H・S・Z(6)タテヨコナナメ | すくらんぶるアートヴィレッジ

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・・・「測量野帳」の方眼・罫線が★書きやすさのポイントであったように、造形の大前提として「タテヨコナナメ」が重要です。人間が地球上に立つこと、★平衡感覚(バランス)が土台です。

 

垂直 ⇒ ある直線(方向)と直線(方向)が直角を成すこと

直角 ⇒ 90°の角度

直交 ⇒ 2つの直線が直角に交わること

鉛直 ⇒ ★重力の方向です。糸の先に重りを垂らしたときの、糸の方向といえます。水平は、鉛直と直交する方向です。

 

《チェック柄の種類・名称》ファッション用語辞典より

https://funq.jp/2nd/article/516454/

服に用いられる生地・素材で表現される柄は、プリントを除けば基本的には無地、ドット柄、縞模様、格子模様に分けられる。中でも格子模様の持つバリエーションは、他にない圧倒的な数の呼称が存在する。英語では★チェスの盤面になぞらえてチェックと呼ばれるこの柄は、そもそも織りの製作工程において★自然発生的に生まれた模様と推測される。色味の異なるタテ糸とヨコ糸が交差することで現れる規則的な仕切りが織りなすパターンがそれだ。そこにファッション性が加わることで数限りない種類のチェックが生まれた。単純な仕組みにも関わらず、独自色が表現できるチェックは、いつしかグループや階級のアイデンティティとしての機能を果たすようになる。その代表例がタータンチェックである。ひと目で違いの分かるチェック模様の服を身に着けることが、氏族を伝える役目を果たしている点で、タータンチェックは日本での家紋のような存在であったと伺える。別の例では威嚇の機能を持ったバッファローチェックなど、模様でありながら意味・機能を擁するチェックも。その出自を知り、ファッションに取り入れよう。糸と糸が織り合わさるパターンによって作りあげられるチェック柄の数々。織り方や、そのルーツを知ることで、お気に入りのあの服が、いままで以上に誇らしく見えてくるだろう。格子柄をチェックと呼ぶことが日本では一般的だが、アメリカでは[plaid]と書いて★プラッドやプレードとも呼ばれている。また米語のためアメリカ発祥のブロックやガンクラブといったチェック柄に用いられることが多い。厳密にはプラッドは線で、チェックは碁盤縞のものをさすが、今日ではその区別はほとんどなくなっている。他に大柄のチェックを表現する際に使われることもある。

 

《参考》「格子の歴史」/(株)マルホンより

https://www.mokuzai.com/MailMagazine/221

我が国における格子の歴史は古く、飛鳥時代までさかのぼります。大陸より寺院建築が伝来した折、その窓の意匠として用いられたことが格子の始まりとされています。現存する最古の例は7世紀前半の飛鳥時代(西暦607年・推古天皇15年)に建立された法隆寺の西院伽羅回廊の「連子窓」(れんじまど)とされており、奈良時代(西暦698年・文武天皇2年)に完成したとされる薬師寺や春日大社の回廊、山田寺の発掘調査で出土した回廊の遺構でも使用が確認されています。平安時代の寝殿造では、雨戸の役割として碁盤目状の桟に板を張った戸が格子(蔀戸(しとみど)とも言います)と呼ばれていましたが、室町時代になると桟の間が開口になっている格子が町屋に現れます。当時の格子は縦横に組まれただけの粗い単純な形状のものが主流でしたが、室町時代の末から安土桃山時代にかけて工具が発達したことにより、材を美しく仕上げることができるようになり、繊細な格子ができるようになったと言われています。中世になって特に禅宗様建築の到来とともに繊細な感覚を持つ格子が出現し始め、格子の多様化が始まったとされています。安土桃山時代になると、格子は防犯の役割も担うようになりました。多くの「洛中洛外図屏風」に描かれた風景には、街路に面した外壁の各所に縦横細かに固定式の格子が施され、町屋(商家)の標準仕様とされていたことが見て取れます。「戦乱の世」とも言われ、物騒だったこの時代、防犯のために格子が標準仕様になっていたとも言われています。

 

