東福寺⑦ | すくらんぶるアートヴィレッジ

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《PROJECT80》48「東福寺」⑦
★臨済宗東福寺塔頭「退耕庵」
605-0981京都市東山区本町15丁目793番地/075-561-0667
https://www.zoukei.net/rakunan/taikouan.html
本尊は千手観音。小野小町ゆかりの寺として知られる。貞和2年(1346年)に東福寺第43世・性海霊見(しょうかいれいけん)によって創建された。応仁の乱により一時荒廃したが、慶長年間(1596年 - 1615年)に安国寺恵瓊によって再興された。幕末の鳥羽・伏見の戦いの際、東福寺に長州藩の陣が置かれた縁で、退耕庵は鳥羽・伏見の戦いの戦死者の菩提寺となっている。庭は池泉観賞式庭園、南庭は杉苔が特色の枯山水庭園。両庭とも昭和47年(1972年)に修復された。
■地蔵堂 - 玉章(たまずさ)地蔵と称される地蔵菩薩坐像のほか、小野小町100歳像などを安置する。玉章地蔵は京都市東山区の渋谷(しぶたに)越えにあった小町寺から明治7年(1874)に移されたもので、★小野小町宛ての恋文を納めると伝える。
■昨夢軒 - 四畳半台目の茶室で、豊臣秀吉の死後、石田三成と宇喜多秀家が関ヶ原の戦いの謀議を行った場所とされている。護衛の武士が控えていたとされる伏侍(ふせざむらい)の間がある。
★臨済宗東福寺塔頭「五大堂同聚院」
605-0981京都市東山区本町15丁目799/075-561-8821
https://www.doujyuin.jp/
1444年に文渓元作禅師(東福第160世)が、その師、琴江令薫禅師(東福第129世)を開山として創建した臨済宗大本山東福寺の塔頭寺院。旧法性寺五大堂の遺仏である不動明王(1006年開眼)を本尊とすることから「五大堂 同聚院」と呼ばれています。10世紀、かつてこの東山の地は藤原忠平建立の天台宗法性寺が壮大な伽藍を有しており、1006年藤原道長によって丈六の五大明王を安置する五大堂が増築されました。後に兵火によって消失しましたが、その法性寺跡地に東福寺が建立され、五大堂は唯一火災から逃れた不動明王を安置するために1280年東福寺開山の聖一国師によって再建されました。同聚院はその五大堂を本堂とする形で建立されており、現在の五大堂は1714年(正徳4年)の再興を経たものになります。
明治期★「モルガンお雪」(加藤ゆき)は、世界三大財閥のモルガン一族に嫁ぎ、日本のシンデレラとして世界中の話題を集めた祇園の芸妓。親族の希望で東福寺の塔頭・同聚院に供養されているが、山門の入り口にはフランスのバラの名門・メイアン氏がお雪を慕って開発したという新種「ユキサン」が植えられている。高貴な香りと上品な花弁をつける白バラ「ユキサン」は、モルガンお雪の姿を彷彿させるもので、毎年5月、7月、9月、11月に花を咲かせる四季咲きの大輪花である。