解禁オノマトペ(75)オノマトペ三段活用②
★サザレ→ザレ→ザリ→ジャリ(大言海)⇒オノマトペ「ジャリジャリ」「がりがり」「ザラザラ」
★さざれ石公園/503-2503岐阜県揖斐郡揖斐川町春日川合
https://www.town.ibigawa.lg.jp/site/kankou/2397.html
1 小石。また、小石に砂のまじったもの。ざり。「―道」「玉―」「―トラ」
2 《劇場・見世物小屋などで見物の子供をさしていったところから》子供。
3 《小石や白砂を敷きつめたところから》江戸時代、奉行所の一区画で、町人・百姓などが着座する所。
江戸初期には、おおまかに言えば、《砂利》を指す語として「ごろた」(「ごらうた」「ごろうたらう」)類と、「じゃり」(「ざり」)類があり、前者は関西地域、後者は関東地域に分布していたと見ることができます。それがやがて、漢字表記「砂利」とともに「じゃり」類が勢力を伸ばし、共通日本語としての地歩を占めるに至ったものと見られます。「じゃり」の語源については、古語の★「さざれ」と同源と見るのがよいでしょう。ただし「さざれ」も「ざり」も、ともに「さらさら」「じゃりじゃり」という★擬音語から出たものと考えられます。しかし、これとは別に、「さざれ」から「ざれ」が生まれたものと見て、「さざれいし」が「さざれし」から「さざれ」と短縮の道を経たのちに、語頭が脱落して「ざれ」に変わり、それがさらに「ざり」「じゃり」に変化したと解釈することもできます。いずれにせよ、「砂利」は漢語ではなく、中世末期から近世初期のころに、★和語の「ざり」を表す熟字として案出された〝漢語めかし〟の和製漢字表記ということになったと考えられます。あたかも本来の漢語であったかのような趣があります。「じゃり」がのちに共通日本語になったのは、★江戸語の流布ということと相まって、この漢字表記が土木建築資材としての実体を表すのにふさわしいものであったことも、大きな要因になったと思われます。
(注)江戸期に「ざり」と「じゃり」の両形が併存していたのは、《戯れ》を意味する「ざれ」(ざれごと)と「じゃれ」(じゃれる)、あるいは《どくろ》を指す「されかうべ」と「しゃれかうべ」などの例と同じく、古代日本語の★サ行音の問題がからんでいるようです。
★砂利は,その集合体として堆積している場所によって呼名が変わる。堆積場所が海であれば海砂利,河川であれば川砂利(または河川砂利),旧河川すなわち現在の河川の周辺で,すでに平地化した部分(旧河川敷)であれば陸(おか)砂利,堆積地が隆起または浸食によって取り残され,山地状または段丘となった部分のものを山砂利という。川砂利は他の砂利にくらべると最も球形に近く,上流域よりも下流域のほうが粒径の小さいものが多い。
★神社の鳥居をくぐり、参道を歩きはじめると足もとで★「ざく、ざく」と砂利が鳴ります。神社の砂利道は少し歩きにくく感じるものです。靴の底に小石の感触が伝わり、歩幅は自然と小さくなり、いつもの道よりも少しだけ慎重になります。その「歩きにくさ」には、意味があります。参道に敷かれた砂利、特に玉砂利には、神域へ向かう前に心身を整える★「清め」の考えが込められているとされています。白や淡い色の小石が敷かれた参道は、見た目にも清潔で、静かな印象を与えます。雨の日にはぬかるみをやわらげ、境内を保つ実用的な面もあります。信仰の意味と、日々の管理の知恵が重なっているところに、神社の空間づくりの奥深さがあります。参道や境内に敷かれている丸みのある小石は、玉砂利とも呼ばれます。「玉」という言葉には、古くから「美しいもの」「大切なもの」「霊的に尊いもの」といった響きがあり、御霊や美しいもの、大切なものを表す言葉として説明されています。
★「利」は、鋭い、もうけ、賢い、聡い、頭の回転が速いなど様々な意味がある漢字です。へんの「禾」は穀物を表しており、つくりの「刂(りっとう)」は刃物を表しています。刈り取る刃物の切れ味が★「鋭い」という意味が生まれました。その刈り取った穀物を売ると商売になり、商売には頭を使うため、★賢いや頭の回転が速いという意味につながりました。
★「利口」 は,もともと〈口が達者〉〈上手に口をきく〉 ことだった(古語辞典)。古語辞典には【利口】のすぐ次に、「りこん 【利根】」 という語があり〈賢いこと。また,気がきいていること〉という意味が書いてあります。「利根」は,もともと仏教のことばで〈修行する人の素質が優れている〉ということです。おそらく「利口」と「利根」の意味が混ざって「利口」の方に〈賢い〉という意味が含まれたのではないかと考えられます。「利口」は漢語で同じような意味の「賢い」は和語です。関西人は歴史の伝統を重んじるので和語の「賢い」 を使い、関東人は漢語を好んで「利口」を使うと書かれている本もありました。
