すくらんぶるアートヴィレッジ -3ページ目

すくらんぶるアートヴィレッジ

             ●▲■●▲■●▲■●▲■

鐘楼音マトペ(23)ゴジラ①
・・・10月になりました。突然ですが「ゴジラ」します!
https://www.youtube.com/watch?v=F_1FnUxXk8E
https://www.youtube.com/watch?v=zEHK82NBwp0
『ゴジラ-0.0』山崎貴監督、キングギドラの登場に感慨★「55年かけて叶った」NY映画祭でワールドプレミア
山崎貴監督による『ゴジラ-1.0』(2023)の続編となる『ゴジラ-0.0』が、第64回ニューヨーク映画祭でワールドプレミアを迎えた。前作『ゴジラ-1.0』は世界的に高く評価され、第96回アカデミー賞視覚効果賞を受賞した。『ゴジラ-0.0』は、前作から2年後の1949年が舞台であること以外、ストーリーの詳細は伏せられており、世界中のファンの間でさまざまな予想が飛び交っていた。上映が始まり、客席が最も沸き立ったのは、東宝の「ゴジラ」シリーズで幾度となくゴジラと激闘を繰り広げてきたライバル★「キングギドラ」の登場だ。キングギドラは『三大怪獣 地球最大の決戦』(1964年)で初登場した際、黒部峡谷から飛び立ち、松本城の上空を通過した。松本出身で“同い年”の山崎監督にとって、キングギドラの登場は念願だったという。「約55年かけて、幼少期から思い描いていたキングギドラを登場させることができました」と、山崎監督は万感の表情で語った。神木は現地時間9月24日(木)、ロサンゼルスで大リーグ★ドジャース―パドレス戦の始球式を務めてから現地入り。始球式では、映画にちなみ「-0.0」の背番号で登場した。ワールドプレミアでこの経験を振り返った神木は、「信じられないことが立て続けに起こっています」と興奮の面持ちで語った。3人は観客とともに作品を鑑賞。神木は、「スタンディングオベーションの圧が凄かったです。なんだか胸に★グワーッときました。『ゴジラ-0.0』は★11月3日(火・祝)に日本全国で公開され、11月6日(金)の北米を皮切りに、ラテンアメリカ、ヨーロッパ、アジア、中東、オーストラリアなど全世界で順次公開される。The Hollywood Reporter Japan 特派員:鈴木
★全米大ヒット中の『ゴジラ−1.0』監督★山崎貴と★養老孟司が初対談
★70周年を迎えるゴジラは、なぜつくられ続けるのか?
https://www.pen-online.jp/article/014855.html
山崎/『ゴジラ-1.0』をつくり終わったとき、ゴジラは神様とも獣ともつかない、両方を兼ねた存在なんじゃないかなと感じました。ただのエンタメだと、70年も残っていないような気がします。これだけの時間を乗り越えてきたのは、日本人特有の宗教観とどこかでつながっていて、ゴジラ映画をつくる行為は、海から祟り神が出てきちゃったから、みんなでお祀りして鎮める神事なんじゃないかなと。
――海外のモンスター映画とは違いますか。                                            
山崎/アメリカのシナリオのシステムでいうと、怪獣がなぜ襲ってくるかを説明しないといけないんです。アメリカの核実験で焼かれて怪物になった生物が、なぜ日本にくるのか。それを説明するのがハリウッド的脚本なんですが、日本の怪獣映画は★「来てしまいました」と素直に受け入れる。
養老/まったく、その通りだと思います。宗教そのものじゃなくて、★宗教的なものですね。宗教だと、なにについても定義するところがあるんだけれど、そうじゃなくて、怪獣には日本人が心情としてもっている視点が込められている。形がハッキリしていて目に見えるものじゃなくて、災害の爪痕や歴史的に日本にある空気のような、うまくいえない形にならないものがゴジラになった。そんななんとも言えない★ボンヤリしたものがゴジラです。
山崎/ああ、ボンヤリした存在ですね。
養老/それでも、みんな素直に受け入れている。それでいいんじゃないですか。現代って物事をボンヤリさせないという悪い癖がある。なんでも★キチンと説明しようとするから、疲れちゃうんです。ゴジラは、「ゴジラみたいなもの」という★漠然とした説明でいいんじゃないですか。
