【住吉高燈籠】
559-0006大阪市★住之江区浜口西1-1
http://www.city.osaka.lg.jp/suminoe/page/0000066278.html
わが国最初の灯台として、鎌倉時代末の創建というが不詳。もとは、現地から西約200mのところ(★顕彰碑が立っている)にあったが、台風で倒壊したり道路工事で撤去されるなどで当地へ移築された。当時は海岸近くにあたり、点灯すると十分灯台の役目を果たしたという。
https://sumiyoshimeishohozonkai.wordpress.com/2012/06/07/%E9%AB%98%E7%87%88%E7%B1%A0/
江戸時代になって海上交通が特に盛んになると、夜間大阪湾に出入りする船のための目印が必要となり、住吉公園の西十三間堀川町に建てられたのが我が国最初の燈台『住吉の高燈籠』であります。高燈籠の創建は鎌倉時代といわれ、本来は住吉大社に捧げる常夜燈なのですが、次第に航路標識としての役割が大きくなってきました。戦後、上部の木造部分は解体され、基礎の石垣部分も道路拡張のため、すべて撤去されましたが昭和49年12月住吉公園西、国道26号線沿いの現在地に外形は元のままで鉄筋コンクリート造りとして復元再建しました。平成17年8月内部を改装して史料館としました。高燈籠の変遷と財団法人★「住吉名勝保存会」の事業を展示しています。一般開放は毎月の第1第3日曜日の10時から16時までです。その他ライトアップもしています。
・・・そんなに高くはないのですが、結構スリルありました。もちろん展示物も充実しており、一見の価値ありです。
《住吉高灯籠跡》住之江区浜口西1-6
現在ある高灯籠の場所より西約200mのところに碑が建立されています。
《剣先舟の碑》住之江区浜口西1-7
http://www.city.osaka.lg.jp/suminoe/category/425-4-0-0-0.html
剣先船は、江戸時代の大阪の川船のひとつで、荷物運搬船として活躍した。宝暦二年(1752年)の調べでは、三百隻ほど運航していたと伝えられている。住之江でも大和川や十三間川の開削と同時に運航がはじめられた。船首が刀のようにとがっていたことから剣先船と呼ばれたという。
・・・住之江区役所にも行ってみましょう。
《住之江区役所》
559-8601大阪市住之江区御崎3-1-17/06-6682-9986