今日は、日曜ではないんだけど、
思わず目に付いた記事に
ガーンときた衝動で書いてます!
家についさっき帰ってきて、
なんとなく夕刊を読んでました。
日経新聞の今日の夕刊です。
ハナ・マフマルバフさんという
現在
20歳イラン人女性の映画監督です。
なんとお父さんは、
私が大学2年の時に観た
「カンダハール」を撮った映画監督でした。
そして、なななんと、
このひと本人は、
18歳の時に初の長編映画を撮り、
現在日本で上映中だそうです。
題名は「子供の情景」。
タリバンによって破壊された
バーミヤンが舞台。
なんかどんどん自分と
つながっていくし。
オーディションで数百人の中から
アフガニスタンの子供を起用して撮ったそうです。
6歳の少女バクタイは隣に住む少年が読んでた
面白い本を見て、学校に行きたいと思った。
そこで苦労してやっとこさ
ノートだけ手に入れるんだけど、
途中で年上の男の子達の
「戦争ごっこ」に巻き込まれて…
ハナさんによると、
目の前で戦争を見ているアフガンの子は、
実際の遊びでも暴力性が出て来るそうだ。
この映画、
マジでどうにか観にいこう!!
ただ、この記事の中で
私をこのブログに書きたてたのは、
映画の話ではない。
ハナさん自身のコメントだ。
以下、引用します。
最も嫌いなものは「ボーダー(境界)」。
イラン人であること、
女性であることはすべて他人が張ったレッテルだと言う。
「私自身gは選んだのは、
人間でいることと映画を作ること。
だからこの二つは一番大切なことなんです」
久々に
頭にガーンときた…
この人、カッコいい。
そして、
「人間でいること」の言葉の意味の
答えのなさに頭がモヤモヤする。
たしかに、
【人間でいること】って、
実は当たり前のことではないのかもしれない。
これは、
意識しないと出来ない事に気がついた。
私にとって
「人間でいること」って、
自分以外の人たちに対しても
すべてのレッテル抜きに「人間」として付き合うことで、
自分に対しても
変な枠を作らないで「人間」として接することで、
何かの事象や問題に対しても、
難しく考えようとすればいくらでも難しく考えられるけど、
「一人の人間」として考えることで、
実は、簡単そうで、
私にとってはものすごく難しい。
なんたって
ハイパー頭でっかち聖人ですから苦笑
でも今日、
私の人生の中の曲げたくない軸が
一つできた。
「私は、常に人間でいることを選ぼう。」
う~最近、やることが多くて若干パニクル~
それでも書きますよ~
「週刊JINRO」!
今回のお題はこちら!
「同じ道だけど、
見る景色は違う。
それだけじゃダメなのか」
これは、スカイクロラという映画に
でてくるセリフです。
ちょっと違うかもだけど。
世界から戦争がなくなったけど、
人々は、今も世界のどこかで戦争が起きているということを
感じられないと、平和を保てない。
そこで、大人たちは、
企業同士の「ショーとしての戦争」をはじめた。
戦闘員は、
キルドレというクローンで、
戦死しない限り、年を取らないし死なない、
子供。(中学生か高校生くらい)
戦死をすると、
中身は変わらず、外見と名前が変わって、
同じ基地に戻ってくる。
何度も何度も生まれ変わる。
初めは、気付いていないけれども、
途中で自分の運命に気付く。
毎日通る同じ道だけど、
見える景色は違う。
毎日通る同じ道だけど、
感じることが違う。
それだけではダメなのか。
主人公は、
そう自分に問いかけたうえで、
自分の運命を、何かを変えようと勝負に出る。
さて、
戦闘員じゃないにしても、
もしも人間が、そんなクローンだったら、
どうなるのだろう。
これって、
よくお話にでてくる「不老不死」と
同じだと思うんだ。
初めのうちは、
いろんな生き方を試すかもしれないな。
今回は、芸能界、
今回は、劇団四季、
今回は、旅人、
今回は、映画監督、
みたいな。
でもきっと
初めから、いつでもできると思って
後回しにして努力しないで、
なにもうまくいかないまま、
空しい人生を送りそうだな。
精神が崩壊するかもしれない。
やはり生き物は、
いつか自分が無になると思うから、
輝こう、自分の存在を残そうと思うんじゃないかな。
自分自身だけじゃなくて
他人に対しても思いやりが出るのは、
人生が一度きりだからじゃないかな。
私は、
同じ道、違う景色ではなく、
一度きりの道と景色をただひたすら思いっきり進んで生きたい。
《今日の一期一文》
「名前は、人生で初めての心のこもった贈り物」