オノマトペ・ポン・・・ふと童謡「靴が鳴る」が気になって~
『靴が鳴る』作詞:清水かつら、作曲:弘田龍太郎による日本の童謡・唱歌。
おててつないで 野道を行けば みんな可愛い 小鳥になって
歌をうたえば 靴が鳴る 晴れたみ空に 靴が鳴る
花をつんでは お頭(つむ)にさせば みんな可愛い うさぎになって
はねて踊れば 靴が鳴る 晴れたみ空に 靴が鳴る
https://www.worldfolksong.com/songbook/japan/kutsuganaru.htm
この曲が発表されたのは1919年(大正8年)。当時の子供たちの履物と言えば下駄や草履が一般的で、『靴が鳴る』で描かれる革靴を履く子供は都会でもそれほど多くはなかった。当時の童謡の歌詞としては新しさを感じる「靴」というキーワードを曲名と歌詞に大胆に取り入れた詩人・清水かつら。商業高校を中退して英語学校に通い、西洋の文化にも積極的に理解を深めていた彼にとっては、急速に西洋化が進む大正時代の日本において、将来も歌い継がれる童謡を書くためには、「下駄が鳴る」ではなく、いずれ下駄や草履にとって代わる『靴が鳴る』である必要があったのだろう。終戦から間もないある日、埼玉県和光市の清水かつらの実家へ突然、進駐軍の車がやってきた。何事かと不安そうに見守る近所の人々。車を降り、歩み寄る高級将校と通訳。「ミスターシミズに会えて大変光栄だ」実は昭和初期、日本の童謡を吹き込んだレコードがアメリカ国内でも発売されており、『靴が鳴る』も全米である程度の知名度を得ていた。「わたしは歌ったことがある。懐かしい。」将校は『靴が鳴る』の作者に合いたくて探していたが、自分の基地近くの町に清水かつらが住んでいることが分かり、飛んできたという。清水氏と将校は打ち解けて酒を酌み交わし、日本の文化や将来について語り合い始めた。その一部始終を見ていた清水かつらの弟・五郎氏は次のように当時を振り返っている。「勝者も敗者も関係ない。一つの童謡を通じて日本とアメリカが結ばれる。★外交、政治とは違う素晴らしい力が歌にはあります。」
