・・・この記事も再掲なんですが、
《NEWS》2019.5.3奈良新聞より
150年ぶりの「里帰り」四天王像を公開/江戸時代まで★「喜光寺」に安置
奈良時代の高僧、行基ゆかりの奈良市菅原町の喜光寺(山田法胤住職)で2日、江戸時代まで同寺に安置されていた四天王像(平安末期~鎌倉初期)の「さとがえり公開」が始まった。月例法要に併せて四天王像の開眼法要も営まれ、約150年ぶりの帰還に参拝者約130人が静かに手を合わせた。本堂(重文)に並んだ4体の像はそれぞれ像高約160センチで、木造の寄木造り。明治期の★廃仏毀釈(きしゃく)の際に同寺を離れ、「額安寺(大和郡山市)」が所蔵していたものを平成17年に奈良大学が譲り受け、26年から解体修理と補作、調査を行った。調査中に、像の部材から「行基大菩薩御作 菅原寺」の墨書銘文を発見。もとは「菅原寺(現喜光寺)」に安置されていたことが分かった。山田住職は「不思議なご縁。よく帰ってきてくれた。行基さんのお徳の大きさを感じた」とにこやかに語った。解体修理を担った同大の関根俊一副学長(62)は「四天王像は行基信仰に守られ何度も修理されてきた。里帰りできたのは感無量」と話した。9月2日まで。午前9時から午後4時半開場。拝観料は大人500円、小学生以下300円。未就学児無料。問い合わせは喜光寺、電話0742(45)4630。また、今年4月に創立50周年を迎えた同大は今秋、奈良市山陵町の同大構内に★記念館を新設する予定。四天王像は館内で公開する。
《喜光寺》
631-0842奈良市菅原町508/0742-45-4630
奈良時代の高僧、行基菩薩が養老5年(721)に創建。東大寺大仏建立のための布教活動の拠点とした寺。また、行基菩薩はこの寺で入滅した。本堂は、東大寺造営の際の大仏殿の雛型として建てられたとの伝承から「試みの大仏殿」と呼ばれる。蓮の名所として知られ、6月中旬~8月中旬には250鉢の蓮が境内を華やかに彩る。この一帯を菅原といい、菅原氏の治領であったことから「菅原寺」とも呼ばれる。山号は清涼山。
・・・「喜光寺」に安置、そこまではいいのですが、「大学」記念館にどのように今後設置されるのか、気になっていたのです。ともあれ、その新しい記念館も含めて見学に行かなくてはと、しかしなかなか機会がなくてノピノビになっていました。
・・・やってきました「奈良大学」、目の前にあるのが「令和館」です。
・・・惜しげもなく、入口すぐのところにドッカーンと設置されていました。