山崎/たしかに説明できないのは大事かもしれませんね。 
養老/「ゴジラをつくり続けているのはなぜ?」と聞くとしたら、「なんでお祭りをやってるんですか」と質問するようなものです。★やらなくてもいいんだけれど、やっぱりやろうという人が一定数いるし、参加する人もいる。だからお祭りをやる。★お祭りをして、怒る人はあんまりいないと思います。
山崎/『ゴジラ-1.0』の製作を始めたら、コロナ禍があったりウクライナの戦争が起きたり、祟り神が憑いている感じがしたんですよ。ですから僕には、撮影は祟り神を祀って鎮めているような思いもあったんです。いま、お話を聞いていて、★日本人にはそういう感覚が備わっているのだなと思いました。
#浄厳院国際芸術祭2026

鐘楼音マトペ(22)良寛②
・・・足で考える~アタマで考えるよりワタシにはふさわしい!ということで「良寛展」に行って来ました。とりわけ「天上大風」を観たくて~細くて柔らかくて見えにくい(わかりにくい)ので解説をたよりにじっくりゆっくり鑑賞させていただきました。クタクタになった私を良寛さんは大笑いされていることでしょう~
★細見美術館
606-8342京都市左京区岡崎最勝寺町6−3/075-752-5555
実業家・日本美術コレクター細見古香庵(1901−79)に始まる細見家三代の蒐集品を基礎として、1998年に開館しました。
https://www.emuseum.or.jp/exhibition/ex094/index.html
2026年9月12日(土)~11月8日(日)特別展「良寛さん ―その人と禅―」を開催いたします。良寛(1758 ~1831)は、越後出雲崎(現・新潟県三島郡出雲崎町)の名主の長男として生まれながら、出家して清貧を貫いた禅僧です。草庵で独り厳しい生活を送りつつ、子供と戯れ、友と交わり、多くの漢詩や和歌を残しました。殊に、その書は★「日本書美の極致」とも称えられるほど、芸術性が高く独創的なことで知られています。
★縦書き文庫/「良寛の書」文:北大路魯山人
https://tb.antiscroll.com/novels/library/21507
★「哥座美学研究所」世界最大・最長たて書きウェブサイト
http://www.utakura.com/
縦書き良寛 http://ryoukan.utakura.com/
★モリサワ
556-0012大阪市浪速区敷津東2-6-25/06-6649-2151 
https://www.morisawa.co.jp/
文字を通じて社会に貢献する。人々をとりまく環境はアナログからデジタルの時代へと大きく変革しました。その大きな変革を越えても、なお「文字」は人々にとって重要な役割を担い続けています。そんな普遍的な存在の「文字」を通じてモリサワは、人々の生活をより豊かに彩るために、これからも取り組み続けていきます。
★良寛(本明朝用)の特徴/
https://www.morisawa.co.jp/fonts/specimen/detail/973
「良寛」は、禅僧・良寛の墨跡を参考に、文字の骨格を作りだした独創的なかな書体です。仮想ボディに対して横長の文字もあれば、縦長の文字もあり、その文字の有り様はまるで自由闊達といわれた良寛そのもの。デザインに動きが欲しいとき、遊び心を加えたいときに効果を発揮します。
★TA好恵の良寛さん6書体
https://designpocket.jp/font/detail/25435
グラフィック・デザイナーとして活動する小原好恵による江戸時代の禅僧『良寛』の臨書を元にした書体です。「TA好恵の良寛さん(M/DB/B)」と「TA好恵の良寛さんPen(M、DB、B)」の6フォントセットになっています。
#浄厳院国際芸術祭2026

鐘楼音マトペ(21)良寛①
★良寬ワールド
https://ryoukan-w.info/
18~19世紀に生きた日本人の「良寬さん」は、新潟県の山中の簡素な草庵に住み、托鉢だけで生きた宗教者です。自分の欲望を抑えて清貧に生きるとともに、慈愛の心で多くの人々と接し、貧しい農民たちに寄り添い、救済したのです。時には子供たちと毬つきやかくれんぼをして遊んだり、すばらしい漢詩、和歌、書を創作しました。
★良寛と宮沢賢治/音風祐介(?)
