今日は、
修論の口頭試問でした◎

口頭試問自体は、
入試の時よりかは成長したみたいで、
落ち着いて受け答えができたかと思います。

そして、
自分自身も足りないと思っていたところを指摘され、
今後につながる口頭試問でした。

でもその後、
修論とは別に書いていた英語論文に関して
A先生にご指導をお願いしたところ、
まあまあはっきりと色々言っていただき笑

今、落ち着いて考えれば
言われたことを理解できるんだけど、
久々に自分、大丈夫かな?と思わず思ってしまった。

ちょっと言われたくらいで
自分がただ甘い環境で甘やかされてきて
全然力のない人間に思えてしまった。

海外に行ったら
A先生みたいな人はたくさんいるだろうに
いちいちヘコんでしまう弱いメンタルをどうにかしたいわ笑

A先生も別に
落ち込ませようとして言ったわけではなく、
力が無いと言ったわけでもなく、
事実を言っただけなんだから。

まあ、ポジティブに捉えれば
危機感のない人間は、あるときには危ういから、
危機感持っただけ良いか。

大丈夫じゃないなら、
大丈夫になるように努力すれば良いだけ。

ああ今日は早めに寝て、
メンタルを回復しよう。

一人の人にちょっと言われたぐらいで
いちいち今までの自分を全否定してたら、
身が持たんし、余計これからやっていけんよ。

しっかり今の自分を受け入れて、
努力するべし。
今日の恩師のお言葉

理想主義を目指しつつ、
今は、現実主義で行動する

どちらかである必要はない
今回は、自分の所属しているBBのブログに載せようか迷ったあげく、
自分のに書くことにした記事を書きます笑

突然ですが、あの有名な宮崎駿の名作映画
「風の谷のナウシカ」に漫画があるのをご存知ですか?
漫画は全7巻からなっており、映画版はその中の主に第一巻を扱っています。
私のバイブルです(^^)

最近、それを何年ぶりかに全部読み直したところ、
その二日後になぜかテレビで映画が放映されていました!
なんとも運命的笑
ただ、新聞のテレビ欄を見た時、違和感を覚えました。

テレビ欄には、ナウシカの項目に対する一言で、
「心優しい少女が教えてくれたこと」と書かれていました。

しかし、ナウシカは格好いいヒロインとか単に優しい人の話ではないのです。
漫画の中で、トルメキアの王がナウシカのことをこう表現しています。

「破壊と慈悲の混沌だ。」

ナウシカは確かに優しい、でも人も傷つける、多くの命を奪いもする。
王蟲もそう、深い友愛の心を持ちつつ、怒りに我を忘れ人を傷つけ、後で泣く。
漫画の最後のシーンの方で、ナウシカは「命」について次のように言った。

「清浄と汚濁こそが生命」

「いのちは、闇の中の瞬く光だ。」

それに対して、旧世界の人々は異なる考えを持った。
かつて世界が自然破壊、戦争で取り返しのつかないことになった時、
人間の愚かさに絶望した人たちが、世界のすべてを取り替える計画をたてた。
腐敗した自然を浄化し、
現在いる戦争や汚濁を繰り返す人間を
賢く争いを好まない、音楽と詩のみを大切にする新しい人間に取り替える計画。

でもナウシカは、問いかける。

「苦しみや悲劇や愚かさは清浄な世界でもなくなりはしない

それは人間の一部だから・・・

だからこそ苦界にあっても喜びやかがやきもまたあるのに」

「生きることは、変わることだ」

人間は、愚かしい。
これは、自分を見ていても感じることができる。
戦争も人間の一部なのだろうか。
戦争がなく、殺し合いもない、
みんながみんな自分の思うように一生懸命生きられる世界というのは、
どうしたらできるのだろうか。

漫画に出てくる旧世界の人々もきっとおなじような思いのもと、
穏やかで争うことのない人間と取り替える計画に至ったのかもしれない。

でも何かが違うと私の中で叫ぶ。
では、どうしたら。
そして、ふと思う。
今までBBは、戦争というものの持つ意味について、
様々な視点を切り出して人に伝えることをしてきた。
でもこれでは、戦争を見せることでしか戦争を予防できないみたいじゃないか。

「スカイクロラ」という映画を思い出す。
この映画では、世界から戦争が無くなった時代を描いている。
しかしその平和は、擬似の平和のもとに成り立っていた。
つまり、戦争を行う兵士用のクローンを人間を作り、
各国で擬似的に戦争を行い、そのニュースを人々に見せることで
平和のありがたさを実感させ、生活に危害を及ぼすような実際の戦争を抑止するというものである。

これは、戦争なくして、人は平和のありがたさを実感できず、
戦争を繰り返してしまうという思想に立っている。

そのための戦争ショーだ。

これも何かが違うと私の中で叫ぶ。
戦争を見せることなしに、戦争をなくすことはできないのか。
個人間の争いやけんかは、そりゃあるでしょう。
人の好き嫌いもあるでしょう。人間は、清浄と汚濁、両方を持っている生命なのだから。
でも、戦争はやっぱり悲しすぎる。どこまでいっても悲しすぎる。

戦争を伝える、見せることなしに、
そして個々の多様性を認めた上で、
個々が思うように一生懸命生きることのできる世界を目指すっていうのは、
どうしたらいいんだろう。私たちには何ができるんだろう。

ヒントは、きっと、
誰もが戦争の実態を知って、うわっと思うとは限らないこと。
戦争が悲しすぎると思うには、その逆を知っているからこそではないか。
そういう素地があるのではないか。

宮崎駿の「ポニョ」が今までの作品と何か違うのは・・・
しったかし過ぎかな。
風の谷のナウシカ、もののけ姫、等等
宮崎駿の描いてきた作品には、いつも葛藤がある。

そんな中でよく出てくるメッセージ。

「ともに生きよう」

この言葉の意味することは、なんなのだろう。

BBの今後の活動、自分自身の今後目指して行くもの、
なぜか漫画という二次的なものからもんもんとし、
つれづれなるままに書きました。

だれか、ともに考えて笑