#長浜国際芸術祭
解禁オノマトペ(74)オノマトペ三段活用①
★チャリ・チャリンコ・じゃりんこ
★自転車の昔の言い方は「一人車」「自走者」「西洋車」
自転車が日本に初めて入ってきたのは、★江戸時代の終わり頃といわれています。(諸説あります)幕末期・慶応年間(1865~1868)のことで、当時入ってきたのはミショー型(ベロシペード)と呼ばれる自転車だったと推定されています。ペダルが前輪に直接取り付けられた原始的な自転車です。「自転車」という言葉が初めて使われたのは、★1872(明治5)年のことです。竹内寅次郎という人物が1872年に東京府(現・東京都)に提出した自転車製造・販売の許可願書で最初に使われ、それ以降広まっていったそうです。翌1873(明治6)年発行の錦絵(浮世絵)には早くも「自転車」の名称が見られており、自転車の名称がすぐに広まったことがわかります。以後「自転車」という呼び方が一般的になりました。名古屋を中心とした地域で「ケッタマシン」という呼び方が使われていました。「ケッタ」は「蹴った」という意味で、ペダルを蹴って進む機械という意味合いがあります。「チャリンコ」という呼び方は、★1960年代ごろから使われ始めたと言われています。日常会話では「チャリ」と略されることが多く、特にシティサイクル型の自転車は「ママチャリ」、原動機付き自転車は「原チャリ」と呼ばれる派生語もあります。もともとは東京の下町などで使われていた地域限定の方言で、1970年ごろから一気に広まり、日本各地で使われるようになったと言われています。自転車屋や関連メーカーの人間で、この呼び名を使う人はほとんどいません。「響きがチープ」「チャリ屋と呼ばれたくない」など、個人的な意見もありますが、その根底には自転車があまり大事に扱われていなかった時代に対する苦い思いが反映されているのかもしれません。「チャリンコ」の語源にはいくつかの説があります
(1)自転車ベルの音
自転車のベルの★「チャリンチャリン」という音から生まれた擬音語説。最も有力とされる説で、1960年代初頭の東京下町で使われ始めたとされています。
(2)韓国語由来説
韓国語で自転車を意味する「チャジョンゴ(자전거)」からの訛化という説。ただし、広く支持されているわけではありません。
(3)子どものスリに由来する説
戦後、子どものスリを★「じゃりんこ」と呼んだことから転じて自転車を指すようになったという説。直接的なつながりは不明瞭です。1945年8月15日は、日本軍の兵士にとっては戦争の終わりだったかもしれない。だが、親を失い、路上に放り出された子どもたちにとっては、長い長い苦しみの人生のはじまりだった。そのことを、私たちは記憶しておかなければならない。
https://gendai.media/articles/-/66375
「やんちゃで元気な子供」というニュアンスが強く、「ガキ」「ガキんちょ」と同じような意味で使われます。また、少しくだけた親しみや冗談を込めた表現としても用いられます。
★『じゃりン子チエ』/はるき悦巳(1947~)
『漫画アクション』(双葉社)1978年10月12日号から1997年8月19日号まで約19年間連載された。全786話。2020年6月時点で累計発行部数は3000万部を突破している。第26回(1980年度)小学館漫画賞受賞。1981年4月★高畑勲監督によりアニメ映画化され、その後1981年10月、1991年10月と二度にわたりテレビアニメ化された。そのほか、1980年代から2010年代にかけて度々舞台化、ゲーム化されている。学生時代より「ベニヤ板3枚分」もあるような大きな絵を専門に描いており、置く場所が無いため展覧会に出品しても、そのまま預けっぱなしで取りに行かなかったという。そのような状況だったため、絵を縮小することばかり考えていて、結局、30才前後で漫画に落ち着いたという。★つげ義春を深く尊敬し、特に初期の頃に、つげ義春の画風が顕著に出ている。アシスタント経験は無く、全て独学であるため、スクリーントーンを使用しないなどの特徴がある。
★「砂利」という言葉は、もともと劇場や寄席などの舞台関連の隠語として使われていました。この隠語では、大人の客の中に紛れ込んで観劇している子どもの観客を指して「砂利」と称していました。ガキ同様、子供を軽視したニュアンスで使われることの多い言葉のため、そのニュアンスを弱くしたり、女の子に使う際には、語尾に『子』を付けたじゃりん子が使われる。由来については諸説ある。ジャリを石や岩に比べ、砂利は小さい(細かい)ことから子供にみたてたという説。砂利が細石(さざれいし)の『細(さざれ)=細かい、小さいの意』からきていることからとする説。また、舞台から見た丸刈りの子供客の集まりが砂利に見えたからという説もある。
#長浜国際芸術祭




