シルバー(4) | すくらんぶるアートヴィレッジ

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・・・若かりし頃、素敵な年配の方を見て「ロマンスグレイ」に憧れ、私も美しく年を重ねたいものだと思っていました。今は「ゴマ塩」状態で、お世辞にもカッコイイとは言い難い現実ですが、せめて作品ぐらいはと努めております。

 

《ロマンス・グレー》(和 romance+grey)

中年~古希男性の白髪混じりを指す和製英語。英語では「Silver-gray hair」にあたる。完全な白髪ではなくあくまで半分以上は黒髪がありつつも白髪が目立つ状態であり、日本では白髪混じりの紳士を指すことが多い。考案者はソニー設立者の一人★盛田昭夫。ソニーアメリカ社長時代、30歳代で白髪混じりとなり悩んでいたところ、アメリカ人の友人から「こちらではローマンティック・グレー(Romantick gray)といっておしゃれで憧れなんだ」と言われて気を良くし、帰国中にこのエピソードを「ロマンスグレー」と言い換えて話した。友人の中に小説家の飯沢匡がいて「それは面白い話だ」とオール讀物に同名の小説を連載し広まった。

https://www.wakayamapp.jp/blog/category7/entry-290.html

当時の流行語となったので友人たちに盛田は「おれが本家だぞ」と笑っていたという。このエピソードは当時57歳の盛田が1977年10月14日名古屋市公会堂で行われた母校愛知一中創立100周年記念講演で高校生を前に話した内容である。最初にロマンス・グレーという言葉が登場したのは作家の★飯沢匡の同名小説(昭和29年発刊)の中で採り上げた和製英語からだという。そして1955年のアメリカ映画★「旅情」で主演したロッサノ・ブラッツィの「ロマンス・グレー」で女性の人気に火が付き、一般的に定着するきっかけとなった。以後主に★経済力も★包容力もある★魅力的な白髪混じりの男性をさすようになったという。

 

 

◆詩人であり、弁護士でもある★中村稔氏が雑誌ユリイカ2016年6月号(青土社)に「故 旧哀傷・盛田昭夫」と題する文章を寄稿されました

http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2924

http://www.akiomorita.net/contents/memories/018.html

盛田さんはその輝くようなふさふさした銀髪ときりはなしては思い出せないのだが、同時ロマンス・グレーという言葉とも結びついている。「ロマンス・グレー」は『日本国語大辞典(第二版)』(小学館刊)には、「魅力ある初老の男性を、白髪まじりの頭髪に象徴させて呼ぶ語。またその頭髪。昭和29年(1954)飯沢匡の同名の戯曲から流行した語」とあり、舟橋聖一「白薊」(1956)中の「ロマンスグレーならばまだしも、既にシルバーヘヤーとなるものもあれば」などという用例を示している。ふしぎなことだが、飯沢匡は盛田さんの頭髪、容姿に触発されて「ロマンス・グレー」という言葉を思いついたのだ、と私は思いこんでいた。たしかに盛田さんはその頭髪に白髪がまじるのがお年のわりに早かったらしいが、1954年はまだ33歳だから、1954年当時すでにロマンス・グレーだったとは信じがたい。後に記すとおり、私が盛田さんにはじめてお会いしたのは1959年であり、それでもまだ38歳だから、そのとき早くもロマンス・グレーだったとは思われない。しかし、私はたしかに盛田さんが、こういう髪をロマンス・グレーというのだ、と誇らしげに話すのをお聞きした記憶がある。『日本国語大辞典』の定義にみられるとおり、「ロマンス・グレー」は魅力ある初老の男性についていわれる言葉だから、私が当初お目にかかってから数年後には盛田さんも、本来の意味でいう「初老」に達していたから、そのころ、お聞きしたのかもしれない。ふつうなら「若白髪」といって恥じるところを、盛田さんは、じぶんこそロマンス・グレーと称して、その頭髪に他人が羨望するよう仕向けたのではないか。思想、信条は後にふれるとして、盛田さんは、後にすっかり銀髪になってからも、一目見たら忘れがたい、ふかい印象を与える容貌をお持ちであった。盛田さんはひどくお洒落であったにちがいない。

http://www.nakapat.gr.jp/ja/japanese/resume/m_nakamura_jpn.html

 

