《PROJECT80》79三井寺③ | すくらんぶるアートヴィレッジ

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《PROJECT80》79三井寺③
★勧学院/https://miidera1200.jp/kangaku-in/#
三井寺の学問所として延応元年(1239)に幸尊僧正によって創建された。幸尊は亀山天皇や北条時頼などの帰依を受けた高名な学僧で、勧学院は創建以後もすぐれた学僧が住したことから天台の「碩学の名室」と称されてきた。桃山時代を代表する初期「書院造」の代表的遺構として★国宝に指定されています。規模は桁間7間、梁間7間、間取りは3列9室と光浄院客殿より大きく、室町時代の武家宅の典型である「主殿造」の様式を伝えています。
https://www.metmuseum.org/art/collection/search/640986
昭和60年(1985)ニューヨークのメトロポリタン美術館に勧学院客殿「一之間」が、建築史学者鈴木嘉吉の監督の下で復元され、現在Gallery226 Japanese Artの部屋にShōin Roomの名で展示されています。
★通常は非公開の国宝・勧学院客殿、国宝・光浄院客殿を特別に公開します。(4名~50名)
http://www.shiga-miidera.or.jp/taiken/tokubetsuhaikan/index.html
★申し込みフォーム/http://www.shiga-miidera.or.jp/taiken/contact/index.cgi
★村雲橋/勧学院の美しい石垣の築地堀の手前にあります。むかし、智証大師がこの橋を渡ろうとされた時、ふと西の空をご覧になって大変驚かれました。大師が入唐の際、学ばれた長安の青竜寺が焼けていることを感知されたのです。早速真言を唱え橋上から閼伽水をおまきになると、橋の下から一条の雲が湧き起り、西に飛び去りました。のちに青竜寺からは火災を鎮めていただいた礼状が送られてきたといい、以来、この橋をムラカリタツクモの橋、村雲橋と呼ぶようになったと伝えています。
★唐院/園城寺(三井寺)を開いた智証大師円珍の廟所。唐院という名は、円珍が唐から帰国後に請来した経巻法具などを納めたことによる。
★唐院三重塔/室町時代初期の建築で、1597(慶長2)年に秀吉が伏見観月橋下に移築した大和の比蘇寺(ひそでら=現在の世尊寺)の東塔を、1600(慶長5)年に徳川家康が三井寺に寄進したもの。国の重要文化財で、一層目の須弥壇には、木造釈迦三尊像が安置されています。
★一切経蔵、八角輪蔵/http://www.shiga-miidera.or.jp/treasure/building/08.htm
★弁慶の引き摺り鐘/http://www.shiga-miidera.or.jp/about/legend01.htm
★閼伽井屋(あかいや)http://shiga-miidera.or.jp/treasure/building/07.htm
井泉が湧き、天智・天武・持統天皇の 産湯に使われたことが★三井寺の名前の由来になっています。彩色や壁画が認められ、桧皮葺の屋根は丸いカーブを描いています。
★閼伽井石庭/日本最古の庭園である。蓬莱山と云い東海中にあって仙人が住み不老不死の地と考えられている霊山を形取った石組である。中央より人・神佛・鶴・亀と配されている。「知られざる名庭」、歴史的観点からも非常に貴重なものと思われるが、「日本最古の庭園」を証明する歴史的な証拠や裏づけは得られていない。閼伽井石庭はもともと苔むした石庭らしさに満ちた風情を醸していたようであるが、金堂(国宝)や閼伽井屋(重要文化財)などの建物を守るために、近年、周囲の木々の枝を切り落としたため、直射日光にさらされ苔は絶えてしまったらしい。