MikaeL | すくらんぶるアートヴィレッジ

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・・・「主題派展」を開催した「ギャラリー香」から出ると、

 

 

《@cosme store》 

542-0071大阪市中央区道頓堀1-8-19 

TSUTAYA EBISUBASHI 3階 

http://cosmestore.net/

2014年11月1日(土)は、@cosme storeだけでなく、TSUTAYA EBISUBASHIが全面リニューアル。年西日本の玄関、大阪に@cosme storeが★初上陸。西日本一の繁華街、道頓堀に「BOOK&コスメ」をコンセプトとしたお店がオープンしました。

 

 

http://www.cosme.net/shop/shop_id/43081/top

@cosme store至上最大の売場でゆったりとお買い物。さらに無料で使える大型パウダースペースも完備。あなたの毎日のキレイをサポートします。@cosme storeは、日本最大の化粧品クチコミサイト「 @cosme 」プロデュースのコスメショップ(化粧品専門店)です。

 

株式会社「コスメネクスト」では「@cosme 化粧品クチコミサイトで、「美」を「買える」という意味で、通販サイト購入目印として誕生した」ということです。2007年@cosme のリアル店舗「@cosme store」の1号店(ルミネエスト新宿店)を開店するにあたって、目印になる看板を店頭に置こうと、「美」を「買える」マークである★ミカエル立体を設置。「“カエルの店”として認識されてており『カエルの店に行ってきた』などと話されているようです。@cosme storeのコンセプトである“親しみやすさ”や“日常感”を演出するマスコットキャラクターとして活用しているとのことです。

 

 

【ミカエルMikaeL 】「熱血ミカエルが行く」より 

https://blog.istyle.co.jp/post/2483

◎自分を美しくカエル(change) 

◎美しくなるものをカエル(buy) 

という洒落から生まれたアットコスメストアのPRキャラクター。 

カエルなのかカエルじゃないのか、今は正体を明かしていない。コスメファンの味方になりたい!アットコスメストアの良さを皆に知ってもらいたい!と日々奮闘している。全身爽やかなミントグリーンで少し頭でっかちなのが特徴。

 

 

《NEWS》2016.5.14 

ツタヤ創業★大阪・枚方市に"生活提案型百貨店"CCCが国内最大級のT-SITEを開店 

CCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)は5月16日、大阪・枚方市駅前★近鉄百貨店枚方店跡地に大型商業施設「枚方T-SITE」をオープンする。枚方は、同社が1983年に「ツタヤ」1号店を出店した創業の地。代官山、湘南(藤沢市)に続く3店舗目のT-SITEを、9層からなる総面積約1万7500平方メートルの国内最大規模で出店した。ブック&カフェの蔦屋書店を中核に、レストランやマルシェといった飲食・フードを充実させ、市民の日常生活に寄り添った43のライフスタイルショップを誘致した。コンセプトは"毎日行きたくなる百貨店"。1階の「食マルシェ」は、朝7時から営業するベーカリーショップや、東心斎橋で醸造する地場ワインを扱う「フジマル食堂」といった大阪の地元企業と協業した飲食店と、食を切り口にセレクトした8000冊の本、家電コーナーを設置。2階は、ツタヤ枚方駅前本店を移転させた。3階は、約1300平方メートルの蔦屋書店。格安航空会社のジェットスター・ジャパンと協業したツアーデスク「T-TRAVEL」を用意し、旅行ツアーをトータルでサポートする。4階★「暮らしと美容」では、女性のための服飾・生活用品を集めた雑貨マルシェや、5階との吹き抜け空間に置いた高さ9メートルの本棚が目を引く。5階は、同社初となるキッズ向けエリアで、室内遊具や親子で楽しめるコミュニティースペースを充実させた。T-ポイントをはじめとする同社のデータベースを駆使し、最先端のデジタルを融合させたサービスも特徴。専用アプリ「T-SITEパスポート」を使用すると、スマートフォンがTカード代わりになり、商品決済や在庫検索、レビュー検索、レストランの予約、駐車場の空き状況確認などが可能になる。

 

《参考》「TSUTAYA」の名前の由来 

https://www.ccc.co.jp/showcase/sc_004048.html?cat=tsutaya

「TSUTAYA」の屋号は、以下の2つに由来しています。 

1.TSUTAYAの創業者である増田宗昭(現カルチュア・コンビニエンス・クラブ(株)代表取締役社長兼CEO)の祖父が、事業を営んでいた際の屋号が「蔦屋」であった。 

2.江戸時代の地本問屋(じほんといや)「耕書堂」の主人で、★写楽を世に送り出したとも言われている★蔦屋重三郎にあやかり名付けた。 

蔦屋重三郎は、今で言うところの敏腕プロデューサーであり、当時の情報流通のために大きな役割を果たしたとされています。江戸と平成という時の隔たりはありながらも、カルチュア・コンビニエンス・クラブが「情報流通の企画会社」として目指すものに共通点は多いと、私たちは考えています。

 

・・・本屋(書店)が苦戦している昨今、「蔦屋」はすご~い。