 

《参考》2011.8.4日本経済新聞より

8・15からの眼差し震災5カ月(2)負担、覚悟すべき時、モデル不在・生き方再考を/中村稔氏

詩人で弁護士の中村稔氏(84)は今、10年間にわたって「私の昭和史」という自叙伝的時代史を書き継いでいる。昭和史から今の危機を考察すると、何が見えてくるのか。

 

 

「終戦の時は、我々は根こそぎ裸になり、何の資産もなくなった。ただ、皆が同じような境遇にあり、貧乏を辛抱するのは当たり前と思っていた。国民全体が危機感を共有していた。現状はどうだろう。日本の累積債務残高は、国と地方を合わせ国内総生産(GDP)の2倍に達している。今年度の当初予算でも、税収より国債発行額の方が多い。国家としては完全に破産状態だ。莫大な国債の利払いだけでも大変なのに、震災による多額の復旧・復興予算を加えると、膨大な負担をしていかなければならない。国民誰もが覚悟すべき時です」――戦後との違いは。「あの時は農地解放や財閥解体というドラスチックな改革があった。地主や資本家は大変な犠牲を払いました。誰も傷つかず、今の危機を乗り越えられると思うのは、甘いのではないか。それに当時は軍部の圧力が外れ『これからは我々の時代だ』と、希望を抱くリーダーたちが数多く出てきた。吉田茂や芦田均、それに鳩山一郎、石橋湛山、社会党でも浅沼稲次郎らが、戦中の翼賛政治とは違う新しい政治を志した。今、前途への見通しを持ったリーダーが、政界・経済界に育っているとは思えない」――今の方が、暗いと。「戦後は、朝鮮特需で、日本経済は息を吹き返した。今、そんなことは期待できない。当時は、裕福なアメリカという、追いつき追い越すべきモデルがあった。今のアメリカ経済は日本以上にひどい。なぜ日本がこんな状態なのに、円高が続くのか。ユーロ圏は大きな不安要因をかかえ、一党独裁体制の中国も、様々なひずみが表面化している。日本には、もうモデルがありません」

――頼りにすべきは。「今度の震災で、日本の自動車産業を支えているのは、地方の部品メーカーだったことがわかった。優秀な中小企業の、小さくても最高のものづくりをする技術力が、財産だ。GDPが右肩上がりの時代ではない。成長より成熟が必要な時です。日本製品は信頼性が高い、そして、日本人の言うことは信用ができる、と他国から評価されることが何より大切だろう」――一庶民としては何をしたらいいか。「どこへ行こうか、どうしようか、考えることではないですか。見習うべきモデルはもうない。★『われわれはどこから来て、どこへ行くのか』と、来し方行く末を思い、それぞれが生き方を見つめ直すしかない」

 

・・・「アート」についても、同様だと考えています。

 

【盛田昭夫】(1921~1999)

http://akiomorita.net/

技術者、実業家。生家は、代々続いた★造り酒屋で父・久左衛門は盛田家第14代当主。★井深大と共に、電気機器メーカー★ソニー創業者の一人。1992年(平成4年)、名誉大英帝国勲章を受勲。

 

 

【飯沢匡】(1909~1994)

