施設内には、自由に議論を交わして新しい価値を生み出す仕掛けが、空間デザインや最新のテクノロジーなどを使って、あちらこちらにちりばめられている。「Inspiration STUDIO」は、ワークショップを効率よく進めるために使われる場所。オランダで育まれた脳科学ベースのファシリテーションメソッド『Brain Active』を国内で初めて取り入れた研修スペースで、専門のファシリテーターが、大型マルチビジョンによる映像演出などで、相互理解やアイデアの創出を生み出す手助けをしてくれる。「Biophilic STUDIO」は、植物やアロマや自然環境音、影ができにくい照明等でより深い集中ができる研修スペース。「手元に影ができないのでストレスが少なく、顔の表情もよくわかるという特徴があります」(池端氏)また、壁全体がホワイトボード仕様になっているので、壁に文字や図を書きながら、自由に議論し合える。話の過程が壁全体に残るので、より理解が深まることだろう。2階部分には、円形の「風のパティオ」を取り巻くように、さまざまなSTUDIO(研修スペース)が用意されている。少人数から100名を超える大人数でも対応できるように、広さも形もさまざまである。共通しているのはガラスの仕切りで、外から中の様子が見えるようにオープンになっていることや、壁全体に文字が書けるようになっていること、机や椅子の色とデザインがそれぞれ異なることである。他にも、ビーズソファに座りながら話ができるミーティングスペースや、一人で集中したいときに使える、吸音材で仕上げた個室のような静かなスペースも用意されている。会議やワークショップの目的に合わせて使い分けることで、より自由で活発な意見交換ができることだろう。
従来のような、スクール形式に机を並べた、同じような部屋がいくつもある研修施設ではなく、あらゆる空間が開放され、スロープや吹抜けによってフロアがシームレスにつながっているので、お互い刺激し合い、偶発的な出来事が起こりやすくなっているのだ。また、施設内も緩やかな曲線の空間になっているので、人工的な建物であるにも関わらず、なにか巨大な生き物の体内にいるような感じがする。五感を刺激する空間にいることで、新しい発想やインスピレーションが湧いてくるのだろう。
施設全体では、宿泊個室や多目的個室、多人数用の宿泊ブースを設けており、288名が宿泊できる。宿泊ブースには、ユニットごとに小単位のリビングルームがあるので、研修者同士が交流できるようになっている。また、フロアの中央部にある、大画面の映像設備を備えた広いマスターリビングルームは、新たな出会いや、交流、そしてつながりが生まれる場所として使われている。一般的な研修施設は、何度も使うと目新しさがなくなるが、ここでは、来るたびに違う場所を利用できるので、いつも新鮮でワクワクできることも狙い。「前回の研修の様子が大画面に映し出されるなどアーカイブを使った仕掛けも用意されている」(池端氏)ということなので、毎回研修が楽しみになるだろう。また、東大寺や春日大社、生駒山、若草山など、広大な奈良盆地の景色を一望する、おもてなし空間「丹生庵」も設置。遺跡の発掘で出てきた、土器や壺なども展示されている。このように、「コトクリエ」には、意見を出し合い考え学ぶ場所、人と出会い交流する場所、歴史に思いを馳せ、自分を見つめ直す場所など、さまざまな空間が用意されているのである。
「共創共生」という理念は、ESG経営や、SDGsに通じるものであり、「コトクリエ」のさまざまな場所に反映されている。例えば、「オールジェンダートイレ」。出入り口とは別に複数の出口を設けるなど、サインや動線を工夫することで性別に関係なく利用者が気兼ねなく使うことができる。私も使わせていただいたが、一方通行の動線は人の目が気にならないので、とてもよく考えられている。ダイニングでは、リサイクル原料50%のプラスチック食器を利用するなど資源の有効活用を促進。また、宗教や宗派を問わず、多様な文化的背景を持つ利用者のための「祈祷室」や子育てをしながら仕事や研修ができるよう「授乳室」が設けられている。南側の外構「万葉の庭」を中心に約60種の万葉植物(万葉集で詠まれた植物)が植えられている。その結果、さまざまな生物がこの場所に集まってきている。「万葉植物を探すワークショップなど、文学と植物、生物に触れる教育にも使われている」(池端氏)とのこと。雨水も、敷地外に出さずに地下水に戻す「レインガーデン」と、屋根で受けた雨水を地下の貯留槽に貯めて植栽への散水やトイレの浄化水として利用する2つの取組みがなされている。これらの取組みにより、「コトクリエ」は、国内認証の「BELS(省エネルギー)」「JHEP(生物多様性)」、日本初となる3つの国際認証「LEED(環境配慮)」「SITES(ランドスケープ環境)」「WELL(利用者の健康・快適性)」の合計5つの環境認証を取得している。この環境認証取得で培ったノウハウを活かして、他の施設にも提案していくとのことだ。
この施設は、グループ企業の社員教育にとどまらず、地域住民や異業種の企業、研究機関などとの交流施設にもなっている。この施設が目指しているのは、地域の子どもたちを中心とした「共育活動」、さまざまなステークホルダーとの「共創活動」、大和ハウスグループの新たな事業価値を生む「社員教育」の3つの活動を通じて「『みらい価値共創人財』の育成拠点」となること。例えば奈良女子大学附属中等教育学校との連携プログラムである「理想の家を造ろう」や、大学生のワークショップ「私たちが描く、2055年の世界」などの共育活動を実施。「家をつくる、街をつくるなどのワークショップに対して、どのようにしたら人の役に立つのかという視点で取り組んでもらっている」(池端氏)子どもも大人もさまざまなカリキュラムを1日で体験できる「コトクリエDAY」も実施されている。また、異業種企業や研究機関とともに社会課題解決への価値を生むことにも取組んでいる。「この施設を通して一般の人にも、“知る”⇒“学ぶ”⇒“考える”⇒“創る”⇒“生きる”という過程における、“知る”のきっかけを与えていきたい」(池端氏)という。★ツアーガイド付きの施設見学ツアーもあるので、興味がある方は見学されるといいだろう。
テクノロジーがますます進化し、AIが労働業務を行うようになるならば、人間は、人間にしかできないことを磨いていく必要がある。みらい価値共創人財を育てるためには、人間本来が持っている五感を活性化させ、解き放つことが必要なようだ。リモートワークが増加することで、五感を使う環境がますます少なくなり、人間関係が気薄になりがちな時代だからこそ、こういうリアルな研修が必要とされるのだろう。「コトクリエ」は、大和ハウス工業が今まで培ってきた事業や人財育成のノウハウを社会に還元するという新しい試みである。それは、「何をしたら儲かるかではなく、どういう商品が、どういう事業が世の中のためになるかを考えろ」という、創業者の精神であり、大和ハウスグループの原点そのものである。企業には、それぞれの企業精神や哲学がある。そのノウハウを社会に還元することで日本の未来はもっと良くなるような気がする。このような取組みをする企業が増えることを期待したい。
・・・予約もなしに突然訪問した私ひとりのために、丁寧に時間をかけて館内を案内してくださったスタッフの方に深く感謝申し上げるとともに、企業の財産は「人材」であることを深くココロに刻みました。あらためて(予約)再訪したいと思います。本当にありがとうございました。