http://www.hi-ho.ne.jp/karonv/ryomiya.htm
二人にはかなり重要な共通点がみられます。良寛は禅の曹洞宗の開祖★道元の本を読み、それに影響を受けた生き方をしてその生活の中から漢詩などの独特の芸術を創造しています。それに対して、宮沢賢治は日蓮宗の影響を受け、彼の童話は法華経を熟読しその信仰の中でつくられた文芸です。良寛と宮沢賢治は創作の原点で相当近い所にいたと考えることもできます。法華経は平安時代・最澄によって建てられた比叡山延暦寺では最も重要視された経典ですし、源氏物語は一説によるとこの★法華経の小説化であるとも言われます。法華経は真理を説いた経典で、森羅万象のありのままの姿の中に真理はあらわれているのであり、移り変わる無常のこの現実世界こそ、宇宙にある永遠の生命そのものが変身した姿であるにもかかわらず、普通の人は欲望などの煩悩に妨げられて正しく見ることが出来ないとしています。
★宮沢賢治と沙門良寛~北国の生んだ二人の法華者/著★北川省一1986年6月刊
「雪渡り」は、宮沢賢治の創作童話。狐の幻燈会に招待された子供たちと子狐たちの交流を描いた物語。1921年(大正10年)の12月と翌年の1月に『愛国婦人』誌(賢治の母が会員の愛国婦人会が発行)に掲載された賢治★デビュー作である。賢治は本作で5円の原稿料を得たが、これは生涯に賢治が手にした唯一の原稿料であったと伝えられている。なお、賢治は掲載された雑誌から切り抜いた本作に推敲の手を加え、現行「【新】校本宮澤賢治全集」(筑摩書房)では雑誌掲載版と、手入れを施された後の二種類の本文が掲載されている。一般に流布しているのは手入れが施された後の本文である。何度かラジオドラマ化されている。1988年★北村想が「雪をわたって…私たちはあの日森へいってみた 」として翻案し戯曲化した。
★雪をわたって・・・ 私たちはあの日森へいってみた/★北村想
https://suiseidou.cool.coocan.jp/kitamura1.html
宮沢賢治の童話「雪わたり」を枠にして、同「注文の多い料理店」や「セロ弾きのゴーシュ」をはじめとした数話のエピソードを一つの箱に収めた戯曲。もちろん、賢治童話の再話ではないので、いったい何のことだかチンプンカンプンな物語や、まったく別のお話が混線していたりと、ナンセンス風味が盛り込まれている。狐の学芸会に招かれたケルルン博士が語る、素粒子の不思議な振る舞いと世界の成り立ちについての印象深い講義で終幕となる。
★雪をわたって・・・月のあかるさ-宮沢賢治作品集より-/★北村想
「雪をわたって」の改稿作。小劇場らしいハメのはずれた味わいが加味されているが、逆に賢治らしいしなやかな厳粛さも増している。枠となっているのは、今度は「雪わたり」でなく、吹雪の山で遭難しかかっている兄妹の情景。やはり賢治の「ひかりのすあし」を北村が奔放にアレンジしたものらしい。まるで全編が命の灯火の消える間際に妹の見た夢であるかのような印象さえ受ける。本作で第24回紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞。
★北村想(1952~)劇作家・演出家
https://akamana.com/manako/mp3/so_mp3.html
『雪をわたって…第二稿・月の明るさ』を作・演出したことで、第24回紀伊國屋演劇賞個人賞(1990)を受賞している。ほか、代表作として『想稿・銀河鉄道の夜』『悪魔のいるクリスマス』などがあり、これらは日本の小劇場演劇の新たな形を作っていった作品として知られている。
★新刊・古書店 henn books
460-0007名古屋市中区新栄1丁目6-3 シャインビル2F
https://hennbooks.store/
https://manabibunko.or.jp/index.html
2025年11月23日から劇作家★北村想さんからいただいた古書で本棚を一部構成し、その古書を販売しています。
https://note.com/manabibunko
・・・「核心」にふれたくて行脚すればするほど「確信」からほど遠く「革新?」かと思うほど予期せぬ情報や無駄な?知識に振り回され収拾がつかない、やはり?足で考えるしかない。「花巻」への旅を決心したことは正しかったとつくづく想うこの頃。
#浄厳院国際芸術祭2026

NEW-SEUM(108)旧上野市庁舎 SAKAKURA BASE②
★伊賀白鳳高校
518-0837三重県伊賀市緑ヶ丘西町2270-1/0595-21-2110(代)
http://www.igahakuho.ed.jp/index.html
