東福寺⑧ | すくらんぶるアートヴィレッジ

すくらんぶるアートヴィレッジ

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

《PROJECT80》49「東福寺」⑧
★臨済宗東福寺塔頭「即宗院」
605-0981京都市東山区本町15丁目813番地
https://sokushuin.net/index.html
嘉慶元年(1387)九州薩摩藩島津氏久公が、剛中玄柔禅師(東福寺第54世住持)を開山として建立。薩摩藩の菩提寺 で氏久公の法名「齢岳玄久即宗院」から寺名とした。寛政11年(1799) 発行の「都林泉名勝図絵」にも名園として紹介されている。庭園は現在京都市名勝に指定され、紅葉の美しさと千両の鮮やかさで有名である。西郷隆盛と月照(京都清水寺の勤皇僧)は、王政復古を志し、新撰組や幕府の追っ手を逃れこの即宗院の採薪亭で幕府転覆の策をめぐらした。西郷隆盛はその 後の苦難を乗り越え、鳥羽伏見の戦い(慶応5年)から勝ち進み勝利を手中にした。戦いの戦死者524霊を弔うためこの即宗院に半年間滞在し碑文を書きしたため、明治2年に「東征戦亡の碑」を建立した。
■月輪殿/平安時代後期、関白藤原忠通公(近衛家)はこの地に御所の東御堂を建立した。忠道の子、公家九條家の始祖である兼実は、建久7年(1196)に関白を辞して後、自身が別称「月輪殿」と呼ばれたことにちなみ、山荘「月輪殿」とした。本院庭園は、800年の歴史を有する東御堂の跡である。大東亜戦争後荒廃したが、玄之和尚が復興に心血を注ぎ、昭和52年に庭園文化研究所★森薀博士(元東大教授)等の指導で往時の面影が復元され、京都市史跡に指定された。室町時代後期の庭園としては類い稀な公家寝殿造系で、鈎の手(「心」)になった池の地割り・瀧の位置など、その往時が偲ばれる。
https://www.nabunken.go.jp/publication/moriosamu.html
★森薀(1905~1988)『作庭記』など古文献の研究と、桂離宮や修学院離宮など多くの日本庭園における実地測量や発掘調査を組み合わせて、研究や庭園の復元整備に取り組んだ。★旧大乗院庭園にかかる朱塗りの反橋、日本最古の人工滝である法金剛院の青女瀧などは、森が時代考証や現地調査を経て復元した。法華寺「仔犬の庭」や★慈光院の新書院庭園など、古風な作庭も自ら手掛けた。
・・・今回「月輪殿」庭園を観ることはできなかったが、今後「森薀」さんの庭園も意識して巡りたいと思います。
★「京都国立博物館」特集展示:薩摩島津氏と東福寺★即宗院
2025(令和7)年12月16日(火)~2026(令和8)年1月25日(日)
https://www.kyohaku.go.jp/jp/exhibitions/feature/b/2025_satsuma/