいった「ワルキューレ」という
映画においても、ヒトラー暗殺をもくろむ主人公に対して、
「勝つ方が正しい」「多数派が正しい」として、
ヒトラーの側に付くのが大半であった。
確かに、短期的な内部のみの安定を考えるとそうなのかもしれない。
しかし、私は何が正義であるかは分からないけど、
人の命を殺める集団や政策には、「NO!」と言える人でありたい。
私は、弱い。
本当に、自分の周りの多数派が人を殺める手段や政策を
肯定している中で、「NO!」と言えるか、かなり不安だが、
それでも「NO!」言える事を切に願う。