1928年、学校嫌いのため、高等科1年のとき武蔵高等学校を退学。同年、文化学院美術科に入学。1932年、文化学院美術科を卒業し、専修科(美術)に進む。1933年、東京朝日新聞社(現:朝日新聞東京本社)入社。在学中から長岡輝子・森雅之・金杉惇郎らのテアトル・コメディに参加、1932年に劇「藤原閣下の燕尾服」で劇作家デビュー。飯沢匡という筆名は、朝日新聞社在職中、上司に隠れてNHKラジオのために台本を書いた際、アルバイトが露見しないようNHKの担当者に「印刷しては別人に見え、アナウンサーが発音すると本名のように聞こえるという名を考えてください」と頼んだところ勝手に命名されたものである。戦後『婦人朝日』『アサヒグラフ』編集長を務める。1954年退社。 政治風刺劇のほか、NHKの子供番組『ブーフーウー』 (Boo Foo Woo)脚本で知られた。いわさきちひろ絵本美術館(現・ちひろ美術館)初代館長でもある。黒柳徹子とは「ヤン坊ニン坊トン坊」以来師弟関係にあり、ラジオ・テレビ・舞台と多くの作品で競演し、極めて親密な関係であった。

 

《シルバーグレイ》(silver grey)

JISの色彩規格では「明るい灰色」としている。一般に、銀色がかった灰色のこと。和名では。JISの色彩規格では同色としている。銀鼠は銀色がかった鼠色をさし、江戸時代に着物の色として流行した。近年では、日本でも白髪が目立つようになった人の頭髪をシルバーグレイという。ただし和服などの色名では銀鼠が用いられている。

 

《NEWS》2016.10.17日刊ゲンダイより

“白髪フェチ”女性増 「あえてロマンスグレー」なぜモテる

「男は黙って白髪」の時代が到来か。ドラマ「下町ロケット」で若い女性が注目したのは、帝国重工の財前部長を演じた★吉川晃司の姿。黒の交じった白髪に熱~い視線が送られていたという。40~50代サラリーマンの多くは、白髪を隠せなくなっているはず。果たして髪は染めた方がいいのか、それとも染めない方がいいのか――。「婚活難民」などの著書がある恋愛作家★にらさわあきこ氏は、こう言う。「20代からアラフォーまでの年上好き婚活女性を取材すると、吉川晃司さんや緒形拳さんを好みのタイプに挙げますね。年を重ねた自然の髪色に、大人の落ち着きとオシャレを感じるそうです。2015年公開された30代半ばのOLと50代の壮年男性との恋愛を描いた映画★『娚の一生』で、ロマンスグレーを披露した★豊川悦司に色気を感じた女性も多かった。この1、2年白髪人気が高まっています」逆に、若い子ウケを狙って茶髪にする中年男は評判が悪いそうだ。「ビジネスマンの間でも、最近は白髪を隠さないナチュラルヘアが主流です」こう言うのは、1部上場企業の社長などを相手にレクチャーを行っているトータルビューティーアドバイザー★野崎史湖氏。美意識の高い役職者などは、あえて毛染めをしないのだとか。「ロマンスグレーがサマになるには、きちんとしたケアが必要です。毛先や襟足を整えていないボサボサだと老けて見えます。ナチュラルなオシャレを維持するには、2週間に1回は理容店に通うのが理想。ファッションにも気配りが必要です。ロマンスグレーにグレーのスーツは合いません。紺色を選ぶのをお勧めします」市販品はもちろん、美容院などで使われているカラーリング剤の一部には、発がん性物質が含まれていることがある。頭皮からはもろろん、自分でカラーリングして洗い流す時のお湯に混じって目や口に入るから、常用しているなら危険だ。「例えば、成分としてよくある『ジアミン』や『レゾルシン』は発がん性物質を含んでいます。いずれも、皮膚に入ると肝臓がんや腎臓がんになるリスクが高まるとされています。食品に比べ、カラーリング剤は国の規制も緩い。化学薬品の入っているカラーリング剤は使用を避けるか、価格が高くても、添加物の入っていない天然由来のカラーリング剤を選ぶことです」(山野医療専門学校副校長で医学博士の中原英臣氏)やはり、★自然の摂理に任せるのが一番らしい。

 

 

・・・「シルバー」の締めくくりは、もちろん制作した作品の紹介です。久しぶりに「紙粘土」で人物を造りました、私自身です。