鐘楼音マトペ(28)シュラシュシュシュ① | すくらんぶるアートヴィレッジ

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鐘楼音マトペ(28)シュラシュシュシュ①
・・・クルマ(水平対向エンジン)や蒸気機関車のオノマトペは以前掲載しました~今回は、
★金毘羅船々
香川県の民謡。全国の遊郭に座敷唄として広まり、唄にのせて行う座敷遊びとしても知られる。金毘羅参りの中で唄われた道中唄であると伝えられるが、その発祥ははっきりとしておらず、元禄の頃に金毘羅参りの起点となる大阪港から唄い出されたともされる。この金毘羅への参詣客を運んだ「こんぴら船」は1744年(延享1年)より始まっている。短く軽妙なこの唄は騒ぎ唄の一種ともして座敷唄に好まれ、幕末頃から明治にかけて全国的に広まった。明るい曲調から人気が高く学校教材としても用いられる。
金毘羅船々 追手に帆かけて シュラ シュ シュ シュ
まわれば四国は讃州さんしゅう那珂なかの郡ごおり 象頭山金毘羅大権現
一度回れば『日本民謡辞典』(東京堂出版)より
「追手」は追い風を意味し「シュラ シュ シュ シュ」は風を受け船が進む様子を表している。現在でも知名度が高く、JR四国は「金毘羅船々」を琴平駅の列車接近メロディにしている。また、丸亀競艇場では発売締切前BGMとして使用されている。また、1969年、デューク・エイセスが「にほんのうた」シリーズとして香川県の歌「クンビーラ大権現」(作詞:永六輔、作曲:いずみたく)を発売した。歌詞の中で、金毘羅船々 追い手に帆かけて シュラシュシュシュ シュラシュシュシュと歌っている。大正製薬もリポビタンDのCMで一時期、本曲のインストルメンタルに合わせて金毘羅山の階段をマラソンのように集団で駆け上るシーンを放送したことがある。チューリップの前身であるザ・フォーシンガーズが 1969年に行われた「第3回全日本ライト・ミュージック・コンテスト・グランプリ」にこの曲で出場した。天野祐吉はこの曲を、宗教のCMソングとして一番感心した曲であると語っている。
★金刀比羅宮
https://www.konpira.or.jp/?stageID=hp_home&language=JAPANESE
親しみをこめて“こんぴらさん”と呼ばれています。当宮は海の守り神であり、その他にも、薬・医療・商売などの御利益もあります。神道は多神教であり、古代日本神話にルーツを持ち、自然への愛、家族の大切さを説いています。江戸時代〔1603~1867年〕、社寺参詣が庶民に許可された唯一の旅だった頃、人々は“こんぴらさんへの参拝”を夢見ていました。今日でも日本全国から“こんぴらさん”を目指して、多くのご参拝をいただいております。当宮は、香川県琴平町の象頭山(象に似た形の山)の東斜面の高い位置にあり、785段の石段を登って御本宮に至ります。その参道途中には、色々な神様をお祀りした小さな神社が多数あります。
★東海道五拾三次之内「沼津」黄昏図/作:歌川広重
https://www.fujibi.or.jp/collection/artwork/04333/
現在の静岡県沼津市にあたる。街道沿いを流れる狩野川に沿って橋を渡った向こうは沼津宿である。本図で注目すべきは中央の男が背負う大きな天狗の面であろう。この男は讃岐★金毘羅参りへの途上で、天狗の面は金毘羅大権現への奉納品とみられる。その前を行く2人連れは比丘尼とその従者。手には布施を受けるための柄杓を持っている。夕闇が迫る黄昏の時間帯。宿場へと急ぐ人々を、皓々と照った月の光がやさしく包み込んでいる。
★金毘羅庶民信仰資料
https://www.rekinabi-sanuki.net/ja/culture/017.html
金毘羅庶民信仰資料は、商売繁盛や家内安全に関する資料、海上安全の祈願をもって寄進された船模型や船絵馬、流し樽、碇、大漁旗などの船に由来する資料などがあります。海上安全を祈願した資料には、海難を無事逃れた後にその無事を感謝し寄進された絵馬や、全国でも有数の精巧に造られた船模型をみると、いかに海上安全を願ったかが分かります。
★金毘羅大権現繁盛記史/池内敏樹「瀬戸の島から」
https://tono202.livedoor.blog/archives/1869056.html
#浄厳院国際芸術祭2026