《市松模様》/京屋染物店より

https://kyo-ya.net/

碁盤目状の格子の目を色違いに並べた模様で、いわゆるチェック柄と同様の模様です。元々は石畳のような柄だったため、「石畳」と呼ばれていました。江戸時代中期に、「佐野川市松」という歌舞伎役者が舞台でこの模様の袴(はかま)を着ていたところ、当時の女性の間で大流行しました。それ以来、「市松模様」と呼ばれるのが一般的になっています。

 

《千鳥格子》Wikiより

輪郭を崩したチェック模様(おおまかな方形のパターン)を持つ、二色からなる織り模様および染め模様。白黒の場合が多いが、他の色の組み合わせも用いられる。通常の千鳥格子は、平面充填の一例である。伝統的な千鳥格子は、縦糸と横糸をいずれも、4本の暗色の糸と4本の明色の糸を交互に繰り返す縞として配置し、それを単純な 2:2 の綾織、すなわち横糸が2本の縦糸の上を通った後に2本の下を通るようにし、横糸を一回通すごとにそれを縦糸一本分ずらしたものになっている。現在分かっている最も古い千鳥格子の例は、スウェーデンの泥炭沼地から掘り出された紀元前360〜100年頃の[2]、Gerum Cloak という衣類である。現在見られる千鳥格子は、スコットランド低地地方のツイードの模様が起源なのかもしれないが、現代では羊毛以外の多くの織物でも使われている。1885年に開業したニューヨークの高級紳士服/婦人服店であるデ・ピナ(英語版)は、1933年春のメンズスーツ・コレクションの中で、ガンクラブ・チェックやタータン・チェックと共に千鳥格子を取り入れていた。大柄の千鳥格子は、アレキサンダー・マックイーンの2009年の秋コレクションにて「豊穣のツノ」(Horn of Plenty) というコピーで華々しく使われた。千鳥格子はクリスチャン・ディオールの特徴的なツイードのスーツでも使われている。

「千鳥格子」という名称は、その模様が飛んでいる千鳥が連なっているように見えるところから来ている。英語では“houndstooth”、“hounds tooth check”、“hound's tooth”、“dogstooth”、“dogtooth”、“dog's tooth”、“pied-de-poule”とも呼ばれ、小型のものは“puppytooth”とも呼ばれる。織り模様を指す言葉として“houndstooth”が使われた用例は、1936年より前には記録がない。

 

《参考》「千鳥足」/建築用語より

https://w-wallet.com/tidorigousi.html

昔から酒に酔っ払った人の足の運びを「千鳥脚(ちどりあし)」といいます。酔っ払った人を見ていますと、普段の足の運びではなく、フラフラのからだを支えるために、足が交差するような歩き方になりがちになります。千鳥(チドリ)の脚は他の鳥のように後がわに指爪がありません。後ろ側に倒れるのを支えられません。そのため、一方の足が前に出れば、もう一つの足が後ろに回って支えるという具合にならざるを得ません。そのため歩き方が他の鳥と一風変わっているのです。自然と脚の運びが交差するように出るのでることになります。これを千鳥の脚の運び型でいわゆる「千鳥脚」と呼ばれるものです。酔っぱらった人の足の運びも、これと同様です。では、千鳥はなぜこのような足取りになるのか?といえば、一説では、見つけたエサに一直線に突進すると、ほかの鳥に横取りされてしまうためとか、ヒナを孵(かえ)している時に、天敵から巣の位置をカムフラージュするためであるとかとされています。だからと言って、千鳥の歩きが、ふらついているという訳ではありません。この歩き方で安定しているのです。

 

木工芸における千鳥格子は、千鳥の歩き方から名付けられたものです。上と下の材が交互に入れ替わって出来た格子のことです。

https://www.hida-kankou.jp/product/1000000194/

今から360年前、飛騨の名工が旧軽岡峠(現高山市荘川町)上り口に地蔵堂を造りました。その格子戸の組子は、普通では組めない互い違いに組んだものでした。どのように組んであるか外見ではわからい素晴らしい出来栄を、昭和46年荘川村(現高山市荘川町)指定文化財に指定し、これを「千鳥格子」と呼ばれるようになりました。または、ねじれ組格子とも言われます。