平成21年4月に開校した総合専門高校、3つの専門高校(上野工業高校・上野農業高校・上野商業高校)が集結し、工業科・農業科・商業科・福祉科の4分野の中に、7学科11コースを設置しています。
★50年前のいす/伊賀白鳳高生が修復、庁舎設計者がデザイン
https://ameblo.jp/kenchiku-zokei/entry-12289977249.html
伊賀市役所で使用するいすの修復を申し入れ、作業を終えた伊賀白鳳高校の生徒たちが2017年7月5日完成報告した。修復したのは、庁舎の設計者★坂倉準三(1901‐69)デザインの事務用「小いす」と「中座いす」の各1脚。2月から解体作業を開始、本体木材部分やすり掛け後、ほぞ組の緩んだ部分を分解して接着剤で補強。汚れや傷がある座面は、黒ビニール皮とオレンジ布に交換、クッション性が失われたウレタン材も新調した。★建築造形部に所属する21人のうち男女12人が訪問。副部長の室佑磨君は「手縫いなど繊細な作業に時間がかかってしまったが、とてもいい体験になった」と述べた。
★坂倉準三建築研究所/伝統とともに未来へ歩む「天童木工」
https://www.tendo-mokko.co.jp/designers/7
★長大作/坂倉準三建築研究所の低座イス
https://nipponproud.jp/43466/
長大作は坂倉準三建築研究所に所属していました。二人は日本のモダニズム建築の発展に大きく寄与し、特に長大作は「低座イス」などの名作椅子をデザインしました。
★伊賀白鳳高生が壁画アート/愛宕神社参道沿いに名所など描く2020年8月
https://www.chunichi.co.jp/article/101817
伊賀白鳳高校★美術部の生徒十六人が、愛宕神社参道沿いにある上野桑町の民家の塀に壁画を描いた。風情ある参道に立ち寄れるスポットをつくろうとの思いを込め、四日間かけて伊賀上野城や俳聖殿など市内の名所を完成させた。「地域になじみたい」と、塀の活用を市に持ちかけたのがきっかけ。「プロとはひと味違う、親しみやすい絵を」という妻(66)の要望を受け、同校美術部が手掛けることになった。壁画は縦一・二メートル、横一六・五メートル。デザインは部員が考案した。現地でスケッチした下描きを基に、綿密なタッチで描き込まれている。
★伊賀市にぎわいパートナーズ
518-0873三重県伊賀市上野丸之内500ハイトピア伊賀3F
https://iganigiwai.com/?p=490
★DOCOMOMO Japan
https://docomomojapan.com/
docomomo(Documentation and Conservation of buildings, sites and neighborhoods of theModern Movement
1988年に設立された非営利団体で、近代建築の記録と保存を目的とする国際学術組織。「モダン・ムーブメントの建築」とともにある豊かな未来を目指して活動しています。
★日本イコモス国内委員会
https://icomosjapan.org/icomos/
国際記念物遺跡会議(International Council on Monuments and Sites)
文化遺産保護に関わる国際的な非政府組織(NGO)。記念物保存に関する国際機関を設置しようという構想は、1961ユネスコ本部での第8回国際記念物委員会で生まれ、1964年ヴェニスでの第2回歴史記念建造物関係建築家技術者国際会議で、記念物と遺跡の保存と修復に関する国際憲章(「ヴェニス憲章」)が採択され、国際的に実現していく組織として、ICOMOS設立が決定されました。ユネスコ本部での第13回総会で補助金の支出が決められ、ICOMOSが1965年に設立されました。1965年6月、クラクフ(ポーランド)で国際イコモスの第1回総会が開かれました。2017年5月現在の参加国は153カ国以上で国内委員会が各国で組織され、文化遺産保存分野の第一線の専門家や専門団体が様々な活動を行っています。
★マル・アーキテクチャが旧上野市庁舎を改修/高野洋平+森田祥子/一級建築士事務所
https://maruarchi.com/%e4%bc%8a%e8%b3%80%e5%b8%82%e6%97%a7%e4%b8%8a%e9%87%8e%e5%ba%81%e8%88%8e%e6%94%b9%e4%bf%ae/
・・・来年★2027年4~5月に予定されている?「榊莫山展」で「SAKAKURA BASE」を訪問するのが今から楽しみです。
#浄厳院国際芸術祭2026